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第二章 マリアの涙を盗め
(アラン視点)宝石店の警備
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予告状が届いてからというもの、連日警察による宝石店での警戒が続いていた。
乙女怪盗が現れるのは夜に限られる。今夜も角灯の明かりが煌々と灯る元で、アラン警部率いる泥棒課の警官たちは店舗前で警備に就いていた。バルスバストルはトレンチコートの襟に首を埋めて洟を啜る。
「アアンフゥ、寒いですねえ。夜は冷えますよぉ。ジョゼフィーヌってば、早く来てくれないかなぁ」
まるで乙女怪盗が現れさえすれば任務から解放されるとでも思っているような口ぶりに、アランは横の給料泥棒を遠慮なく睨みつける。一度このぼんくら刑事とは、じっくりと話し合う機会を設ける必要がありそうだ。
できれば室内で警戒に当たりたい。寒さなど問題ではないが、保管庫の傍にいたほうが乙女怪盗を捕縛しやすいからだ。ところが先日の対面で警察の印象を悪くしてしまったらしく、ブルジョワ氏は店の者だけで十分だなどとぬかす。
素人に乙女怪盗を捕まえるなどできるわけがない。
誰かひとりくらい警察関係者が中にいないと、いざというときに連携が取れない。
どうやらノエルの出番のようだ。優男の伯爵ならば、ブルジョワ氏も納得して室内に招き入れてくれるに違いない。
と、目論んだまでは良かったが。
「おい、ノエルはどうした」
今夜は未だ姿が見えない。深夜の警備に、極寒の地にでも向かうような重装備で現れるが、一応やる気だけはあるらしく真面目に職務をこなしている。あのもこもこ毛皮に着られた状態では、いざというときに走れないと思うが。
バルスバストルは鼻の頭を赤くして答えた。
「今日は風邪を引いて熱があるそうなのでお休みという連絡がありました。毎晩こうして立ってたら風邪引きますよねンフゥ」
「まるで学校だな……」
額に手を宛て、重い溜息を吐く。
風邪ごときで仕事を休むだなんて減給ものだが、ノエルの場合は警察の所属ではないので致し方ない。
しん、と静寂が満ちた。
深夜の目抜き通りは人ひとり通らない。
天空を仰げば、幾千もの星々が瞬いていた。
「火事だ、火事だーっ」
突如響いたわめき声に、警官たちは浮き足立つ。
「何⁉ どこだ⁉」
振り返れば、宝石店の店舗から煙が立ち上っている。
アランは正面扉を突き破って中へ突入した。店舗内は煙が充満している。逃げ惑う店員たちと揉み合いになりながら保管庫を目指した。
頭上から非常用の消火水が放出されて、辺り一面を濡らしていく。煙が立ち消える頃、保管庫前で狼狽しているブルジョワ氏を発見した。
「遅いじゃありませんか! これだから警察は給料泥棒なんですよ!」
怒鳴りつけたいのはこちらだが、喉元で呑み込み、状況を確認する。
ブルジョワ氏は火傷を負っているわけでもなく元気そうだ。首から提げている保管庫の鍵が胸元で揺れている。保管庫の鋼鉄の扉は固く閉ざされていた。最後に確認した状態のままだ。
「乙女怪盗はどこです」
「は? 見てませんが。私は火事だと聞いて消火装置を作動させたんです。レバーはそこにありますが、誰もここには来ていませんよ」
アランは廊下の隅にある装置に目を走らせた。レバーを引けば店全体に張り巡らされた水管から水が放出される仕組みの、最新式の消火設備だ。
火災を起こしたのは乙女怪盗ではないのか。
しかし奴が、今から盗もうとしている宝石を焼失の危機に晒すような真似をするだろうか。そういえば火元はどこだ。
水浸しになったアランが火元を捜していると、ブルジョワ氏は保管庫へ張り付いた。
「乙女怪盗が現れたのですか? マリアの涙は無事なんでしょうな?」
鍵を取り出して錠を外す寸前に、ブルジョワ氏の腕を掴んで押し留める。
「開けるな。指示があるまでそのままで」
奴の作戦だ。
騒ぎを起こして鍵を開けさせたところで、警官や店員に扮して持ち去る。前科九八件のうち六件は、この手口で盗まれている。乙女怪盗の過去の盗みを熟知しているアランは、変装して今この場に現れるであろう乙女怪盗を息を殺して待った。
慌ただしい足音が鳴り、着崩れたトレンチコートを翻したバルスバストルがやってきた。
「アラン警部~、たたたたいへんですウフゥ、いだだだだだだ⁉」
バルスバストルの頬肉を渾身の力を込めて引っ張る。
本物の皮膚だ。剥がれない。どうやら本人のようである。
赤くなった頬をさするバルスバストルは涙目で訴えた。
「ひどいですう、なにするんですかぁアハア~」
「悪かったな。報告しろ」
「消防隊が到着しましたンフウ」
「乙女怪盗が変装しているかもしれない。保管庫には近づけるな」
「その心配はありませんですンフフ」
自信たっぷりに微笑むバルスバストルの顔を、双眸を眇めて見返す。
アランは注意深く観察しながら身構えた。
「どういう意味だ」
「もう本人が現れました。外は大騒ぎですウフフン」
「それを早く言え‼」
バルスバストルの胸倉を掴んで保管庫とブルジョワ氏を守るよう指示を出し、アランは外へ駆けだした。
乙女怪盗が現れるのは夜に限られる。今夜も角灯の明かりが煌々と灯る元で、アラン警部率いる泥棒課の警官たちは店舗前で警備に就いていた。バルスバストルはトレンチコートの襟に首を埋めて洟を啜る。
「アアンフゥ、寒いですねえ。夜は冷えますよぉ。ジョゼフィーヌってば、早く来てくれないかなぁ」
まるで乙女怪盗が現れさえすれば任務から解放されるとでも思っているような口ぶりに、アランは横の給料泥棒を遠慮なく睨みつける。一度このぼんくら刑事とは、じっくりと話し合う機会を設ける必要がありそうだ。
できれば室内で警戒に当たりたい。寒さなど問題ではないが、保管庫の傍にいたほうが乙女怪盗を捕縛しやすいからだ。ところが先日の対面で警察の印象を悪くしてしまったらしく、ブルジョワ氏は店の者だけで十分だなどとぬかす。
素人に乙女怪盗を捕まえるなどできるわけがない。
誰かひとりくらい警察関係者が中にいないと、いざというときに連携が取れない。
どうやらノエルの出番のようだ。優男の伯爵ならば、ブルジョワ氏も納得して室内に招き入れてくれるに違いない。
と、目論んだまでは良かったが。
「おい、ノエルはどうした」
今夜は未だ姿が見えない。深夜の警備に、極寒の地にでも向かうような重装備で現れるが、一応やる気だけはあるらしく真面目に職務をこなしている。あのもこもこ毛皮に着られた状態では、いざというときに走れないと思うが。
バルスバストルは鼻の頭を赤くして答えた。
「今日は風邪を引いて熱があるそうなのでお休みという連絡がありました。毎晩こうして立ってたら風邪引きますよねンフゥ」
「まるで学校だな……」
額に手を宛て、重い溜息を吐く。
風邪ごときで仕事を休むだなんて減給ものだが、ノエルの場合は警察の所属ではないので致し方ない。
しん、と静寂が満ちた。
深夜の目抜き通りは人ひとり通らない。
天空を仰げば、幾千もの星々が瞬いていた。
「火事だ、火事だーっ」
突如響いたわめき声に、警官たちは浮き足立つ。
「何⁉ どこだ⁉」
振り返れば、宝石店の店舗から煙が立ち上っている。
アランは正面扉を突き破って中へ突入した。店舗内は煙が充満している。逃げ惑う店員たちと揉み合いになりながら保管庫を目指した。
頭上から非常用の消火水が放出されて、辺り一面を濡らしていく。煙が立ち消える頃、保管庫前で狼狽しているブルジョワ氏を発見した。
「遅いじゃありませんか! これだから警察は給料泥棒なんですよ!」
怒鳴りつけたいのはこちらだが、喉元で呑み込み、状況を確認する。
ブルジョワ氏は火傷を負っているわけでもなく元気そうだ。首から提げている保管庫の鍵が胸元で揺れている。保管庫の鋼鉄の扉は固く閉ざされていた。最後に確認した状態のままだ。
「乙女怪盗はどこです」
「は? 見てませんが。私は火事だと聞いて消火装置を作動させたんです。レバーはそこにありますが、誰もここには来ていませんよ」
アランは廊下の隅にある装置に目を走らせた。レバーを引けば店全体に張り巡らされた水管から水が放出される仕組みの、最新式の消火設備だ。
火災を起こしたのは乙女怪盗ではないのか。
しかし奴が、今から盗もうとしている宝石を焼失の危機に晒すような真似をするだろうか。そういえば火元はどこだ。
水浸しになったアランが火元を捜していると、ブルジョワ氏は保管庫へ張り付いた。
「乙女怪盗が現れたのですか? マリアの涙は無事なんでしょうな?」
鍵を取り出して錠を外す寸前に、ブルジョワ氏の腕を掴んで押し留める。
「開けるな。指示があるまでそのままで」
奴の作戦だ。
騒ぎを起こして鍵を開けさせたところで、警官や店員に扮して持ち去る。前科九八件のうち六件は、この手口で盗まれている。乙女怪盗の過去の盗みを熟知しているアランは、変装して今この場に現れるであろう乙女怪盗を息を殺して待った。
慌ただしい足音が鳴り、着崩れたトレンチコートを翻したバルスバストルがやってきた。
「アラン警部~、たたたたいへんですウフゥ、いだだだだだだ⁉」
バルスバストルの頬肉を渾身の力を込めて引っ張る。
本物の皮膚だ。剥がれない。どうやら本人のようである。
赤くなった頬をさするバルスバストルは涙目で訴えた。
「ひどいですう、なにするんですかぁアハア~」
「悪かったな。報告しろ」
「消防隊が到着しましたンフウ」
「乙女怪盗が変装しているかもしれない。保管庫には近づけるな」
「その心配はありませんですンフフ」
自信たっぷりに微笑むバルスバストルの顔を、双眸を眇めて見返す。
アランは注意深く観察しながら身構えた。
「どういう意味だ」
「もう本人が現れました。外は大騒ぎですウフフン」
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