乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第二章 マリアの涙を盗め

刑事たちの訪問 3

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「それはどこにでもあるじゃないですか」
「違うんだな。田舎の景色は美しいぞ。ゆるやかな丘に沈む真紅の夕陽。深い夜の森から見上げる星々。ノエルにも見せてやりたいよ」

 懐かしそうに遠くを見るアランを通して、脳裏に雄大な自然の光景が浮かぶ気がした。それはきっと、乙女怪盗として駆ける夜よりも素敵なのだろう。

「そういった大自然で育った俺という悪ガキは、仲間たちとやるケイドロごっこに夢中だった。それが警察を志したきっかけだな」
「ケイドロごっこ、って何ですか?」

 生れたときから伯爵家の嫡男として大切に育てられたノエルは、学校に通ったことがない。勉強は家庭教師が教えてくれた。友人もいないので子どもらしい遊びをしたことがない。

「警察と泥棒、ふたつのチームに分かれて競う遊びだ。警察が泥棒を追いかけ回す。タッチされた泥棒は牢屋に入って行動不能になる。牢屋といっても小石で作った囲いだがな。他の泥棒が牢屋の泥棒をタッチすれば逃げられる」
「へえ。面白そうですね」
「村中を使って日が暮れるまでやってた。学校をサボってな。俺はあらゆる手段を使って泥棒を捕まえた。落とし穴を掘ったり、路に小銭をばらまいて待ち伏せしたり、時には探しに来た教師に捕まえさせてタッチした」

 その執念を別のことに生かせないのだろうか。と、村の大人たちも思ったことだろう。
 今は立派な警部となったアランの少年時代を想像すると可笑しくて、笑いが込み上げた。

「アランが泥棒のときはやる気なさそうですね。それとも逃げるのも上手いんですか?」
「泥棒はやったことがない」
「え。ずっと警察で良いんですか?」
「いや。通常は一回ごとに交代してやるものだ。俺は泥棒を嫌がった。仲間たちからは不満が上がったが、そこは譲れなかった」
「ええ~、友だちがいなくなるんじゃ……」

 ひとりも友だちいないやつに言われたくないだろうけど。
 アランは神妙に頷いた。

「俺にとってケイドロは遊びじゃなかった。俺は心底、警察なんだ。だが今は泥棒役をやらなかったことを後悔している」
「どうしてですか?」

 友だちに悪かったから、という言葉が返ってくるだろうという予測は裏切られた。

「泥棒の気持ちがわからないからだ」

 ノエルは口を噤む。
 薔薇の花弁が、ひとひら頬を掠めた。

「逃げる者が何を考えているのかわからない。追われて楽しいのか、辛いのかも。昨夜対峙したとき、乙女怪盗の眼差しには気迫が漲っていた。むこうも遊びじゃないんだ。彼女が泥棒をしているのには揺るぎない決意の原因がある。それを知り得ない限り、捕まえられないだろうな」
「アラン……」

 ノエルは唐突に、すべてを明かしたい衝動に駆られた。
 私は、実は……。
 言ってどうする。
 必死で押さえ込み、朗らかな笑顔を作る。

「まるで好きな人を追いかけてるみたいですね。もしかして、乙女怪盗に惚れちゃったんですか?」

 なんてね、と続けようとして息を呑む。
 見たこともない、アランの優しい笑み。
 鋭く切れ上がった眦は穏やかに眇められ、口元は柔らかく弧を描いている。
 はは、と明るい笑い声と白い歯が零れた。

「馬鹿言うな。俺は警察だぞ」

 楽しそうに弾む声。
 まさか、そんなわけない。
 ただの冗談に、笑ってくれただけ。
 たとえ恋をされても、応えることも、まして報われることなどないのだから。
 夜は怪盗と警察。そして昼は男同士。
 正体を知られたら、すべてが破綻する。
 揺れる心を煽るように強い風が吹いて、薔薇たちを薙いでいく。乱れ舞う花びらがノエルの銀髪に絡み、思わず髪に手を遣る。
 アランは人差し指に巻かれた包帯に視線を注いでいた。
 節くれ立った手が伸び、無言で銀色の髪から花びらを摘まんでいく。はらり、はらりとノエルの眼前に桃色の花弁が散る。極めて低い声音が、頭上から下りた。

「乙女怪盗と組み合いになったとき、俺は彼女の掌を握った。手袋越しだが、指に包帯の感触があった」
「え……」

 はらり。
 最後の一片が落ちた。
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