16 / 54
第三章 パーティーでシャンパンを
パーティーへの予告状
しおりを挟む
ノエルは鏡に映る自分の姿を見て怖れを抱いた。
先ほどから甲斐甲斐しく立ち回っているフランソワは、櫛や白粉を手にして極上の笑みを浮かべている。
「いかがでございますか、坊ちゃま。ああ、今日はお嬢様とお呼びしたほうがよろしいですね」
大人びた印象の菫色のドレス。銀色の髪は後頭部を高く結い上げて、肩に垂らされた部分はくるりと巻かれている。頬を薔薇色に染める化粧を施した令嬢が、鏡の中で口元を引き攣らせていた。
「なんかコワイなぁ……。私じゃないみたい」
「とてもお美しいですよ。それに、これが本来のお姿なのでございますから」
確かにふつうの令嬢のようにドレスを着てみたいなと思ったことがないわけではないのだが、いざ実現すると猛烈な違和感に襲われる。
この重苦しい格好をして今日一日を過ごせるのだろうか。不安しかない。
控えめなノックの音がしたので「どうぞ」と返事をすると、アランとバルスバストルが入室してきた。
「わあああ~、すごい可愛い! 伯爵ってば女装がとてもお似合いですよ。本物の女の子みたいですウフッフ」
「そ、そうですか……?」
本物の女の子なんですけどね。
ちらりと後ろのアランに目をむけると、彼は軽く瞠目していた。
「似合うな」
短く呟いて顔を背けてしまう。心なしか頬が赤い気がする。
え、まさか……照れてるわけじゃないよね?
釣られてノエルも頬を染めて俯いた。
本日はデュヴィヴィエ男爵が主催するパーティーに招待されている。入場には男女のペアであることが必須なので、ノエルは警察の要請を受けて仕方なく女装したのである。
もちろん、ただのパーティーではない。
先日、乙女怪盗ジョゼフィーヌよりデュヴィヴィエ男爵に予告状が届いたのだ。
『満月の晩、パーティーに潜入して、男爵夫人の誕生日プレゼントをいただきます』
その日、誕生日である男爵夫人のために、デュヴィヴィエ男爵は指輪をプレゼントした。プラチナの台座に大粒のエメラルドが据えられたデザインで、世界に一点しかない特注品である。ただし、エメラルドが元々は盗品であることを、買い取った男爵は知らない。
パーティーの中止も検討されたが、乙女怪盗は狙った獲物は逃がさない。大勢の人目に触れていたほうが安全だろうし、乙女怪盗が現れても捕縛しやすいという結論に達し、警察の警護の元でパーティーは開催される運びとなった。
実際にこれまでの盗みは、すべて密室や狭い室内での犯行だった。
広いパーティー会場に衆人環視の中で指輪を盗むのは不可能に思える。しかも乙女怪盗は毎回派手に登場する。警察の警備体制をくぐり抜けて宝石を盗み、無事に脱出できるか。
この格好で。
コルセットって、なんでこんなにきっついの? 内臓が口から飛び出ちゃうよ?
改めて鏡を眺めて溜息を吐く。
いつの間にか背後に立っていたアランが鏡に映り込んだ。
アランもパーティー参加者を装っての警備なので、今日は燕尾服を着込んでいる。すらりと背が高いので、とてもよく似合っていた。
「銀の髪と眸だから菫色が溶け込むな。柔らかい雰囲気になる」
「はあ、どうも」
「気の抜けた返事だな。褒めてるんだぞ」
「はあ……」
こちらはいつもの警察の制服を着たバルスバストルが、鏡に映らんばかりに身を乗り出してきた。
「ドレスはアラン警部が選んだんですよ! 私はピンクのほうが可愛いと思ったんですけど、この色も大人っぽくて素敵です~。あっ、ドレス代は経費で落としましたので心配御無用ですウフッフゥ」
「え。そうなんですか?」
驚いて振り返れば、アランはふいと横を向く。
「ああ。捜査の一環だからな。もちろん経費だ」
「いえ、そっちではなくて……このドレスがアランの目利きだと……」
「まあな」
何ですか、その気の抜けた返事。
でも、ちょっと、嬉しいかも……。
アランが女性ものの衣装店でノエルのことを考えながら選んでくれたのだと想像すると、何だかくすぐったい心地になった。
仕上げにフランソワが胸元のリボンを丁寧に結んでくれる。沢山連なった細いリボンが、さらりとシフォンのフリルに落ちかかる。
「菫色やピンクもよろしいのですが、思い切って黒なんかお似合いになるのではないかと、わたくしは思いますね」
こらこら、何言ってんの。
余計な足払いをかけようとする執事に咳払いをひとつ投げてやると、案の定、華麗に黙殺される。
「黒だと葬式みたいだろう」
「そうですよお、フランソワさん。黒が似合うのは、乙女怪盗ジョゼフィーヌだけですよンフッフ」
「それもそうでございますね」
アハハ、と笑いが起こる。
なにこれ、大丈夫?
この流れで私、伯爵令嬢のふりしながら乙女怪盗できる?
ノエルは楽しそうな男たちを横目で見ながら、前途多難に頭を抱えた。
先ほどから甲斐甲斐しく立ち回っているフランソワは、櫛や白粉を手にして極上の笑みを浮かべている。
「いかがでございますか、坊ちゃま。ああ、今日はお嬢様とお呼びしたほうがよろしいですね」
大人びた印象の菫色のドレス。銀色の髪は後頭部を高く結い上げて、肩に垂らされた部分はくるりと巻かれている。頬を薔薇色に染める化粧を施した令嬢が、鏡の中で口元を引き攣らせていた。
「なんかコワイなぁ……。私じゃないみたい」
「とてもお美しいですよ。それに、これが本来のお姿なのでございますから」
確かにふつうの令嬢のようにドレスを着てみたいなと思ったことがないわけではないのだが、いざ実現すると猛烈な違和感に襲われる。
この重苦しい格好をして今日一日を過ごせるのだろうか。不安しかない。
控えめなノックの音がしたので「どうぞ」と返事をすると、アランとバルスバストルが入室してきた。
「わあああ~、すごい可愛い! 伯爵ってば女装がとてもお似合いですよ。本物の女の子みたいですウフッフ」
「そ、そうですか……?」
本物の女の子なんですけどね。
ちらりと後ろのアランに目をむけると、彼は軽く瞠目していた。
「似合うな」
短く呟いて顔を背けてしまう。心なしか頬が赤い気がする。
え、まさか……照れてるわけじゃないよね?
釣られてノエルも頬を染めて俯いた。
本日はデュヴィヴィエ男爵が主催するパーティーに招待されている。入場には男女のペアであることが必須なので、ノエルは警察の要請を受けて仕方なく女装したのである。
もちろん、ただのパーティーではない。
先日、乙女怪盗ジョゼフィーヌよりデュヴィヴィエ男爵に予告状が届いたのだ。
『満月の晩、パーティーに潜入して、男爵夫人の誕生日プレゼントをいただきます』
その日、誕生日である男爵夫人のために、デュヴィヴィエ男爵は指輪をプレゼントした。プラチナの台座に大粒のエメラルドが据えられたデザインで、世界に一点しかない特注品である。ただし、エメラルドが元々は盗品であることを、買い取った男爵は知らない。
パーティーの中止も検討されたが、乙女怪盗は狙った獲物は逃がさない。大勢の人目に触れていたほうが安全だろうし、乙女怪盗が現れても捕縛しやすいという結論に達し、警察の警護の元でパーティーは開催される運びとなった。
実際にこれまでの盗みは、すべて密室や狭い室内での犯行だった。
広いパーティー会場に衆人環視の中で指輪を盗むのは不可能に思える。しかも乙女怪盗は毎回派手に登場する。警察の警備体制をくぐり抜けて宝石を盗み、無事に脱出できるか。
この格好で。
コルセットって、なんでこんなにきっついの? 内臓が口から飛び出ちゃうよ?
改めて鏡を眺めて溜息を吐く。
いつの間にか背後に立っていたアランが鏡に映り込んだ。
アランもパーティー参加者を装っての警備なので、今日は燕尾服を着込んでいる。すらりと背が高いので、とてもよく似合っていた。
「銀の髪と眸だから菫色が溶け込むな。柔らかい雰囲気になる」
「はあ、どうも」
「気の抜けた返事だな。褒めてるんだぞ」
「はあ……」
こちらはいつもの警察の制服を着たバルスバストルが、鏡に映らんばかりに身を乗り出してきた。
「ドレスはアラン警部が選んだんですよ! 私はピンクのほうが可愛いと思ったんですけど、この色も大人っぽくて素敵です~。あっ、ドレス代は経費で落としましたので心配御無用ですウフッフゥ」
「え。そうなんですか?」
驚いて振り返れば、アランはふいと横を向く。
「ああ。捜査の一環だからな。もちろん経費だ」
「いえ、そっちではなくて……このドレスがアランの目利きだと……」
「まあな」
何ですか、その気の抜けた返事。
でも、ちょっと、嬉しいかも……。
アランが女性ものの衣装店でノエルのことを考えながら選んでくれたのだと想像すると、何だかくすぐったい心地になった。
仕上げにフランソワが胸元のリボンを丁寧に結んでくれる。沢山連なった細いリボンが、さらりとシフォンのフリルに落ちかかる。
「菫色やピンクもよろしいのですが、思い切って黒なんかお似合いになるのではないかと、わたくしは思いますね」
こらこら、何言ってんの。
余計な足払いをかけようとする執事に咳払いをひとつ投げてやると、案の定、華麗に黙殺される。
「黒だと葬式みたいだろう」
「そうですよお、フランソワさん。黒が似合うのは、乙女怪盗ジョゼフィーヌだけですよンフッフ」
「それもそうでございますね」
アハハ、と笑いが起こる。
なにこれ、大丈夫?
この流れで私、伯爵令嬢のふりしながら乙女怪盗できる?
ノエルは楽しそうな男たちを横目で見ながら、前途多難に頭を抱えた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる