乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第三章 パーティーでシャンパンを

シャンパンと花火

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 紳士淑女の談笑と流麗な音楽の裏側に緊張を孕んだ宴は、時間だけが過ぎていた。
 乙女怪盗は一向に現れず、始めは興味深げに辺りを窺っていた来客たちも、すっかり肩の力を抜いている。

「来ませんなあ。私は乙女怪盗を見られるのを楽しみにしていたのですが」
「いやあ、今宵は無理でしょう。諦めてシャンパンでも嗜んでいるのではありませんかな」

 ははは、と笑いの渦が起こる。
 当の乙女怪盗はといえば、ただいまプディングの味見に夢中です。
 ノエルは美しく器に盛られたマカロンやブラマンジェなどのデザートを次々にスプーンで掬い、口元に運んでいた。あくまでも貴婦人らしく優雅に。
 アランから呆れた溜息が漏れる。

「おい、気を抜くな。いつまで食べてるんだ」
「このプディング美味しいんですよ。世の中にこんな美味しいものがあったんですね」

 屋敷で食べているデザートとは雲泥の差だ。フランソワが作ってくれるのは抹茶ケーキという名の、お茶の葉が振りかけられたケーキだったり、キャラメルプディングというプリンの上に四角いキャラメルがぽつんと乗せられたものだったりする。
 稀に外で食事をする機会があると、我が家の食生活は大分間違った方向だと気づくのだが、フランソワは料理が大好きなので決して彼に不平を述べてはならない。不味い、という禁句を発した日には世界が滅ぶ危険性がある。
 ノエルはホイップクリームの乗ったプディングをもうひとかけら掬った。
 その時ふいに、手元が暗くなった。
 天井を見上げれば、シャンデリアの灯がすべて消えている。
 会場は暗闇に包まれた。人々の間からざわめきが起こる。

「なんだ、どうした」
「乙女怪盗か⁉」

 窓の外から眩い光が射し込む。誰もが身の危険を感じて顔を背けた。続いて悲鳴を掻き消すような轟音。
 薄目を開ければ、夜空を彩る大輪の花火が打ち上げられていた。
 赤、緑、青と次々に咲いては光の残滓を残して散っていく。窓越しに繰り広げられる饗宴に、人々は歓声を上げた。

「わあ、きれい……」

 ノエルも花火に見入っていた。隣のアランを見上げれば、彼の精悍な面差しを花火の輝きが照らしている。

「綺麗ですね。私は花火を初めて見ました」
「そうか。俺もだ。首都ではパレードのときに打ち上げるだろう」
「行ったことないですね。引きこもりなので……」
「俺もデスクで花火の音を聴くくらいだな。間近で見るとすごい迫力だ」

 花火が瞬くさなか、近寄ってきたウェイターが銀盆を差し出す。ノエルは一際煌めくシャンパングラスを、ひとつ手に取った。
 シャンパンを嗜みながら眺める花火は最高だ。
 アランも双眸を眇めて夜空を見上げていた。

「いつか、パレードの花火も見たいな」
「そうですね。いつか……一緒に行きましょう」

 最後の光が夜空に溶けると、シャンデリアに明かりが戻る。皆は、ほっとした表情でサプライズを演出した男爵に拍手を送った。

「楽しんでいただけて恐縮です。暗くなったので乙女怪盗が現れたのかと、皆様は驚かれたことでしょう。カロリーヌや、指輪は盗まれたかね?」

 男爵の冗談に笑いが湧き、男爵夫人は笑顔で手の甲を掲げた。

「ここにありますわ。残念ながら、今夜の乙女怪盗は諦めたようですわね」

 光り輝くエメラルドの指輪を見て、乙女怪盗は現れないのだと誰もが思った。宴の終了を思わせたそのとき、ひとりの壮年の男性が声を上げる。

「男爵夫人、失礼いたします。その指輪……近くで見せていただいてもよろしいか」

 男性は恭しく男爵夫人の手を取り、金鎖が掛けられた眼鏡を目に宛て、間近から指輪を眺めた。
 どうしたのかと、さざめきが湧く。男爵は宥めるように皆に告げた。

「彼は私の友人で、宝石の鑑定士であるカレ氏です。このエメラルドがいかに素晴らしいものか、今から詳しく皆様に解説してくださいますよ」

 男爵の配慮に和やかな空気が戻るかに思われたが、カレ氏は強張った面持ちで顔を上げる。

「恐れながら、デュヴィヴィエ男爵。このエメラルドは偽物でございます」

 え、と皆は首を傾げた。
 男爵は何を言われたのかわからないといった風に瞬きを繰り返す。

「……何を仰る? 本物ですぞ。このエメラルドは紛れもない一級品であると、貴殿が鑑定したのではないか。鑑定書もあるんですぞ」

 客の前で愚弄され、憤慨した男爵にカレ氏は戸惑いながら述べた。

「これはキュービックジルコニアの模造品です。一見本物と判別がつきませんが、カット面を見れば明らかです」
「何だと? 本当か? パーティー前に確認したときは、何も言わなかったではないか」
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