乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第三章 パーティーでシャンパンを

乙女怪盗登場

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「あのときは確かに……おかしいですね」

 指輪はパーティーが始まる前からずっと、男爵夫人の指に嵌められていたのだ。不穏な空気が広がる。首を捻るカレ氏を男爵は非難した。

「おかしいのは貴殿の審美眼ではないか? 一体どういうことだ。私は偽物のエメラルドを掴まされたのか」
「鑑定書に間違いはございません。私が本物のエメラルドと鑑定して鑑定書をお出ししたのは、この宝石ではない」
「何を言うか!」

 人垣を掻き分けて、アランが言い争いを繰り広げる紳士たちの間に割って入った。

「落ち着いてください、男爵。指輪はすり替えられた可能性があります」
「おお、アラン殿。しかし、カロリーヌは指輪を外していないのですぞ。いつ、すり替えられたというのですか」

 一同は不安げな男爵夫人の指輪に目を落とした。
 言われてみれば確かに、エメラルドの深い輝きとは異なっている。男爵夫人も気づいたようで、手の甲を翳して光に透かし、眉根を寄せていた。
 アランは周りを見回した。客たちは一歩引いて事の成り行きを窺っている。

「男爵夫人。パーティーの最中に、貴女の手に触れた者はいますか?」
「ええ……主人と、それからたった今、カレ氏が触れましたわね」

 人々の視線が男爵とカレ氏の間を行き来する。
 どちらかだ、と云わんばかりの疑惑の眼差しに、男爵は鼻息荒く訴えた。

「私がエメラルドを購入して妻にプレゼントしたのだから、私のわけはない。大変残念ですな、カレ氏」
「なんと! 私を犯人扱いしないでいただきたい。男爵夫人の手に触れたのは皆の目の前なんですぞ。それに正確には、指輪には一切触れていない。皆様が御覧になったとおりでしょう」

 アランは白熱する紳士たちの舌戦に両手を翳して宥めた。

「やめてください。まだ何も結論が出たわけではありません。そのとおり、皆が見ている前ですり替えるわけには……」

 誰も見ていない時間が、先ほど存在した。
 花火が上がったとき、人々の視線は窓の外に釘付けになっていたではないか。男爵夫人すらも、指輪は見ていなかっただろう。

「そうか……。男爵夫人、花火を鑑賞していたときに何者かが近づいてきませんでしたか」

 アランの気迫に気圧された男爵夫人は首を捻る。

「さあ、誰も……。あら、そういえば、ウェイターが謝罪してわたくしのドレスを拭いていきましたわね。シャンパンを零したのかと思ったんですけど、大丈夫のようでしたわ」
「何だと……。そのときに指輪をすり替えられたのではありませんか。指に違和感はありませんでしたか」
「さあ……わかりませんわ。暗がりでしたし……」
「確認しますが、ウェイターが拭いたのはドレスの左側ですね」
「ええ、そうですわ。どうしてご存じなんですの?」

 居合わせた人々の間から、あっと声が上がった。男爵夫人が指輪を嵌めているのは、左手なのだ。
 バルスバストルがこの場にいれば、犯人はアランと声高に叫んでいるところである。
 アランの脳裏にはウェイターがドレスを拭くふりをして布巾で隠し、偽物の指輪とすり替えている光景が鮮明に浮かんだ。

「ウェイターを全員捕まえろ! 本物の指輪を持っているはずだ」

 指示を受けて、紳士淑女に変装した警官たちが駆け出す。会場に緊張が走ったとき、冷静な声音が降ってきた。

「指輪なら、ここにありますわ」

 皆は辺りを見回し、次に頭上を見上げた。途端に悲鳴や歓喜が入り乱れる。

「月よ、華よ、きらめく星の夜。乙女怪盗ジョゼフィーヌ、参上いたしましたわ」

 豪勢なシャンデリアの上に、ぴんと背筋を伸ばして佇む華麗な乙女怪盗。
 漆黒の衣装は煌めく明かりの中に咲き誇る、一輪の黒薔薇のよう。
 その指先にはエメラルドの指輪が抓まれていた。

「きたか、乙女怪盗!」

 ジョゼフィーヌはシャンデリアの真下に駆けてきたアランに見せつけるように、指輪を高く掲げた。
 アランは見事に指輪を盗んだからくりを見破った。
 後手だったようだが、惜しみない拍手を送りたい。

「解説ご苦労さま、アラン警部。私もここで花火を鑑賞させていただいたわ」
「降りてこい。降りなければ、そこまで登ってやる」
「高いところがお好きなのね」
「貴様ほどじゃないがな」

 軽い雑談を交わしているうちに、警官たちは紳士淑女を避難させた。広い会場は警官だけになり、シャンデリアを取り囲む。
 ジョゼフィーヌの耳に、撃鉄を起こす音が響いた。さっと目を走らせれば、ドレスを纏った婦人警官が真っ直ぐこちらに銃口を向けている。

「撃つな‼」
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