乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

出立

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 ラ・ファイエット城のあるロランヌ地方までは、首都から馬車で五日ほどの行程になる。
 出立の朝、コレット伯爵家へ迎えに来たアランは目にした光景に眉をひそめた。

「……何だこれは。引っ越しでもするのか?」

 ずらりと並んだ馬車は合計十台。それぞれに目一杯荷物が積み込まれている。門に鍵を掛け、御者用のフロックコートを纏ったフランソワは爽やかに挨拶をした。

「おはようございます、アラン警部。快晴でよろしかったですね。旅立ちに相応しい朝でございます」
「執事殿の笑顔には負けるがな。俺が聞きたいのは、何故こんな大荷物が必要なのかという点だ」
「こちらの一号車には坊ちゃまの寝具がございます。枕が変わると眠れませんからね。二号車は衣服でございます。坊ちゃまは衣装持ちでいらっしゃいますから。三号車には趣味のお道具一式。狂気人形たちと裁縫道具がないと発狂してしまいます。それから四号車……」
「もう結構だ。出立しよう。荷物がいっぱいだから、俺は御者台に乗ればいいか?」

 皮肉を込めたアランの問いかけは、慇懃な礼によって返される。

「五号車はアラン警部と坊ちゃまの乗る馬車でございます。御者台にはわたくしが乗りますからご心配には及びません。それでは各車の御者の皆様、出発いたしましょう」

 フランソワの晴々しい号令によって、旅のために雇った御者たちは一斉に手綱を構える。アランは馬車に乗り込もうと扉を開け、ふと振り返った。

「忘れ物だ」

 閉じられた門に足を引っかけ、体をバタバタと動かして奮闘しているノエルに、アランは怪訝そうに近づいた。

「何をしてるんだ?」
「荷物を整理していたら置いて行かれまして……アラン、ちょっと助けてください」

 ひょい、と猫の子を持つように襟首を摘ままれ、馬車に放り込まれる。
 ノエルは溜息を吐いて羅紗張りの座席に凭れた。
 主人を忘れて出立しそうになるなんて、さすがは完璧執事である。
 馬車は車輪を軋ませて前へと進んだ。

「ああ、間に合って良かった。アラン、おはようございます」
「おはよう、ノエル。間に合うという感覚がどうなのかと訊ねたら俺の負けだろうから、聞かないことにしよう」

 もう聞いてますけど。
 まだ早朝なので街は涼しいが、昇り始めた夏の太陽が石畳を照りつけている。本日も暑くなりそうだ。ノエルは刺繍が施されたコットンのシュミーズに夏用の白のローブという旅の洋装を纏っていたが、北部のロランヌ地方はもしかしたら肌寒いかもしれない。

「ロランヌ地方はアランの出身地ですよね」

 向かいに座るアランは私服だ。首元まできっちりと締められた詰襟のシャツにトレンチコートを身につけている。傍らに置いた革製のトランクケースはひとつだけで、身軽な装備である。
 初めて私服姿を見たが、こうしてみると学生のような清々しい青年として目に映るから不思議だ。無造作に下ろした前髪のせいかもしれない。
 漆黒の前髪の隙間から、アランはダークグリーンの眸をむけた。

「リュゼル村を通った先にラ・ファイエット城はある。村に泊まるぞ。両親には話してある」
「え。アランの実家に泊まるんですか?」
「あの辺りはホテルがないんだ。言っておくが、うちはごく一般的な庶民の家庭だ。天蓋付きのベッドや大理石の風呂はないからな」

 首都から出たことがなく、まして他の家庭に宿泊することも初めてなので、どんなところなのか楽しみだ。ノエルは銀灰色の眸を輝かせた。

「藁のベッドに寝て、たき火で豚の丸焼きを焼くんですよね? 本で読んだことあります。ああいうの憧れてたんですよ」
「その多大な期待には応えられないと思うが、まあ、鳥の丸焼きくらいなら出せそうだ」

 アランの両親にも会えるのだ。どんな人なのだろう。とても興味がある。
 やっぱり父上は厳しいのかな? 母上はお優しい方なんだろうか……。
 何だかそわそわしてしまい、まだ出立したばかりだというのに落ち着かない。

「何だ、トイレットか?」
「違いますよ!」

 アランの背後にある小窓から、御者台で手綱を取るフランソワが声をかけてきた。

「坊ちゃま。トイレット休憩は街道に入ってからの予定ですが、大丈夫でございますか?」
「だから、違うってば!」

 小窓にちらちらと、フランソワの被っている帽子の羽根飾りが揺れている。この暑いのに漆黒の鍔が広い帽子だ。とてつもなく見覚えがある。

「ないと思ったら、あんなところに……」
「うん? どうした」
「い、いえ、何でもないです」

 アランが振り返ったりしないよう願いながら、ノエルは馬車の揺れに身を任せた。
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