40 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗
深夜、地下室へ 1
しおりを挟む
「馬鹿なことを言うな。村から食糧を運ばせているんだろう。ただ、往復すれば丸一日かかるがな」
城から出て麓の村へ行けば食糧にはありつけるだろうが、偽の乙女怪盗の存在を考えれば宝石から目の届くところにいるべきだ。というより、そんなに長居したくない。フランソワの言うとおり、今夜か明日の夜には決着をつけたいところだ。それにはまず、石版の暗号を解読しなければならない。
「早く終わらせて帰ろうよ。フランソワ、暗号解けた?」
「ですから、ラ・ファイエットという語句しか判明しておりませんので、メイドから情報を引き出していただきたいと坊ちゃまにお願いいたしましたが?」
全然進んでいないらしい。
結局、メイはフランソワに劣らぬ名料理人とわかっただけだ。後は目の前のふたりに並ぶほどの傲岸不遜な素質があること。
人形のように口を閉ざしたノエルを見て、ふたりは察してくれたらしい。同時に重い溜息を吐かれた。アランはずらりと座ってこちらを見据えている狂気人形を、眉をひそめて眺める。
「暗号を考えたのがノエルなら、狂気人形という語句を入れるだろうな。他人だったら思いつかない単語だ」
「そうかも。『狂気人形よ、永遠なれ。ノエル・コレット』なんてね」
フランソワは、はっとした表情で石版の配置をメモした紙を取り出した。顎に手を宛てながら文字を追っている。
「なるほど。メッセージというわけですか。とすると……愛、私の……」
ヒントになったようだ。ヒントといえばメイから告げられたひと言があるが、アランの前では言いにくいので黙っていよう。
『偽りの名を被っていると永遠に答えは出ない』
どうもしっくりこない。
偽りの名といっても、ノエル・コレットと乙女怪盗ジョゼフィーヌは、どちらも実在するわけで、偽っているのはむしろ性別のほうなのである。
それをメイは知らないからとも考えられるが、永遠にと強調されると何だか不安が煽られる。
「ねえ、フランソワ」
もはや返事も返ってこない。彼はメモに視線を落として黙している。完全に思考モードに入ったようだ。
「ひとりで考えさせてやろう。俺たちは水を捜しに行くぞ」
アランに促されて部屋を出た。水を飲まなければ明日には干物になってしまうので、水の確保は急務だ。アランは向かいの部屋に寄って明かりの点いた角灯を持参してきた。各部屋には燭台が置かれているが、廊下はランプなど皆無で真っ暗闇である。
「ホントに行くんですか? 明るくなってから捜しましょうよ」
深淵のような廊下に腰が引けたノエルが震え声で訴えると、アランにじろりと睨まれる。亡霊よりも凄みのある眼差しに、小さな体を更に縮こませた。
「気になったんだがな。ノエルは俺と話すときと執事殿がいるときでは、声色が違うんだな」
「えっ。そうですか?」
男装しているときは常に声音を低く抑えるのが自然と身についているのだが、フランソワとの会話では乙女怪盗で素の声を出すときとの中間くらいなのだろう。
何か違和感があったのだろうか。乙女怪盗と同じ声だ、とか……。
角灯を掲げながら廊下を渡るアランの背を、ノエルは息を殺して窺う。
「俺にも敬語でなくていい。直接の部下というわけじゃないんだからな」
「そうですか……。あ、いえ、そっか」
アランは世間話をするような、ゆるりとした口調だったので安心する。敬語で、と意固地になるほうが不自然だろう。歌うように朗々と喋るジョゼフィーヌとではまったく印象が異なるだろうから、多少声質が似ているくらいではわからないはずだ。
ふたりは階段を下りて、一階にある厨房へ足を運んだ。
先ほど見たとおり、わずかな食器が散乱している程度でひっそりと静まり返っている。水道のポンプを押しても、やはり水は出ない。
「あのメイドは、とんでもなく物ぐさだな」
「いつもはどうしてるんでしょうね。顔を洗うにも水がないと困りますし」
「敬語」
「あ。喉渇いたから水飲みたいなー」
砕けすぎてしまったが、アランは面白そうに吹き出した。
「その調子でいい。どこかに井戸があるんだろう。ロランヌ地方は水資源が豊富なんだ。この辺りの地域は地下水が流れている。ラ・ファイエット城も井戸から水を汲み上げて使っているはずだ」
井戸さえ見つかれば、飲料水は確保できる。
「外にあったかな?」
崖の上に建造された城の周りには、庭や水場などは一切なかったと思う。
「地下だろうな。昔の王族は敵に攻め込まれた際に籠城できるよう、地下に井戸や居住区を造っていたんだ」
「へえ……。で、今から暗闇のなか、地下に行くの……?」
「何か問題があるか」
城から出て麓の村へ行けば食糧にはありつけるだろうが、偽の乙女怪盗の存在を考えれば宝石から目の届くところにいるべきだ。というより、そんなに長居したくない。フランソワの言うとおり、今夜か明日の夜には決着をつけたいところだ。それにはまず、石版の暗号を解読しなければならない。
「早く終わらせて帰ろうよ。フランソワ、暗号解けた?」
「ですから、ラ・ファイエットという語句しか判明しておりませんので、メイドから情報を引き出していただきたいと坊ちゃまにお願いいたしましたが?」
全然進んでいないらしい。
結局、メイはフランソワに劣らぬ名料理人とわかっただけだ。後は目の前のふたりに並ぶほどの傲岸不遜な素質があること。
人形のように口を閉ざしたノエルを見て、ふたりは察してくれたらしい。同時に重い溜息を吐かれた。アランはずらりと座ってこちらを見据えている狂気人形を、眉をひそめて眺める。
「暗号を考えたのがノエルなら、狂気人形という語句を入れるだろうな。他人だったら思いつかない単語だ」
「そうかも。『狂気人形よ、永遠なれ。ノエル・コレット』なんてね」
フランソワは、はっとした表情で石版の配置をメモした紙を取り出した。顎に手を宛てながら文字を追っている。
「なるほど。メッセージというわけですか。とすると……愛、私の……」
ヒントになったようだ。ヒントといえばメイから告げられたひと言があるが、アランの前では言いにくいので黙っていよう。
『偽りの名を被っていると永遠に答えは出ない』
どうもしっくりこない。
偽りの名といっても、ノエル・コレットと乙女怪盗ジョゼフィーヌは、どちらも実在するわけで、偽っているのはむしろ性別のほうなのである。
それをメイは知らないからとも考えられるが、永遠にと強調されると何だか不安が煽られる。
「ねえ、フランソワ」
もはや返事も返ってこない。彼はメモに視線を落として黙している。完全に思考モードに入ったようだ。
「ひとりで考えさせてやろう。俺たちは水を捜しに行くぞ」
アランに促されて部屋を出た。水を飲まなければ明日には干物になってしまうので、水の確保は急務だ。アランは向かいの部屋に寄って明かりの点いた角灯を持参してきた。各部屋には燭台が置かれているが、廊下はランプなど皆無で真っ暗闇である。
「ホントに行くんですか? 明るくなってから捜しましょうよ」
深淵のような廊下に腰が引けたノエルが震え声で訴えると、アランにじろりと睨まれる。亡霊よりも凄みのある眼差しに、小さな体を更に縮こませた。
「気になったんだがな。ノエルは俺と話すときと執事殿がいるときでは、声色が違うんだな」
「えっ。そうですか?」
男装しているときは常に声音を低く抑えるのが自然と身についているのだが、フランソワとの会話では乙女怪盗で素の声を出すときとの中間くらいなのだろう。
何か違和感があったのだろうか。乙女怪盗と同じ声だ、とか……。
角灯を掲げながら廊下を渡るアランの背を、ノエルは息を殺して窺う。
「俺にも敬語でなくていい。直接の部下というわけじゃないんだからな」
「そうですか……。あ、いえ、そっか」
アランは世間話をするような、ゆるりとした口調だったので安心する。敬語で、と意固地になるほうが不自然だろう。歌うように朗々と喋るジョゼフィーヌとではまったく印象が異なるだろうから、多少声質が似ているくらいではわからないはずだ。
ふたりは階段を下りて、一階にある厨房へ足を運んだ。
先ほど見たとおり、わずかな食器が散乱している程度でひっそりと静まり返っている。水道のポンプを押しても、やはり水は出ない。
「あのメイドは、とんでもなく物ぐさだな」
「いつもはどうしてるんでしょうね。顔を洗うにも水がないと困りますし」
「敬語」
「あ。喉渇いたから水飲みたいなー」
砕けすぎてしまったが、アランは面白そうに吹き出した。
「その調子でいい。どこかに井戸があるんだろう。ロランヌ地方は水資源が豊富なんだ。この辺りの地域は地下水が流れている。ラ・ファイエット城も井戸から水を汲み上げて使っているはずだ」
井戸さえ見つかれば、飲料水は確保できる。
「外にあったかな?」
崖の上に建造された城の周りには、庭や水場などは一切なかったと思う。
「地下だろうな。昔の王族は敵に攻め込まれた際に籠城できるよう、地下に井戸や居住区を造っていたんだ」
「へえ……。で、今から暗闇のなか、地下に行くの……?」
「何か問題があるか」
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる