乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
44 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

メイの謎

しおりを挟む
 朝食の食卓に、ノエルはまたもや空の皿を置いていく。セルフサービスという新しい仕様だと思おう。心なしか、アランとフランソワも昨日に比べて顔色が悪いようだ。

「どうかね、我が城のオムレツは……新鮮な卵だから美味だろう……」

 侯爵の台詞で、この埃がかった陶器の皿にはオムレツが乗っているのだと知る。
 ノエルはいつも屋敷で食べている、フランソワが作るオムレツを思い浮かべた。
 ゆで卵を、ぐちゃぐちゃに砕いて上からマヨネーズをこんもりと掛ける。卵の欠片が混じっているのでカルシウムが摂取できる理想の朝食だ。
 これは世間一般のオムレツとは異なるのではと、ずっと疑問に思っていたが、今なら言える。あれこそ世界でいちばんおいしいオムレツだ。
 けれど折角ご馳走になっているので比較するような発言をするのは失礼である。

「はあ……おいしいです。卵の破片が噛み応えがありますね」
「普段どんなオムレツを食べてるんだ。いや、言わなくていい」

 アランはカトラリーすら手にしていない。昨日は架空料理を褒め称えていたフランソワも、力なくフォークを上下させていた。

「パンが減ったにゃん。おかわり食べるか?」

 テーブルには空のバスケットが置かれているのだが、メイには減り具合がわかるらしい。ごく真面目な顔をして、来客と侯爵の返答を待っている。
 誰がパンを食べたっていうんだ……。
 三人の思考が一致するなか、侯爵はわずかに首を振った。

「皆様は満腹のようだ。珈琲をお出ししなさい……」
「わかったにゃん。ノエル、珈琲だして」

 なんでだよ。

「はい、ただいま」

 心の突っ込みとは裏腹に軽妙な返事をして厨房へむかう。空気よりも軽そうな珈琲を銀盆に乗せながら、横で見ていたメイにそっと話しかけた。

「あのさ、メイ。昨日の夜に話したことなんだけど……」
「知らないにゃん」

 即座に否定されてしまう。メイの瞳は空のカップを見つめていた。

「地下の、お墓の前で会ったじゃない?」
「忘れたにゃん。珈琲をはこべ」

 話してくれる気は、もうないらしい。やはり昨夜のうちに解決しておくべきだった。もはや重く感じられる銀盆を携えながら珈琲を提供する。
 アランは皆を見回して口を開いた。

「昨夜、侯爵と話を纏めたんだが、宝石の見張りは俺が昼夜を通して行うことになった」
「昼夜って……宝石の部屋に寝泊まりするの?」

 ずっとアランに張り付かれては困るのだが。
 暗号も解けていないし、宝石を攻略する方法をまだ練っていないのだ。

「そうだ。乙女怪盗が現れてから塔を上るのでは遅いからな。あの塔には出入口がひとつしかない。塞がれたら、お終いだ」

 そうなのだ。一本道というのは誤魔化しが利かないので厄介なのである。今回は石版を操作する時間を考慮しなければならないので、アランが少々目を離した隙に事を終えるという手口は難しい。
 何とか予防線を張ろうと、ノエルは反対意見を出した。

「でも、ひとりじゃ大変でしょ。交代にしようよ」
「気を遣わなくていい。ノエルが見張っていたんじゃ、偽の乙女怪盗すら捕まえられないだろうからな。俺なら何があっても対処できる。ノエルは執事殿とふたりで食糧と水の調達を頼む」

 まったく気を遣っているわけじゃないんですけど。
 警備に否定的だった侯爵だが、アランによって説得は済んだらしい。何も言わずに空のカップを傾けている。
 焦ったノエルは、つい口走った。

「あの、ラ・ファイエット侯爵。『天空の星』なんですが、持主はメイの父上という話を聞いたのですけど、本当ですか?」

 あの宝石には何かの因縁があるのだろうか。代々侯爵家に受け継がれてきた宝石というが、ラ・ファイエット侯爵が真相を知らないはずがない。
 メイはすでに厨房に下がっている。侯爵は驚くでもなく、静かな所作でカップをソーサーに戻した。

「ほほう……それは面白い話だ。ではメイは私の子、もしくは孫というわけだ。私は生涯独身のはずなのだがね。どこで産み落としたかな……」

 楽しそうに肩を揺らしている。
 確かに、メイが侯爵の孫とすれば話は合うが、どうも納得いかない。侯爵に上手く躱されてしまった気がする。
 朝食を終えたノエルは咄嗟の発言を後悔し始めた。メイが侯爵に直接返してくれと言える仲なら、すでにそうしているわけなので、わざわざ偽の予告状など出す必要がないからだ。内情を漏らされたと知った侯爵は、メイを叱ったりしないだろうか。
 アランは早速塔へと足をむけた。

「じゃあな。麓へ下りるときは日暮れ前に帰ってくるんだぞ。ひとりで行動せず、執事殿と一緒にいろ」
「あのう、アラン。さっきの話、どう思う? 宝石の持主のこと」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...