乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
43 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

地下室からの帰還

しおりを挟む
「わかった。それじゃ、気をつけて」

 ぶんぶんと首を縦に振ったノエルは大階段を上ったところでアランと別れた。
 ラ・ファイエット侯爵が現れたときは、本物の幽霊が出たかと思った。あの状況で冷静に話せるアランの神経には感服する。侯爵との相談に付いてこいなんて命令されたりしたら、全力で仮病を使うだろう。
 客間まではもうすぐなので、角灯の明かりが持つことを祈りながら怖々と廊下を進んだ。

「はあ……。ただいま、フランソワ。暗号解けた?」

 ようやく辿り着いた部屋の扉を開き、脱力しながら問いかける。
 コレット家の完璧執事は、長椅子に横になり安らかな寝息を立てていた。
 テーブルに広げられたメモを見ると、書き込みが少々増えてはいるものの、メモの域を脱していない。解読の途中で力尽きてしまったようだ。
 主人が地下の大冒険を繰り広げていたというのに、執事が椅子で寝落ちとはいかがなものか。
 頭にきたノエルは、束ねられた金髪の毛束をぐいと引っ張る。

「ちょっと。起きてよ」
「んん~、むにゃむにゃ……。坊ちゃま、本日のディナーはコウモリの羽入りシチューでございます、ご堪能あれ……」

 楽しそうな夢見てるね。
 日常に戻ったときのほうが恐ろしいかもしれない。
 がっくりと肩を落としたノエルは、フランソワに毛布を被せてから角灯の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。



 一夜明けて、フランソワは優雅に飛び起きるという芸当を見せた。寝不足で眼を擦るノエルに、彼は朝の挨拶と謝罪を述べる。

「おはようございます、坊ちゃま。本日も素敵な朝でございますね」
「うん。曇りだけどね」
「昨夜は坊ちゃまより先に寝てしまい申し訳ございません。このフランソワ、一生の不覚でございます」

 あれが一生の不覚だなんて、数々の際どい発言やら、毎日提供される手料理やらと比べたら些細なことだ。フランソワの常識では、それらは不覚ではなく、精一杯の愛情を込めた献身なのだなと、改めて実感したノエルは苦笑いが止まらない。

「いいよ、べつに。解読もヒントがないと、これ以上進まないみたいだね?」
「わたくしの稚拙な知識では未だに謎は解けておりませんが、怪盗が登場する前には解答を導き出して御覧にいれましょう」

 朝から下手な駄洒落を聞かされたところで、腹の虫が、ぐうと鳴る。
 そろそろ朝食の時間だが、今日もまたメイの架空料理が待っているのだろう。あれは、いかに脳内でおいしい料理をイメージできるかが鍵だと思うのだが、ノエルの乏しい料理知識では頭に思い描いたところで程度が知れている。
 ああ、おなかへった。
 まともな食事を取らなければトイレットに行く用はないわけで、大変都合がよろしいでございます。

「フランソワ、着替えるから隣の部屋に行ってていいよ。そうだ、角灯の油が切れそうだから足しておいて」
「承知いたしました」

 ノエルが支度を調える間、隣の部屋では角灯を弄ったり、昨夜持ち帰った皮袋の水を水差しに開ける音がしていた。フランソワは顔を洗う器に水を少々注いで、慇懃にタオルを差し出す。
 器に入れられた水の量はもちろん、小雨でできた水溜まり以下である。目と口許くらいは洗えるだろう。

「地下に井戸があって、そこから水を汲めるんだ。フランソワも喉渇いたでしょ。飲んでいいよ。皮袋はアランのだから後で返そう」
「ありがとうございます。皮袋は干しておきましょう」

 後で地下の墓場やメイのことを話しておかなければ。
 ノエルは顔を洗いながら、昨夜の会話を思い返した。
 やはり、偽の乙女怪盗はメイだった。
 けれど、宝石の所有者について何か事情があるようだ。もう少し詳しい話を聞けないだろうか。
 思考しながら廊下を歩き、ダイニングへ向かう。後ろを歩くフランソワは、ふと口にした。

「そういえば、角灯の油はまだ沢山残っておりましたよ。減った分は継ぎ足しておきましたが」
「そう?」

 油など些細なことだ。当面の問題は食糧と水だ。水は確保できたのでよしとする。
 それから、メイと宝石のこと。
 乙女怪盗ジョゼフィーヌの出番は近い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなた方は信用できません

玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。 第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

処理中です...