乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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エピローグ

天空の星の正体

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 ラ・ファイエット城が見る間に小さくなっていく。遠くに街が見えた。その向こうには、なだらかに広がる山々と青い空。
 ノエルは気球の籠から世界の美しさを、目を細めて眺めた。
 旅立つには最高の快晴だ。
 清々しい外の空気を、胸いっぱいに吸い込む。
 下からはアランとバルスバストルのわめき声が聞こえてくる。ひょいと顔を出して、ロープに掴まっているふたりの様子を窺った。

「アラン~、バルス刑事~、大丈夫? 近くの街まで頑張ってね」

 見上げたアランは驚愕の表情でノエルを射抜く。

「ノエル……それに、乙女怪盗⁉ どういうことだ⁉」

 ちゃっかりとコートまで着込んだノエルの隣には、漆黒の衣装を身につけた乙女怪盗ジョゼフィーヌが優雅に手を振り、哀れな刑事たちを見下ろしていた。

「仕方ないから乗せてさしあげるわ。ロープを切られたくなかったら、大人しくしていてちょうだいね、オホホ」

 声の調子もまさに乙女怪盗そっくりだ。陽光に煌めく金髪は、アランたちの位置からは銀髪に見えることだろう。体格も本物の乙女怪盗とはかなり違いがあるのだが、ノエルと乙女怪盗が並ぶのは初めてなので、比べてもこんなものかと思える。
 というより、刑事ふたりに冷静に物事を考える余裕があればの話だが。

「ジョゼフィーヌさんの厚意で乗せてもらったよ。しばらく気球の旅を楽しもうね」
「楽しめるか‼」

 手を振るノエルに怒号が返る。
 肩を竦めたノエルと、乙女怪盗に扮したフランソワは笑い合った。

「さてと。はじめようか」

 持ってきた荷物の中から、フランソワが愛用している小さな壺を取り出す。調味料を入れる専用の壺で、特製の唐辛子を練ったものが封入されている。
 ただ、今回は別の物を持参していた。

「刑事さんたちに、これから楽しいショーをご覧に入れてさしあげるわ。そちらの特等席から、たっぷり鑑賞してちょうだいませね」

 フランソワの怪しい語尾に苦笑を零したノエルは壺の蓋を開けた。
 中には、数々の煌めく宝石が入っていた。これまでに盗んだ百個の宝石たちだ。
 ラ・ファイエット城に旅立つ前に狂気人形から取り出した宝石は、この壺に入れて持ち歩いていたのである。フランソワの料理の腕前はアランたちの知るところなので、誰も調味料の壺は開けたがらないというわけだ。

「ショーだと? 何をする気だ」

 アランの声を合図に、乙女怪盗は掴んだ宝石を空からばらまいた。
 ルビー、サファイア、エメラルド……。
 煌めく粒が水色を刷いたような空を色鮮やかに彩る。
 太陽の光を受けて、きらきらと輝きながら街の屋根めがけて落下していく。

「今までに盗んだ宝石を、大地に返してさしあげるのよ。そおーれ」

 気球から零れ落ちる幾多の煌めきに、街の人々が何事かと見上げている。やがて落ちた宝石を拾おうと、人の群れが形成された。

「みなさーん、着服しないでくださいね。近くの交番にお届けになってくださ~い、ンフッフ~」
「言ってる場合か! おい、乙女怪盗! それで精算した気になるなよ。俺は必ず、貴様を捕まえて正体を暴いてやるからな!」

 乙女怪盗の優雅な笑い声が空に響き渡る。
 やがて最後の宝石が地上に落とされて、壺の中身は空になった。
 気球は晴れやかな空のもと、静かに進んでいく。
 フランソワは窺うように、遠くを見つめるノエルの横顔を見た。

「坊ちゃま、よろしかったのですか?」
「いいんだよ。本物の『天空の星』は、もう見つけたから」

 懐から取り出した石を掲げてみせる。
それは、数時間前に宝石部屋で暴かれた、狂気人形が含んでいた庭石だった。

「えっ……。どういう意味でございますか?」

 眸を瞬かせるフランソワに、ノエルは一三年前の出来事を語り出した。




「ノエル、これは我が家に伝わる世界にひとつだけの宝だ。『天空の星』というんだ。何故かわかるかい?」
「てんくー?」

 小さなノエルは父の膝に乗せられていた。掌に宝物を、そっと握らせてくれる。
 これが、とうさまのだいじなたからもの。
 ノエルの銀灰色の眸は喜びに煌めく。

「これはね、天からの贈り物なのだ。隕石という、とても貴重な石なんだよ。私が若い頃に屋敷に落ちてきたのだ。素晴らしい奇蹟だよ」
「きせき? しゅごい、しゅごい!」

 笑うノエルを、父は微笑みながら見つめる。ふとメイドが呼びかけてきたので、父はノエルを膝から下ろした。ちょっと待っててくれと言い置いて、部屋を出て行く。
 ノエルは小さな掌にある宝物に目を下ろす。
 天からのおくりもの。
 窓の外は雨がしとしと降っている。
 泣いている。天が、おくりものを失って、泣いている。

「ないないー。かえしゅ」

 泣かないで。返してあげるから。
 ノエルは椅子によじ登って窓を開けると、ぽいっと宝物を放り投げた。
 雨空に吸い込まれた宝物は見えなくなった。無事に返せただろうか。

「ノエル、どうした? 外に何かあるのか」

 戻ってきた父に、ノエルは必死に訴える。

「ないないなた! かえしゅてぽいなの」
「何? おまえ、『天空の星』はどうしたんだ。なくなったのか⁉」
「ないない! かえしゅえ!」
「返せと奪われてなくなっただと⁉ 誰か、警察を呼べ。賊が入った‼」

 上手く伝わらない。
 ノエルが泣き出すと、父は抱きしめてくれた。

「おまえに怪我がなくて良かった。隕石も大事だが、私にはノエルが何よりの宝物だからな」

 ごめんなさい。とうさまのたからもの、なくしてごめんなさい。
 いつか、天から返してもらおう。
 取り戻そう、父上の大事にしていた宝石を……。 



 暖かな陽射しの中で漆黒の衣装を纏うフランソワは、麗しい微笑を浮かべてノエルを見遣る。

「つまり、我々が捜していた『天空の星』は、コレット家の庭に一三年の間ずっと、すぐ傍にあったという結論でよろしゅうございますか?」

 殺気じみた笑顔が恐ろしい。
 籠の端に追い詰められて身を縮めたノエルは、こくりと頷いた。

「いやあ、まさか隕石だったとはね。狂気人形に庭石を詰めてたときから、何か思い出しそうだなという予感がしたんだよね」

 メイの一件で完全に記憶は蘇った。
 取り戻したい大切な宝物は、すぐ傍にあるということ。そしてそれに、自らは触れられないという皮肉。
『天空の星』は無事に手元に戻ってきたが、大事なのは物じゃない。父上の想いやフランソワの手助けがあってこそ、ノエルは生かされている。……と、感謝を伝えたいところだが、当のフランソワはこめかみを引き攣らせていた。
 まったく無駄な回り道をさせられましたね、すいません。
 ノエルは慌てて両手を振る。

「でもさ、今までのことが決して無駄になったわけじゃないよ。これからの乙女怪盗は罪を悔いて慈善活動家に転身、なんてどうかな?」

 フランソワは、ふっと笑みを浮かべて仮面の縁を押し上げた。

「当然でございます。乙女怪盗ジョゼフィーヌは人々の心に、永遠に刻まれる存在でございますから。月も華も、きらめく星の夜も、わたくしの味方です」
「さまになってる」

 軽やかな笑い声に混じり、下方から怒鳴り声が轟いた。

「おい、何を話してる! ノエル、俺にも聞かせろ!」
「そろそろ限界ですう~下ろしてください~フッフ~」

 むこうの丘まで、アランとバルスバストルには頑張ってもらおう。
 ノエルは爽やかな風を受けながら、愉快な仲間たちと共に気球の旅を謳歌した。
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