こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

ラークシャヴァナ神殿へ

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 怯えながら岩の門を潜ると、神殿前は開けており広場になっている。
 祭壇の周りを囲むように柱が幾本も設置されていて、厳格な空気が漂っていた。
 けれど善神の神殿で見たような華やかさはなく、人が訪れた気配はない。広場は綺麗に掃き清められていたが、誰もおらず寂しげだ。

「ようこそ、ラークシャヴァナ神殿へ」

 透き通る声音に、はっと顔を上げる。
 腕に先ほどの神獣を止まらせた男性が、階段を下りてきた。亜麻色の長い髪は、くるぶしまである司祭服の裾で揺れている。

「私は神官マドゥ。神殿に人が訪れるとは珍しい。自ら供物として身を捧げに来たのですか?」

 流麗な双眸が、すうと細められる。上品な面立ちだが、怜悧な印象を受けるのは冷淡な言葉のせいだろうか。ティルバルールが咎めるように、片翼をばさりと払った。

「からかうな、マドゥ。彼女たち以外に邪の門を潜る者など、未来永劫いるまい」
「あはは、わかっていますよ。ティルの言うことも毒だらけですけどね」

 破顔するマドゥに、ルウリは胸に手を宛てて膝を折る。神殿の神官ならば礼を尽くさなければ。

「私はルウリと申します。星玉師です。残念ながら生贄になりに来たのではありません。ラークに、会いに来たのです。ここに彼はいるのでしょうか」

 少しの間、沈黙があった。
 ティルバルールは物言いたげにルウリを見つめて、マドゥを仰ぐ。美貌の神官は薄い笑みを浮かべると、神殿へ向けて掌を差し出した。袂がさらりと揺れる。

「ラークシャヴァナ様は、ただいま引きこもっておりますゆえ。私が神殿をご案内しましょう。さあ、どうぞ」

 踵を返したマドゥの後を付いていく。ひたりと足を踏み入れる。神殿の中は静謐な空気に満ちていた。石造りのためか、ひんやりとして肌に心地良い。巨大な石柱をいくつも通り過ぎ、マドゥは重厚な扉を両手で開けた。ぎい、と軋む音が石に染み込む。

「ここは祭壇です。今はもう使われていませんが。こちらに供物を供えます。乙女の生き血なんて最高ですよね」

 恍惚とした表情で石の祭壇を紹介するマドゥにどう返答してよいかわからず、引き攣った笑みが漏れる。ぼんやりしていたら本当に生贄にされてしまいそうだ。

「マドゥ、その偏った解説はよせ。彼女たちが怖がるではないか」
「私の好みは怖がる乙女ですから。強気な女は食指が動きません」
「貴様の好みなど誰も聞いていない」

 堂々とひそひそ話を繰り広げるマドゥとティルバルールのやり取りを、聞こえないふりをして祭壇を見学する。パナは冷ややかな視線を神官たちに注ぐと、居心地悪そうに肩に座り直した。
 ふと、祭壇側の上方の壁に、不自然なくぼみが存在するのが目に留まった。
 細長く象られており、丁度、長剣が嵌められるような形だ。くぼみの周りの細工は、鉱石で覆われていた。
星玉だ。
 台座として使用するなんて、嵌める物体は重要なものなのだろう。

「マドゥ様、あそこには何を嵌めるのですか?」

 ルウリが指差したくぼみを茫洋とした眸で見上げたマドゥは、表情を消した。

「ラークシャヴァナ神が司る、邪の剣が奉納されていました。世の中のあらゆる邪を祓うための剣です。邪神なのに邪を祓うのかと不思議に思われるかもしれませんが、邪神とは、邪であるものを制御し統制する役割を担っているのです」

 解説に頷きながら、空の台座を見つめる。

「どうして今はないのですか?」
「紛失したのです。もう十年ほど前になります」

 マドゥは哀しそうに微笑んだ。言いにくそうだ。後悔したルウリは、もう質問するのはやめにしようと目を伏せた。
 コツリ。
 石畳に響いた小さな靴音に振り返る。
 そこには硬い表情で佇むラークがいた。白のローブは纏っておらず、ゆったりとした麻のクルタを身につけている。右目はいつものように漆黒の眼帯で覆われ、金の左目には憤怒の色が浮かぶ。

「何しに来た」

 怒気に歪んだ顔。
 歓迎されないことはわかっていたが、ラークの拒絶を前に怯えが走る。
 ルウリは勇気を振り絞って、一歩近づいた。

「ラークに、会いに来たの。謝りたくて」
「謝罪など必要ない。ティル、おまえが連れてきたのか」

 ティルバルールは如何にもと告げて体を前傾した。マドゥも頭を垂れて礼を尽くしている。

「では神よ。不要ならば、この乙女たちは生贄に使用してもよろしいでしょうか?」

 平然と吐かれて、ルウリとパナの足は同時によろめいた。大股で歩み寄ってきたラークに、ぐいと背の後ろに追いやられる。
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