こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

文字の大きさ
20 / 35
第四章

パナの秘密

しおりを挟む
「誰が不要だと言った。マドゥ、茶でも用意してこい」

 手の甲で払う仕草は、召使いに命令する主人のようだ。マドゥはくすりと笑みを浮かべると、扉のむこうに去って行った。去り際に腕から飛び立ったティルバルールは、ラークの肩に止まる。
 庇ってくれた……?
 広い背中が振り向く。鋭い金の眸に見据えられ、その眩しさにルウリは睫毛を瞬かせた。

「……来い。生贄は奴の悪い冗談だ。本気にするな」

 クルタの長い裾を翻し、ラークは先立って祭壇の間を後にする。神殿から出て中庭へ。ラークの肩から飛び立ちたいように、ティルバルールは羽ばたいた。

「パナ殿はこちらへ。四阿の屋根から絶景が見渡せる。ぜひ見せたい」

 突然話しかけられたパナは臆したようにルウリの髪の毛に潜り込む。といっても、くちばししか隠れない。

「やだよ。ルウリの傍にいる」
「恐れずとも何もしない。初対面の娘に手を出すほど我は狼ではない」
「鳥だろ!」

 ぱちくりと眸を瞬かせたルウリはパナを見遣り、今の会話を反芻した。

「えっ……。もしかして、パナ、あなた、女の子だったの?」

 パナは意外なことを聞かれたとでもいうように、ぱちくりと瞬きで返した。

「そうだよ、雌だよ? あ、でも女の子同士だけど、僕はルウリのこと大好きなんだからね! ルウリが嫁き遅れたら、僕がお嫁さんにもらってあげるんだから」

 胸を張るパナを驚きと共に愛しさを込めて羽を撫でてやる。
 一人称が僕なので、ずっと男の子だと思い込んでいたなんて今更言えないけれど、パナはパナなのだ。

「ありがとう、パナ」
「さあ、パナ殿。我が主とルウリ殿のお二人で話をさせてあげましょうぞ」

 気を利かせてくれたらしいティルバルールは、中庭に設えてある四阿の屋根に留まった。パナも渋々飛び、ティルバルールとは少々距離を取って屋根の突端に降りる。

「あら……あの屋根。星玉の飾りがついてるのね」

 突端に輝く星玉は、陽の光を受けて神々しくすらあった。燃える炎のような純度の高い紅色をしている。

「俺が磨いたんだ。部屋に置く場所がなくなってな」

 ラークに導かれ、居住しているらしい別棟へ足を運ぶ。先ほどの神殿よりはこぢんまりとした造りで、天井が低いので落ち着いた。低いといってもルウリの家の倍ほどはあるのだが。
 廊下を渡り、奥の扉が開け放たれる。
 眩い光の洪水に、ルウリは思わず声を上げた。

「うわあ……!」

 まるで、星玉の海だ。
 ありとあらゆる形、質、彩度の違う星玉が、所狭しと壁一面を覆っていた。
 こんなに沢山あるなんて。
 天窓から射し込む太陽に反射して、きらきらと光を放っている。

「すごい、これぜんぶ、星玉なの……?」

 目が慣れてきてよく見れば、どうやらここは工房らしい。壁に嵌め込まれた星玉だけでなく、棚に並んだもの、広いテーブルには作りかけのもの。麻袋や砂金の入った壺など見慣れた物や、成形に使用する錐などの道具が目に入った。

「この辺りの岩場からは星玉が出る。俺はいつもそこから採掘してるんだ」

 テーブルの引き出しから、ラークは小さなカードのようなものを取り出した。すい、とルウリの目の前に突き出す。

「これが見たかったんだろ」

 許可証だった。
 受け取り眺めたそれは、ルウリの許可証と同じ様式だったけれど、星玉師の位を示すラシルフィは記載されていなかった。
 ――アスラ。
 邪神の総称。位と名の欄にはそれぞれ、アスラ・ラークシャヴァナと綴られている。善神はヴァルナと呼ばれるので明確な違いがあり、人々はアスラを恐れ、忌み嫌う。
 検問所の番兵や審査会の受付の女性は、このアスラの称号に嫌悪を抱いたのだ。

「特別枠の許可証ね……。初めて見たわ」

 神族や精霊にも星玉師の資格は発行可能であると聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだった。感心するルウリから逃れるように、ラークは顔を背ける。

「道具の買い付けに必要だからな。仕方なく取得したんだ」
「ラークは邪神であることが嫌なのね」

 眉をひそめて、重い溜息を吐いたラークは革張りの椅子にどさりと座った。

「嫌に決まってるだろ。……いや、人にどう思われようが俺は俺だ。良く思われたいわけじゃない。ただ、星玉を穢す邪気が出るのが困るんだ」

 ジャイメールや審査会での出来事を思い出す。
 彼と対面していても、黒いもやなど全く見えないのだが。右腕は何ともないようだった。

「邪気はひとりでに出てしまうの?」
「そうだ。制御できない。抑えられているときもあるし、だだ漏れのときもある。笑えるだろ、星玉を穢す邪神が星玉師だなんて」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

孤独なもふもふ姫、溺愛される。

遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました! ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine
恋愛
辺境の地・ディトマスの第6要塞の制服管理課で、一人の働く女の子がいた。 彼女の名前はドルマ。仕事はこの要塞で働く騎士達の制服の繕い物だ。 ドルマは対人恐怖症で誰とも話をしない。だがドルマが繕った制服を纏うと、ほんの少しだけ戦闘の時に運が良くなると騎士達の間で評判なのだ。 辺境の防衛責任者として、毎年多くの犠牲者に胸を痛めていた辺境伯の息子・マティアスは、第6要塞にはその年一人も犠牲者が出ていない事に着目して、覆面調査を始める。 小さな手仕事が紡ぐ、静かな恋物語。

処理中です...