26 / 35
第四章
マドゥの助言
しおりを挟む
「ミックスだ。価値は低いが、審査会で見せるなら緑色が含まれていることが重要だろうからな」
ルウリがラークシャヴァナ神殿を訪れて一ヶ月が経過した。ふたりは次の審査会で使用するための星玉を発掘しては工房で研磨することを日々繰り返していた。
ノックのあと、盆を携えたマドゥが顔を出す。
「お茶が入りました」
「ありがとう、マドゥさん」
両肩にティルバルールとパナを止まらせているので、肩が重そうだ。二羽はお茶用の丸テーブルに飛び乗ると、早速砂糖水でくちばしを濡らす。
「ルウリ、どう? 星玉できた?」
「根を詰めてはいかん。お茶にしてはどうか」
と言いつつ、二羽がもっともお茶の時間を待ち望んでいたようだ。作業の合間のティータイムは、みんなのお喋りが溢れるので良い気晴らしになっている。
ラークは皆と同じテーブルに着こうとせず、いつも何かしらの作業をしながらカップを傾ける。今日もルウリは、ラークの分のお茶を図面を見ている彼の傍らにそっと置いた。
皆がお茶を嗜んでいる円形のテーブルへ行くと、マドゥは二羽に囲まれてチャイの芳香をくゆらせている。
「どうかと思いますよね。若い男女がひとつ屋根の下で同居するのは。非常に不謹慎です」
神官マドゥのお説教を兼ねた雑談も恒例となり、ルウリは苦笑いで迎える。ひとつ屋根の下といっても、ラークの工房を兼ねた住居とは別棟の部屋を借りているので何も問題ないのだが。ティルバルールは冷めた視線をむけた。
「マドゥ、貴様の口から常識を聞くとは驚きだ。台所仕事をルウリ殿に任せる神官は不謹慎とは言わぬのか」
「任せてはいません。手伝っていただいているのです」
さらりとかわすマドゥに、パナが気まずそうに弁解した。
「僕たち何もないよ。ティルとは友だちだもん」
「そうですか。それならよいのですが」
「……パナ殿。そうか、我は、友だちなのか……」
落ち込むティルバルールを見て、ルウリは話をようやく察した。男女とは鳥たちのことだったらしい。
「えっ。何だよ、友だちだろ? 餌の口移しくらい、みんなするよね?」
「いや、我は……いや、いい……」
いつの間にかとても仲良しになっていたらしい。
ラークと自分のことかと勘違いしたルウリは、白い陶磁器のカップで赤く染まった頬を隠した。
ひとときのお茶の時間が終わり、マドゥはカップを片付けて退出する。
「マドゥさん、お手伝いします」
「では、よろしく」
神殿に世話になってからというもの、ルウリは料理や掃除などを手伝っている。居候しているのだし、それくらいは当然だ。神殿は広いので掃除は大変だが、ラークは適当で良いと言ってくれる。
まるで百人分くらいは調理できそうな無駄に広い台所を訪れて、流しでカップを洗う。マドゥは後ろで食器を磨く作業に取りかかっていた。人型はルウリを入れて三人しかいないのに、彼は毎日のように大量に収納されている銀の食器を入念に磨き上げている。
「誰かお客様が来るのですか?」
「誰も来ませんよ」
「ではどうしてそんなに沢山の食器を磨くんです?」
「では、貴女は何故星玉を磨くのですか」
答えに窮する。初めて会ったときから感じていたが、マドゥには快く思われていないようだ。最近は生贄と口にされることもなくなったが。
「それは……磨けば綺麗になるからです」
「食器もそうなのです。ああ、こちらは手伝わなくて結構。私の仕事ですから」
カップを棚に仕舞い、台所を布巾で拭く。マドゥはちらりと目線を送った。
「鳥たちが交尾をするのは構いません。鳥精霊同士ですからね。私が案じているのは貴女のことです」
「えっ」
先ほどの話の蒸し返しに、ルウリは眸を瞬く。不謹慎というのは鳥たちのことではなかったのだろうか。
「邪神と人では、立場が違います。ラークシャヴァナ様の傍に長く居るほど、貴女は不幸に染まりますよ。早く自分の居るべき場所にお帰りなさい」
無表情に淡々と言い募るさまは、責められるよりも説得力があった。
ラークに、邪神に近づいてはいけない。その警告は幾度も発せられた。
けれど、彼の傍にいることで何か不幸になっただろうか。
指輪の秘密を話せて心が軽くなった。ラークも同じような体験を持っていて同じ目標に向かえることで、勇気をもらえた。
何よりも、ラークの傍にいたい。確かにそう思えた。
「私、不幸なんかじゃありません。ラークと出会えて良かった。ここに来て充実した日々を過ごせてます」
ルウリがラークシャヴァナ神殿を訪れて一ヶ月が経過した。ふたりは次の審査会で使用するための星玉を発掘しては工房で研磨することを日々繰り返していた。
ノックのあと、盆を携えたマドゥが顔を出す。
「お茶が入りました」
「ありがとう、マドゥさん」
両肩にティルバルールとパナを止まらせているので、肩が重そうだ。二羽はお茶用の丸テーブルに飛び乗ると、早速砂糖水でくちばしを濡らす。
「ルウリ、どう? 星玉できた?」
「根を詰めてはいかん。お茶にしてはどうか」
と言いつつ、二羽がもっともお茶の時間を待ち望んでいたようだ。作業の合間のティータイムは、みんなのお喋りが溢れるので良い気晴らしになっている。
ラークは皆と同じテーブルに着こうとせず、いつも何かしらの作業をしながらカップを傾ける。今日もルウリは、ラークの分のお茶を図面を見ている彼の傍らにそっと置いた。
皆がお茶を嗜んでいる円形のテーブルへ行くと、マドゥは二羽に囲まれてチャイの芳香をくゆらせている。
「どうかと思いますよね。若い男女がひとつ屋根の下で同居するのは。非常に不謹慎です」
神官マドゥのお説教を兼ねた雑談も恒例となり、ルウリは苦笑いで迎える。ひとつ屋根の下といっても、ラークの工房を兼ねた住居とは別棟の部屋を借りているので何も問題ないのだが。ティルバルールは冷めた視線をむけた。
「マドゥ、貴様の口から常識を聞くとは驚きだ。台所仕事をルウリ殿に任せる神官は不謹慎とは言わぬのか」
「任せてはいません。手伝っていただいているのです」
さらりとかわすマドゥに、パナが気まずそうに弁解した。
「僕たち何もないよ。ティルとは友だちだもん」
「そうですか。それならよいのですが」
「……パナ殿。そうか、我は、友だちなのか……」
落ち込むティルバルールを見て、ルウリは話をようやく察した。男女とは鳥たちのことだったらしい。
「えっ。何だよ、友だちだろ? 餌の口移しくらい、みんなするよね?」
「いや、我は……いや、いい……」
いつの間にかとても仲良しになっていたらしい。
ラークと自分のことかと勘違いしたルウリは、白い陶磁器のカップで赤く染まった頬を隠した。
ひとときのお茶の時間が終わり、マドゥはカップを片付けて退出する。
「マドゥさん、お手伝いします」
「では、よろしく」
神殿に世話になってからというもの、ルウリは料理や掃除などを手伝っている。居候しているのだし、それくらいは当然だ。神殿は広いので掃除は大変だが、ラークは適当で良いと言ってくれる。
まるで百人分くらいは調理できそうな無駄に広い台所を訪れて、流しでカップを洗う。マドゥは後ろで食器を磨く作業に取りかかっていた。人型はルウリを入れて三人しかいないのに、彼は毎日のように大量に収納されている銀の食器を入念に磨き上げている。
「誰かお客様が来るのですか?」
「誰も来ませんよ」
「ではどうしてそんなに沢山の食器を磨くんです?」
「では、貴女は何故星玉を磨くのですか」
答えに窮する。初めて会ったときから感じていたが、マドゥには快く思われていないようだ。最近は生贄と口にされることもなくなったが。
「それは……磨けば綺麗になるからです」
「食器もそうなのです。ああ、こちらは手伝わなくて結構。私の仕事ですから」
カップを棚に仕舞い、台所を布巾で拭く。マドゥはちらりと目線を送った。
「鳥たちが交尾をするのは構いません。鳥精霊同士ですからね。私が案じているのは貴女のことです」
「えっ」
先ほどの話の蒸し返しに、ルウリは眸を瞬く。不謹慎というのは鳥たちのことではなかったのだろうか。
「邪神と人では、立場が違います。ラークシャヴァナ様の傍に長く居るほど、貴女は不幸に染まりますよ。早く自分の居るべき場所にお帰りなさい」
無表情に淡々と言い募るさまは、責められるよりも説得力があった。
ラークに、邪神に近づいてはいけない。その警告は幾度も発せられた。
けれど、彼の傍にいることで何か不幸になっただろうか。
指輪の秘密を話せて心が軽くなった。ラークも同じような体験を持っていて同じ目標に向かえることで、勇気をもらえた。
何よりも、ラークの傍にいたい。確かにそう思えた。
「私、不幸なんかじゃありません。ラークと出会えて良かった。ここに来て充実した日々を過ごせてます」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
孤独なもふもふ姫、溺愛される。
遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました!
ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~
Moonshine
恋愛
辺境の地・ディトマスの第6要塞の制服管理課で、一人の働く女の子がいた。
彼女の名前はドルマ。仕事はこの要塞で働く騎士達の制服の繕い物だ。
ドルマは対人恐怖症で誰とも話をしない。だがドルマが繕った制服を纏うと、ほんの少しだけ戦闘の時に運が良くなると騎士達の間で評判なのだ。
辺境の防衛責任者として、毎年多くの犠牲者に胸を痛めていた辺境伯の息子・マティアスは、第6要塞にはその年一人も犠牲者が出ていない事に着目して、覆面調査を始める。
小さな手仕事が紡ぐ、静かな恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる