飛島ゆるりカフェ 平家の守護霊と悪霊退治はじめます

沖田弥子

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第二章

カフェの朝ごはん 1

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 カーテン越しに零れる陽の光が、僕の意識を柔らかく掬い上げる。
 重い瞼をこじ開けて、まず目に飛び込んだ天井の模様に疑問符を浮かべた。
 ここ……どこだっけ?
 そう思った刹那、昨日のできごとが一気に脳裏を駆け巡る。

「あー……守護霊だとか神剣だとか、金百両だとか……」

 小学生の頃から入ってみたいと好奇心を抱いていた喫茶店に入店してみると、そこには守護霊となった平家の若様と、あやかしのウミネコがいた。
 神剣を守るために壇ノ浦の合戦から逃れてきた彼らは飛島に移り住んで、今ではカフェを経営しているという話を聞きながら、僕は一杯の珈琲を飲み干した。ところが金百両の代金を請求されたので、その借金を返すために、ここで働くことになったのだ。
 むくりと起き上がってカーテンを捲ると、窓からは悠然とした鳥海山が見えていた。飛島から眺めると、まるで鳥海山は海に浮いているようだ。山と島の間に横たわる波は穏やかで、空には白練の雲が棚引いている。今日も晴天に恵まれた。

「子どもの頃の秘密基地っていうのは、思い出の中だけに留めておくものなんだな……」

 僕は自嘲気味に呟いた。
 天候に反して心中は重い。
 七百五十万円もの借金を背負ってしまった翌朝に、どうして気分良く起きられるだろうか。

『あの店の中はどうなっているんだろう?』

 軒先に木彫りのコーヒーカップが置かれた店がずっと気になっていた。
 長年抱いてきた好奇心は満たされたものの、事実は稀有なものであるという教訓を叩き込まれることになるとは思いもよらなかった。

「触らぬ神に祟りなし、って昔の人はうまいこと言ったよね。神じゃなくて守護霊だったけど」 

 寝間着代わりにしているルームウェアを脱いで、ジーンズとスウェットパーカを着用する。
 宛がわれた六畳間を出ると、向かいの部屋は静まり返っていた。清光はもう起床したようだ。もっとも彼の正体は幽霊だから、寝るのかどうなのか不明だけれど。
 廊下の端に備え付けられた小さな洗面台で顔を洗い、身支度を調える。
 この建物は一階が店舗で、二階は畳部屋が二部屋あり、寝泊まりできる造りになっている。小さいながらも店舗の脇にトイレと風呂も付いていた。男ふたりとウミネコ一羽が生活するには充分だ。
 僕は階段を下りて、カフェとなっている店舗のスペースへ足を向けた。

「おはよう、蓮」

 ふわりと鼻孔をくすぐる珈琲の濃厚な香りと共に、甘やかな声音で挨拶される。
 昨日と同じように薄い水色のシャツとギャルソンエプロンを身に纏った清光は、カウンターの中から微笑みかけた。彼の腰にはもちろん、重厚な刀剣が差されている。

「……おはよう」

 清光の後ろでは、兜丸が「ゲロゲロゲ~」と快調に喉を鳴らしながら、カップに漆黒の液体を注いでいた。
 ポン、とトースターから食パンが飛び出す。
 それを皿に移した清光は、バターナイフで黒のペーストを塗った。黒胡麻だろうか。

「もしかして、朝ごはん?」
「そうだ。我々はいつもここで食べている」

 ここは従業員のダイニングでもあるようだ。喫茶店としては考えられない使い方だけれど、スローライフな島暮らしで開店休業状態の店だから、なんでもありなのだろう。

「というか、君たち幽霊なんだよね? ごはん食べるの?」

 僕はスツールに腰かけて、頬杖をつく。
 金百両もの大金を返済しろという無理難題を押しつけた平家の若様のことを、もう少し掘り下げてみる必要がある。風雅な見た目に似合わず、とんでもない強引さだ。
『昨日の話は全部冗談だ』と言ってくれることを、僕は欠片ほどは期待した。
 清光はバターナイフで掬い上げたペーストを熱心に塗りながら、平然として答えた。

「無論だ。幽霊といっても我々はハイブリッチョだから、なんでも食べられるぞ」
「……ハイブリッドって言いたいの? それね、意味が違うから。ハイブリッドは複数の性能を掛け合わせて造った品種のことだよ。ハイブリッド車とかね。清光は単に『優れている』ってことを言いたいんじゃないの?」
「うむ。そういうことにしておこうか。大海をバターナイフで凪ぐことなどできぬように、すべては海の御心に任せるしかないのだから」
「はあ……バターナイフは発音できるんだね」

 清光の比喩が高尚すぎて、何を言っているのかわからない。 
 呆れる僕に対し、朗らかに笑った清光は、飴色のカウンターにトーストの載った皿を置いた。僕は目の前の、焼き上がったばかりのトーストに目を向けた。
 トーストには清光が塗ってくれたペーストが、たっぷり載せられている。
 それを見た僕の目が点になる。

「……えっ? 何これ」
「清光特製ギバサトーストだ。堪能あれ」

 食パンの表面には、細かく刻まれた緑色の海藻がたっぷりと載せられていた。黒胡麻と思っていたものの正体は、ギバサだったらしい。
 ギバサは正式名称をアカモクといい、飛島で採れる海藻のひとつである。
 食物繊維が豊富で、ポリフェノールやミネラル、ビタミンKなどの成分が含まれており、健康に良い。
 海に生えているときは褐色のギバサは湯がくと鮮やかな緑色に変化し、細かく刻むことで粘りが出る。
 粘りといっても、納豆のように糸を引くわけではなく、さらりとしているので食べやすい。醤油と絡めたものを小鉢に盛り、おかずとして食すのだ。僕も子どもの頃に食べていたけれど、ギバサは大好きだ。
 ……だが、ごはんにかけるのならともかく、トーストにペーストとして使う食べ方は前代未聞だ。
 ギバサトーストと誇らしげに胸を張っている清光の顔とを、僕は戸惑いを込めた視線で往復させる。

「……あのさ、ギバサは小鉢とかに出すものだよね? せめてトーストとは別にしたほうがいいんじゃないの?」
「料理とは、常に新しい挑戦なのだ。遠慮せず食べてみてくれ」

 なぜか清光は自信満々だ。このコラボレーションが最高だと自負しているらしい。
 春が旬のギバサは、とろりと艶めいていてとても美味しそうだ。
 僕はおそるおそるトーストを手に取り、ギバサごと口に含んだ。
 清光は瞬きすらせずに、咀嚼する僕を凝視している。

「ん……意外といけるかも」
「やはりそうか!」

 醤油で味付けされたギバサの芳醇な味わいが口の中いっぱいに広がり、それをトーストの香ばしさがが包み込んでいる。ギバサのとろみが、焼けた食パンの感触と絶妙に絡み合い、お互いの存在を邪魔しない。
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