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第二章
悪霊退治の秘密
しおりを挟む「これ、悠真に」
「なんだぁ? 小学生のときに出した手紙の返事かの?」
悠真は笑って冗談を言いながら、その文をなんの戸惑いもなく受け取る。
封筒などには入っておらず、折り畳んだだけの文を、彼はその場で開いた。
達筆な筆字が躍っているが、パソコンのフォントに慣れた僕には全く読めない。
昔の人が書いた貴重な文献なんかが、こんな書体だ。
「なんて書いてあるの?」
「さあ。読めないの」
「えっ? この文を悠真に渡してくれって、清光から預かってきたんだけど」
「うん。いつもは兜丸様が文を持ってくるんだけどの、難しすぎていつも読めないの」
「……それ、文を出す意味あるの……?」
清光は頻繁に悠真へ解読不可能な文を渡しているようだ。
通常は兜丸の役目だそうだが、今日は僕がいるのであえて頼んだらしい。
「だからの、店へ行って聞いてくるんだ」
文を畳んだ悠真は階段を上り、宿泊棟を通って狭い道へ出た。僕も彼のあとに続く。
カフェの方向へ足を向けた悠真の隣に並ぶと、彼はゆるりと話し出した。
「清光様の喫茶店はの、前はうちのじいちゃんが支援してたんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。あの店舗もうちの物件での、じいちゃんが清光様に九百九十九年の間、賃貸するっていう契約になってる。賃貸料はないけどの」
「……それって、タダで半永久的に貸すってことだよね。悠真のじいちゃんは、どうしてそんな無茶な契約を結んだの?」
五十年ほど前に約千年の賃貸契約を結んだということは、残り九百五十年ほどではないか。
僕たちが子どもの頃、悠真のじいちゃんは『たのし荘』を背負う旦那さんだった。民宿経営の傍ら、漁師も兼任していて、海の男という豪快さがあったと記憶している。
「じいちゃんは清光様の信奉者だったからの。俺も学校卒業して家に戻ってきたときに知らされたんだけど、清光様は飛島近海に巣くう悪霊を、伝説の神剣で退治してくれる守護霊なんだって。その悪霊退治の話を延々と俺に聞かせたじいちゃんは、『わしが死んだら、悠真が清光様に仕えろ』って言い残して二年前に亡くなったんだの。だから今は俺がじいちゃんのあとを引き継いで、清光様の御用聞きやってるわけだの」
「悪霊退治……」
僕は眉をひそめた。
にわかには信じられない話だ。
清光が腰に差している刀剣が、壇ノ浦で紛失したとされている天叢雲剣であるとは昨日聞いたけれど、あの剣で悪霊退治を行っているというのか。
横文字を正しく発音することもできず、珍妙な料理を出す清光が、神剣を振るって悪霊退治だなんて想像できないのだが。
「大げさじゃない? お祓いとか、そういうレベルのものじゃないかな」
「俺はじいちゃんの冒険譚を聞いただけだからなぁ。漁船で漕ぎ出した夜の海で戦う清光様の雄姿がどうのこうのっていう……まあ、じいちゃんの遺言だからの。あの土地と店舗は買い手が付くような物件じゃないし、清光様に献上した形で良いんでないの。喫茶店は清光様の道楽だから、珈琲豆やら食パンやら差し入れするくらいはたいした手間じゃないからの」
「……あの食材は悠真が調達してくれたものだったんだね。ごちそうさま」
守護霊が経営する寂れた喫茶店がどうやって食材を調達したのか、その謎が解けた。
亡くなった悠真のじいちゃんが、崇拝する清光のために土地や店舗、その他のすべてを提供してくれたのだ。年月が経過しても艶めいている飴色のカウンターは、よほど良い品物を見繕ってくれたらしい。
おそらく悠真のじいちゃんも、清光の身の上を聞いて同情したのだろう。
歴史上で名高い壇ノ浦の合戦を生き延びた平清光が守護霊となり、神剣を携えて飛島に生息していると知ったら、若様と傅きたくなる気持ちもわかる。
その遺志は孫の悠真に受け継がれたが、道楽と称した見解からすると、悠真は祖父ほど清光を崇めてはいないようだ。引きこもっている親戚のお兄さんの面倒を見てやっているという程度の軽さである。
『ハイブリッチョ』などと聞いた日には、いかに雅な若様の顔をされても、崇める意識を持てというほうが無理だもんね。
清光はカフェを繁盛させたいと語っていたが、あの寂れた店が賑わうわけはないし、もし有名になって神剣の存在が観光客から世間に漏れたりしたら、それはそれで飛島を揺るがす問題が起こる。
だから、あのカフェは新築などせずに、寂れたままで良いのだろう。悠真のじいちゃんのおかげで、清光と兜丸に居場所を与えてあげられたのだし。
そこでふと、僕は首を捻った。
どうやら飛島では、清光の存在が周知されているようなのだが……皆は幽霊が見えていても、なんとも思わないのだろうか。というか、あやかしや幽霊って誰にでも見えるのか?
僕は霊感が強いわけではなく、今までに霊が見えたことはない。
「ということはさ、悠真もみのりさんも、君たちのじいちゃんも、幽霊の清光やあやかしの兜丸が見えてるってことだよね?」
「なんだぁ? 小学生のときに出した手紙の返事かの?」
悠真は笑って冗談を言いながら、その文をなんの戸惑いもなく受け取る。
封筒などには入っておらず、折り畳んだだけの文を、彼はその場で開いた。
達筆な筆字が躍っているが、パソコンのフォントに慣れた僕には全く読めない。
昔の人が書いた貴重な文献なんかが、こんな書体だ。
「なんて書いてあるの?」
「さあ。読めないの」
「えっ? この文を悠真に渡してくれって、清光から預かってきたんだけど」
「うん。いつもは兜丸様が文を持ってくるんだけどの、難しすぎていつも読めないの」
「……それ、文を出す意味あるの……?」
清光は頻繁に悠真へ解読不可能な文を渡しているようだ。
通常は兜丸の役目だそうだが、今日は僕がいるのであえて頼んだらしい。
「だからの、店へ行って聞いてくるんだ」
文を畳んだ悠真は階段を上り、宿泊棟を通って狭い道へ出た。僕も彼のあとに続く。
カフェの方向へ足を向けた悠真の隣に並ぶと、彼はゆるりと話し出した。
「清光様の喫茶店はの、前はうちのじいちゃんが支援してたんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。あの店舗もうちの物件での、じいちゃんが清光様に九百九十九年の間、賃貸するっていう契約になってる。賃貸料はないけどの」
「……それって、タダで半永久的に貸すってことだよね。悠真のじいちゃんは、どうしてそんな無茶な契約を結んだの?」
五十年ほど前に約千年の賃貸契約を結んだということは、残り九百五十年ほどではないか。
僕たちが子どもの頃、悠真のじいちゃんは『たのし荘』を背負う旦那さんだった。民宿経営の傍ら、漁師も兼任していて、海の男という豪快さがあったと記憶している。
「じいちゃんは清光様の信奉者だったからの。俺も学校卒業して家に戻ってきたときに知らされたんだけど、清光様は飛島近海に巣くう悪霊を、伝説の神剣で退治してくれる守護霊なんだって。その悪霊退治の話を延々と俺に聞かせたじいちゃんは、『わしが死んだら、悠真が清光様に仕えろ』って言い残して二年前に亡くなったんだの。だから今は俺がじいちゃんのあとを引き継いで、清光様の御用聞きやってるわけだの」
「悪霊退治……」
僕は眉をひそめた。
にわかには信じられない話だ。
清光が腰に差している刀剣が、壇ノ浦で紛失したとされている天叢雲剣であるとは昨日聞いたけれど、あの剣で悪霊退治を行っているというのか。
横文字を正しく発音することもできず、珍妙な料理を出す清光が、神剣を振るって悪霊退治だなんて想像できないのだが。
「大げさじゃない? お祓いとか、そういうレベルのものじゃないかな」
「俺はじいちゃんの冒険譚を聞いただけだからなぁ。漁船で漕ぎ出した夜の海で戦う清光様の雄姿がどうのこうのっていう……まあ、じいちゃんの遺言だからの。あの土地と店舗は買い手が付くような物件じゃないし、清光様に献上した形で良いんでないの。喫茶店は清光様の道楽だから、珈琲豆やら食パンやら差し入れするくらいはたいした手間じゃないからの」
「……あの食材は悠真が調達してくれたものだったんだね。ごちそうさま」
守護霊が経営する寂れた喫茶店がどうやって食材を調達したのか、その謎が解けた。
亡くなった悠真のじいちゃんが、崇拝する清光のために土地や店舗、その他のすべてを提供してくれたのだ。年月が経過しても艶めいている飴色のカウンターは、よほど良い品物を見繕ってくれたらしい。
おそらく悠真のじいちゃんも、清光の身の上を聞いて同情したのだろう。
歴史上で名高い壇ノ浦の合戦を生き延びた平清光が守護霊となり、神剣を携えて飛島に生息していると知ったら、若様と傅きたくなる気持ちもわかる。
その遺志は孫の悠真に受け継がれたが、道楽と称した見解からすると、悠真は祖父ほど清光を崇めてはいないようだ。引きこもっている親戚のお兄さんの面倒を見てやっているという程度の軽さである。
『ハイブリッチョ』などと聞いた日には、いかに雅な若様の顔をされても、崇める意識を持てというほうが無理だもんね。
清光はカフェを繁盛させたいと語っていたが、あの寂れた店が賑わうわけはないし、もし有名になって神剣の存在が観光客から世間に漏れたりしたら、それはそれで飛島を揺るがす問題が起こる。
だから、あのカフェは新築などせずに、寂れたままで良いのだろう。悠真のじいちゃんのおかげで、清光と兜丸に居場所を与えてあげられたのだし。
そこでふと、僕は首を捻った。
どうやら飛島では、清光の存在が周知されているようなのだが……皆は幽霊が見えていても、なんとも思わないのだろうか。というか、あやかしや幽霊って誰にでも見えるのか?
僕は霊感が強いわけではなく、今までに霊が見えたことはない。
「ということはさ、悠真もみのりさんも、君たちのじいちゃんも、幽霊の清光やあやかしの兜丸が見えてるってことだよね?」
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