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第三章

平家の若様 2

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 問題は、アイスのトッピングとしてグンミが二粒載せられていることだ。まるで鬼の角のように。
 グンミとは飛島の磯で採取される貝の名前で、正式名称はヨメガカサという巻貝である。
 親指ほどの円錐形の殻に身が入っており、味が濃厚でコリコリとした食感だ。味噌汁の具として食べるのが一般的である。
 珍しい貝ではなく、全国の沿岸部で春に採取できるのだが、市場には流通していないと思われる。僕は東京のスーパーなどで見たことは一度もない。
『嫁が皿』と呼んでいる地域もあるそうで、名前の由来は『嫁にたくさん食べさせないように浅い皿で出す』ということらしい。秋なすと同じような格言なのかな。それほど美味しい貝だという主張なのだろう。
 僕は哀しい目で、清光の考案したグンミアイスを見やる。
 郷土の海産物を生かした新メニューはとても斬新なのだけれど……果たしてこのコラボはどうなのだろう。アイスに貝を添えるなんて革命的だ。
 清光は期待を込めた目で僕を見つめている。
 僕が「美味しい!」と言って感動するであろうことを一分たりとも疑っていない澄んだ瞳だ。迷いなく信じられる人の目って、こんなに綺麗なんだね……
 味の感想をどう伝えれば良いのか、早くも僕は迷いながらスプーンを手に取る。

「それじゃあ……いただきます」

 グンミの殻を取り去り、身とバニラアイスをスプーンで掬う。
 ぱくりと口に入れた。
 濃厚なバニラアイスが口の中で蕩けていく。そこに存在を示す、コリコリとしたグンミの食感が絶妙な融合を果たした。

「新時代の到来だね……」

 美味しいだとかまずいとかいう評価ではなく、これはこういったデザートなのであると認めてあげるべきだ。オンリーワンなのである。グンミアイスを試食した僕は、そういった結論に至った。

「美味しいか?」

 純真無垢な笑顔で僕に最高の評価を求めてくる清光に、爽やかな微笑で返す。

「美味しいよ。でもさ、ちょっと時代を先走ってるというかね……オリジナリティが強すぎるかなと思うよ。フルーツも載せれば、この強烈なインパクトが緩和されるんじゃない?」
「ふむ。フルーチュとは?」

 舌が回ってないのが、なんだか可愛いなと思ってしまった。
 清光は戦いのときは凄まじく格好良くて頼りがいがあるのに、カフェでは天然だから困る。

「果物のことだよ。パフェには必ずさくらんぼとか、メロンとか載ってるじゃない。缶詰なら保存に困らないし、見た目も華やかになるから、ぜひこういったデザートには果物を添えたほうがいいと思うよ」

 清光は困ったように、うろうろと視線を彷徨わせた。
 腰に神剣を差した平家の若様だが、どう見ても校内で迷子になった新入生である。
 ふたりと一羽しか店内にいないのに、なぜか清光は小声で僕に囁いてきた。

「蓮……パフエーとは、なんのことだ?」
「……その説明、しなくちゃいけないかな?」
「ぜひとも頼む」

 双眸に強い光を宿して頼み込まれては、無下に断れない。
 僕は、ぱらぱらと雑誌を捲った。

「あった、これだよ。ほら、見たことあるんじゃない? 女子はこういうパフェとか大好きなんだよ」

 カフェ巡りの雑誌には、クリスタルの器に盛り付けられた華やかなパフェが映っていた。
 該当する写真を覗き込んだ清光は瞠目する。

「これはパフエーという名のアイスクリームだったのか……! 飾り物かと思っていた」
「アイスだけで作られてるわけじゃないけどね。ホイップクリームやソースを挟んであるんだよ。もしかして清光は、本物のパフェを食べたことないの?」

 カフェを経営しているのならば、他店の偵察や市場調査に赴いたことがあるのだろうと思っていたのだが。
 清光は、ゆるりと首を左右に振る。

「パフエーなるものは本物を見たことも、食べたこともない」
「え……じゃあさ、他のカフェには行ったことあるの?」
「ない」

 言い切る清光に絶句する。
 彼はカフェを繁盛させようという熱意のわりには、他店を訪れた経験がないのだ。
 だから、斬新な発想かつ無知なままなのである。
 僕は、ぽんと手を打った。

「わかった。それじゃあ、酒田のカフェに行ってみようよ。本物のパフェを食べてみて勉強することも、店主として必要なことだろうし」
「……本土にか」
「定期船で一時間くらいで行けるから、すぐだよ。酒田の街には行ったことあるよね?」

 清光は申し訳なさそうに目を伏せた。

「それが……一度もないのだ。定期船に乗ってみたいと思ったことがないわけではないのだが……酒田の街は出羽の都なのだろう? 飛島とは違い、車が多いと聞いている」
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