身代わり花嫁は俺様御曹司の抱き枕

沖田弥子

文字の大きさ
1 / 28
1巻

1-1




 くちゅくちゅとみだらな水音が寝室に響く。
 肉厚の舌で舐めしゃぶられた花芽は、まるで誘うように濡れ光っていた。

「あぁ……ん、もうだめぇ……」
「さっきから、駄目ばかりだな。瑞希みずき

 唇から漏れるのはつやめいた嬌声きょうせいばかり。
 たまらない悦楽から逃げるように腰をずり上がらせれば、たくましい腕につかまれて引き戻されてしまう。
 みずからの濡れた唇を舌で辿たど瑛司えいじは、獰猛どうもうな雄の顔をさらした。

「ぐちゃぐちゃに濡れてるな。もうれてほしいのか?」

 意地悪な男の挑発に、私はぎゅっと目をつむって首を振る。
 愛撫にとろかされた体は熱を帯びていたけれど、彼の思惑通りに陥落したくはなかった。

「濡れてなんかない……」
「そんなことを言うのは、どの口だ。ん?」

 激しいキスで唇をふさがれながら、濡れた蜜壺に指をし入れられる。
 中を掻き回されるたび、ヌチュ、ジュプと淫猥いんわいな音色が鳴り響いた。

「んんぅ、ふ、んくぅ……っ」

 逃げ惑う舌をからられて、じゅるりとすすり上げられる。
 じん、と頭の奥が甘くしびれた。
 みだらな肉襞は呼応するかのように、擦り上げる指をきゅうっと食い締める。

「あっ……はぁ……っ」

 ずるりと指を引き抜かれ、ふさがれていた唇も解放された。私は口端から唾液をしたたらせながら、浅く息をする。

れるぞ」

 かすれた低い声音が耳朶じだをなぞり、甘い喜悦が体を駆け抜ける。
 ぐっと熱い先端が濡れた蜜口に押し当てられた。散々愛撫されたそこは極太のくさびを呑み込もうと、みだりがましく口を開ける。

「あ、あっ、あぁ……」

 ズチュンッと濡れた音が鳴り、熱い衝撃が身をつらぬく。
 熱杭は媚肉を舐め上げながら、ずぶずぶと奥まで挿入されていった。

「あ、あ、あっ……おっきい……」
「きゅうきゅうに締めつけてくる。気持ちいいか?」
「あぁん……だめぇ……」

 ズンッ、ズンッと力強く抽挿されて、意識が飛びそうなほどの快感に囚われる。
 瑛司のものを出しれされるたびに、しびれるような愉悦が生まれた。

「あぁっ、やぁ、そんな、奥まで……あぁん、あっん」

 雄芯は深く奥を穿うがち、ずるりと引き抜いてはまた媚肉をえぐる。
 じゅぷじゅぷと卑猥ひわいな音を立てながら、みだらに塗り替えられた膣内は硬いくさびを受け入れ続けた。

「あぁ、あっ、あっ……もうっ……」

 絶頂の予感がかすめ、私はきつく背を反らせる。すると、みずから雄芯を受け入れるように大きく足が開く。
 体が熱くてたまらない。激しい腰使いに合わせて、私はみだらに腰をくねらせた。

「奥で出してやる。好きだろう?」

 両手で腰を持ち上げられ、深々と男根を突き入れられる。太い雁首が敏感な最奥を、ぐりゅっとえぐった。

「ひぁっ、あぁっ、やぁ……あっ、はぁ、あん、あっ……あぁああんっ……」

 どちゅどちゅと剛直で穿うがたれ、やがて欲望は最奥で弾けた。
 濃厚な白濁が、子宮へどんどん注ぎ込まれていく。
 体の奥深くで熱い精を受け止めながら達した私は、ひくんと腰を揺らめかせた。

「あぁ……ん、はぁ……ぁ……」

 出し切るように腰を押しつけ小刻みに揺らした瑛司は、私の体をきつく抱きしめる。

「おまえの体をすべて俺で満たしたいんだ。いいだろう。おまえは、俺の花嫁なのだから」

 たくましい腕に包まれた私は、瑛司の精悍せいかんな顔をぼんやりと眺めた。
 ……まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
 こめかみにくちづけられながら、私はこれまでのことを思い返した。


   ◆◆◆◆◆


 豪奢ごうしゃな調度品の置かれた室内は、一般庶民には居心地の悪いものだ。
 小花柄のワンピースをまとった私は、革張りのソファにかしこまって座っていた。
 隣の父は落ち着きのない様子で視線を彷徨さまよわせている。

「いいか、瑞希。くれぐれも失礼のないようにな。十和子とわこ様には逆らうなよ。なにしろ大島おおしま家の大奥様だ。瑛司さんにもだぞ。彼はもう、おまえの幼なじみという立場じゃないんだ。大島グループの御曹司なんだからな」
「わかってるから。お父さん、落ち着いてよ。私ももう二十五歳なんだから、それくらいわきまえてるって」

 焦りがにじんで口数の多い父の肩を、私はぽんと叩く。
 父が挙動不審なのは無理もないことだ。
 ここは、大島家のお屋敷。
 かつて華族であった大島家は、戦後におこした会社を急成長させた。今では不動産業や建設業、インテリア家具販売業など幅広く事業を手がける、大島グループの創業家である。
 現在は大島義信よしのぶ氏が会長を務めている。義信氏は大企業の会長なので、業界以外でも発言が注目される有名人だ。
 そして義信氏の母親である十和子おばあさまに、今から私たちは叱責される。
 事の起こりは二十七年前にさかのぼる。
 二歳年上の姉の葉月はづきは、生まれたときに大島家の許嫁いいなずけに指名された。
 江戸時代の頃、大島家は格式ある藩主の家柄で、うちの守谷もりや家はその家来だったらしい。両家は親戚でもなんでもないのだけれど、主人と家来という昔の名残なごりで少々の付き合いがあった。
 といっても、うちはふつうの家庭で、父は一般的なサラリーマンだ。
 それなのに葉月をぜひ許嫁いいなずけにと指名されて、父も母もそれは驚いたらしい。
 相手は大島家の嫡男である、大島瑛司。
 姉とは同い年だ。
 同級生のふたりは物心ついたときから許嫁いいなずけという関係なわけで、私から見ても仲が良かったように思う。よく私も交えて三人で遊びに出かけていた。
 けれど、それも学生のときまで。
 姉は高校を卒業した途端、ふらりと海外へ行ってしまった。なんでも発展途上国の子どもたちのために学校を建設するのだとか。
 そのこころざしは立派だと思うのだけれど、結婚はどうするのだろう?
 父と母は葉月がすぐに帰ってくるものだと思っていたが、最近になって急に焦りだした。
 大島家から、葉月はどうしているのかとお伺いがあったからである。
 許嫁いいなずけである葉月が海外から戻ってこないという噂が、十和子おばあさまの耳に入ったらしい。
 元々許嫁いいなずけの件は十和子おばあさまからの提案だ。大島家に全く顔を見せない葉月に、おばあさまがやきもきするのも無理はない。
 ちなみに姉が海外に行ってから、すでに十年近い歳月が経過していた。
 初めは時々帰国して、今はアフリカで活動しているなどと報告してきた姉だったけれど、近頃は音信不通の状態である。
 でも、姉は母にだけは生存報告を行っているそうなので、とりあえず元気でやっているらしい。

「どうする、瑞希……。十和子様に怒られるだろうな。許嫁いいなずけの件はなかったことになんて言われたら……」

 大島家を訪れて事情を説明してほしいという連絡があってからずっと、父はこの調子だ。
 まさか葉月は海外から帰ってこないつもりです、とは言えない。
 というより姉が今後どうするつもりなのか、全くわからないのだ。

「大丈夫よ。……たぶん」
「たぶん⁉ たぶんとはなんだ⁉」
「だから落ち着いてってば。ちゃんと話せば、十和子おばあさまもわかってくれるよ」

 大島家の嫁になれるなんて僥倖ぎょうこうだと、両親は昔からとても喜んでいた。
 それが破談になるかもしれない……という事態になり、母は寝込んでしまった。
 頼りない父を放っておけず、私も一緒に大島家を訪れたのだけれど。
 室内を見回せば、あまりのお金持ちぶりに気が遠くなる。
 高い天井から吊り下げられたきらめくシャンデリア。数十人が腰かけられそうな、いくつもの革張りのソファ。その中央に鎮座する大理石造りのテーブル。足元を包み込む緋色の絨毯じゅうたんはふかふかだ。
 子どもの頃は瑛司とよく遊んでいたから大島家を訪れたことはあるのだけれど、あの頃は遊園地のようなおうちとしか思っていなかった。大人になった今、上流階級との格の違いを嫌でも意識してしまう。
 こんなにもお金持ちの大島家から婚約破棄を言い渡されれば、葉月は何か問題でもあるのかと悪い噂が立ってしまい、もう嫁に行けないかもしれない。それに慰謝料はいかほどになるだろうか。
 父はそれらを心配して蒼白になっている。
 やがて、ガチャリ、と扉が開かれた。
 私と父は即座にソファから立ち上がり、姿勢を正す。

「十和子様、お久しぶりでございます。このたびはお招きいただきまして、光栄にございます」

 お父さん、声が震えてるよ……
 きっちり九十度に腰を曲げた父に、入室した十和子おばあさまは穏やかな声をかけた。

「まあ、誠一郎せいいちろうさん。そんなにかしこまらなくてもよろしいのよ。お久しぶりね。それに瑞希さんも、ようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりです、十和子おばあさま」

 久しぶりに会った十和子おばあさまは、相変わらず気品に満ちあふれた美しい人だ。
 聞くところによると、十和子おばあさまは元々大島家に生まれたひとり娘で、婿を取ったらしい。
 ということは本物のお姫様なんだな。
 婿の旦那様はすでに亡くなっているので、私は会ったことはない。
 そういう面もあるので、大島家の舵取かじとりは十和子おばあさまが行っているらしい。
 そんな十和子おばあさまの後ろから、背の高い男の人が入室してきた。
 意志の強そうな眉に、切れ長の双眸そうぼう鼻梁びりょうはまっすぐで、唇の形は綺麗に整っている。さらに百八十センチを超える長身で体格が良く、手足も長い。
 絵に描いたような美丈びじょうだ。
 一瞬、誰だろうと思ってしまう。

「瑛司さん、お久しぶりでございます。いやぁ、実に精悍せいかんな青年になられましたな。海外事業部に在籍されていらっしゃるとか。さすがの貫禄ですな」

 それを聞いて、彼が幼なじみの瑛司だということがわかった。会うのは十年ぶりくらいだ。
 わかりやすい褒め言葉を並べる父に、瑛司は口端を上げて苦笑をこぼす。

「お久しぶりです」

 サマースーツをさらりと着こなし、悠々とした足取りを見せる彼の姿は、この豪奢ごうしゃな部屋によく似合っている。
 けれど、嫌味な笑い方にもさらに拍車がかかった気がする。
 彼は昔から、威風堂々いふうどうどうとしていた。お金持ちで、頭も良くて、スポーツ万能というタイプの瑛司にかなう人はいなかったから、周りはそれを許容していた気がする。
 そうなれば女子が放っておくはずがなく、授業が終われば瑛司のクラスには女子が詰めかけていた。告白も数え切れないほど受けたんじゃないだろうか。
 でも、私は知っている。
 このイケメンが吐く毒を……
 席に着いた一同の前に、メイドさんが紅茶を出す。
 立ち上る湯気、かぐわしい香り。
 緊張している私と父は、とてもじゃないが紅茶のカップに手をつけられない。
 十和子おばあさまは優雅な所作で紅茶をひとくち含むと、ふいに訊ねた。

「それで、葉月さんはどうしているのかしら? 海外に行っているそうだけれど」

 直球来ました。
 ごくりと息を呑んだ父は、暑くもないのに汗を掻いている。

「ええ、そうなんです。葉月は途上国の子どもたちのために、学校を建設するという事業を行っております」
「まあ、それは素晴らしいことね。それで、葉月さんはいつ、大島家の嫁になってくださるのかしら?」
「……いつ、でございますか? 十和子様」
「そうですよ。瑛司はもう二十七歳。葉月さんも同い年です。ふたりは生まれたときから許嫁いいなずけなんですから、そろそろ結婚しても良い頃ではなくて?」

 場に痛々しいほどの沈黙が落ちる。
 姉がいつ頃日本に戻り、いつ結婚するかなんてことは、全く把握していない。
 険しい表情を見せる十和子おばあさまを、父はおそるおそる見上げては目を伏せる。
 そこへ瑛司が柔らかな声音で、隣に座る十和子おばあさまに話しかけた。

「おばあさま、葉月はすぐには帰ってこられないのでは? 俺も海外赴任中に、今すぐに日本に戻って来いと命じられて困り果てたときは何度もありましたよ」
「そう、そうなのです、瑛司さんのおっしゃる通りです、十和子様!」

 瑛司の助け船に、父はすがりつく。
 けれど十和子おばあさまが、それだけで納得するはずもない。彼女の眉間には深い憂慮ゆうりょが刻まれていた。
 十和子おばあさまは、なんとしても姉と瑛司を結婚させたいらしい。
 正直、どうして十和子おばあさまが姉の葉月にこだわるのか、私にはわからない。
 いくら昔の家来とはいっても、大島家と比べたら、うちは単なる一般家庭なのだ。

「もう待てません。何十年も、私はふたりの結婚を待ち望んでいたのですからね」
「何十年も……?」

 瑛司と姉が許嫁いいなずけになってから二十七年経つけれど、何十年とまで言うほどだろうか。
 首を傾げた私のつぶやきに、十和子おばあさまは軽く咳払いをして、話を進める。

「とにかく、今日はなんらかの結論を出さない限り、誠一郎さんと瑞希さんを帰しませんよ」
「そんな……十和子様……」

 泣きそうな父を前に、瑛司は柔和にゅうわな笑みを浮かべてまた十和子おばあさまに語りかけた。

「では、おばあさま。葉月が戻ってくるまでの間、瑞希を花嫁代理として、花嫁修業させればよろしいのではありませんか?」
「ええっ?」

 突然名指しされた私は頓狂とんきょうな声を上げてしまう。
 花嫁代理って、どういうこと? 
 十和子おばあさまも戸惑っているようで、困惑した眼差しを私に向けた。

「瑞希さんを? けれど瑞希さんと瑛司は、年がふたつ違うでしょう」

 二歳の年齢差があると、何か重要な問題が生じるとでもいうのだろうか。
 職場の人たちとは年齢差があっても会話は弾むし、楽しくコミュニケーションをとっている。二歳差くらいなら同じ年代と言えるので、年齢差として困ることはないように思えた。

「おや。おばあさまは年齢が気になりますか? 亡くなったおじいさまとおばあさまは二歳の年の差でしたね。とても仲睦なかむつまじかった」

 瑛司が楽しげに口端を吊り上げて言う。
 すると、なぜか十和子おばあさまは視線を彷徨さまよわせた。けれどそれもわずかのことで、すぐに瑛司にぴしゃりと言い放つ。

「亡くなった旦那様のことを持ち出すのは、おやめなさい。わたくしのことはよいのです。瑞希さんでは心許こころもとないというのも、同い年であるほうがよろしいということを、わたくしが身をもって知っているからなのです」
「なるほど。おばあさまの考えはわかりました。しかし、あくまでも代理ですから、必ずしも年齢を一致させる必要はないのではありませんか? それよりも大島家の花嫁として、見過ごすことのできない重要な任務があるでしょう」

 瑛司の言葉に、十和子おばあさまは思慮深げに双眸そうぼうすがめた。わけのわからない私とお父さんは、ふたりの会話を茫然として見守ることしかできない。

「あのことですね。確かに、あの問題を解消するには、ある程度の時間が必要だわ」
「そうでしょうとも。ですから瑞希に花嫁代理を務めさせて、解決法を見出しておかなければなりません。今から始めれば、葉月が戻ってきたときに引き継ぎできるので、葉月自身も戸惑いなく花嫁修業に取り組めるでしょう。わからないことがあれば妹に聞けば良いのですからね」

 何やら、大島家の花嫁に課せられた重要な任務というものが存在するらしい。
 それはいったい、なんだろう。解決法を見出さなければいけない難しい問題のようだけれど、全く想像がつかない。

「そうね。結婚してから、あの問題で頓挫とんざしたのでは大変だわ。妹である瑞希さんが大島家の嫁になるためにもっとも重要なことを身につけていてくれれば、そのあとも事が運びやすいでしょう。わかりました。瑞希さんに花嫁代理を務めさせることを、認めます」
「ありがとうございます。おばあさま」

 瑛司は口元をほころばせて、十和子おばあさまに頭を下げた。
 ついに私は立ち上がり、声を上げる。

「ちょっと待ってください! どうして私が姉さんの代理を務めなくちゃいけないんですか?」

 慌てた隣の父に腕を引かれたけれど、勝手に話を進められても困る。
 姉の代理になるということは、常に瑛司のそばにいて、花嫁修業を行わなければならない。
 誰にも話したことはないけれど、私は……子どもの頃は密かに瑛司にあこがれを抱いていた。
 でも、姉さんの婚約者なのだから、こんな気持ちを抱いてはいけないと封印した。
 かすかな恋心は、もう私の胸に残っていないに等しい。
 それでも好きになりかけた人のそばにいれば、想いが再燃してしまうのではないかという懸念がある。今日は父の付き添いとして行くだけだと思ったから大島家を訪ねたというのに、花嫁代理に指名されるなんて完全な想定外だ。
 瑛司は私の反論に対して、鋭い双眸そうぼうで返してきた。

「理由は今ここで話した通りだ。復唱するか?」
「え……はい」

 十和子おばあさまに向けていた穏やかな印象とは違い、有無を言わせない力強さがにじんでいる。瑛司はりんとした声音で、朗々と述べた。

「大島家の花嫁として果たすべき重要な花嫁修業のため、葉月が戻るまでの間、妹の瑞希を花嫁代理とする。それが両家の繁栄のためだ」

 瑛司はもはや当主としての風格をただよわせている。
 さすが、お殿様の血を受け継ぐ大島家の御曹司だと賞賛したいところだけれど、まだ私は納得できていない。

「その重要な花嫁修業というのは、何? 解決するのに時間が必要だそうだけれど……」
「それについては、のちほど俺から説明しよう。いささか内輪の話も入るからな。――ところで瑞希を花嫁代理とすること、誠一郎さんはどのようにお考えですか。守谷家は江戸時代から脈々と続く大島家を陰ながら支えてきてくれた、もっとも忠実な家臣。誠一郎さんご自身も、大変誠実で忠義の厚い方だと存じています」

 瑛司の鋭い眼光を受け、威圧を察した父は首がもげそうなほど頭を縦に振る。

「もちろん、瑛司さんと十和子様のご意見に賛同いたします。おっしゃること、ごもっともです。姉が不在の間、妹が代理を務めるのは当然のことでございます。何卒、よろしくお願いいたします!」
「ちょっと、お父さん⁉」

 驚く私の背を、父はぐいと前へ押し出した。
 お父さんってば、本当に気が弱いんだから!
 長いものには巻かれろと常日頃から説いている父が、大島家に反論を唱えるなんてできるわけがない。
 十和子おばあさまは上品な微笑を浮かべて私に問いかけた。

「瑞希さんはよろしいのかしら? 瑞希さんが手助けしてくだされば、とても助かるわ。わたくしと瑛司も、そしてもちろん、誠一郎さんと葉月さんもね」

 みんなが一斉に私に注目する。視線を集めた私は、頬をらせた。
 よろしいのかしらと言われましても……外堀を埋められてしまったこの状況で、断れるわけがない。
 期間限定なわけだし、あくまでも代理ならばどうにかなるだろう。その間、瑛司への想いが再燃しないように気をつけないと。

「はい……ぜひ、花嫁代理として花嫁修業をさせていただきたいです……」

 瑛司はにやりと口端を吊り上げる。そうするとまるで結婚詐欺師のようだ。
 彼は傲然ごうぜんとして、ひとこと言い放った。

「身代わり花嫁、よろしくな。瑞希」


 あとは若い者ふたりで、なんてお見合いのような台詞セリフを揚々と吐いた父に追い立てられ、私は瑛司と共に大島家の庭園を散策した。
 手入れの行き届いた庭園は、松やけやきの大木が見事な枝振りを見せている。庭園内には錦鯉にしきごいの泳ぐ池があり、朱色の橋が架けられていた。
 私はワンピースの裾をひるがえして、瑛司を振り返る。

「さっきの提案、冗談よね? 身代わり花嫁だなんて」

 瑛司と会話するのは十年ぶりだけれど、つい、昔と同じ口調で話しかけてしまった。敬語のほうが良かっただろうか。
 すると男らしい眉をひそめた瑛司は、不遜ふそんに口を開く。

「俺は冗談なぞ言わない主義だ。初めから瑞希に身代わり花嫁をやらせるつもりで呼び出した。おまえも了承しただろう。今さらやめるなよ。もっとも、おまえに拒否権はないが」

 うわぁ……久しぶりに聞いたなぁ、瑛司の俺様節。
 お金持ちのイケメンというクオリティを粉砕する、この毒舌。
 強引で俺様な彼の性格は、十年経っても変わらないようだ。なんでも自分の思い通りにしないと気が済まないというか、自分の思い通りに世界が動いてしかるべきと思っているみたい。

「相変わらず俺様だね……」
「おまえの評価は不要だ」

 十和子おばあさまの前では、優しい穏やかな孫をよそおっているんだよね。あざとい……
 とはいえ、婚約者の葉月が帰ってこないと、大島家が困るのは事実だ。その穴を埋めるために、妹の私が花嫁代理を務めるのは理にかなっている。まさか他の家のお嬢さんに頼むわけにはいかない。
 それに、大島家の花嫁として果たすべき重要な花嫁修業とやらがあるそうだけれど。

「さっき十和子おばあさまと話してたことだけど、大島家の花嫁になるには、何か問題を解決しないといけないの?」
「そうだ。極めて重要な問題だからこそ、おまえの力が必要なんだ」
「私にできることなら協力するけど……でもそれって、どんなこと?」
「ついてこい」

 きびすを返した瑛司は、庭園を抜けて離れの棟へ移動した。
 大島家のお屋敷は母屋おもやと離れに分かれている。とても広大な敷地だ。他にもいくつもの別宅を所有しているという。

「子どもの頃、よく離れで遊んだね。瑛司の部屋はここにあったんだよね」

 姉と一緒にお泊まりに来たことを思い出す。広い子ども部屋にはたくさんの玩具があって、三人で遊んだ。眠るときは大きなベッドに寝転んで枕投げをしたりして、はしゃいだものだ。
 姉さんは枕投げを始めた張本人なのに、うるさくて眠れないと言って、メイドさんに他の部屋を用意させていたっけ。

「今でもそうだ。少しでも物音がすると眠れないから、食事以外は完全にこちらで生活している。風呂とトイレを増築して、おまえたちが泊まりに来たときよりもさらに広くなっている」

 数寄屋すきや造りの壮麗な門をくぐれば、玄関まで御影石みかげいしが連なっている。
 現れた離れの屋敷は由緒ゆいしょ正しい日本建築を結晶化した造りで、まるで武家屋敷のような威厳が保たれていた。

「お邪魔します。わあ……懐かしい。子どもの頃はここが忍者屋敷だと思ってたよ」
「そうだったな。忍者ごっこをして床の間の掛け軸を破った葉月をかばって、俺と瑞希が怒られたんだ」

 忘れたい思い出が脳裏によみがえる。
 姉さんが瑛司のせいだと言って罪を着せようとしたので、私がやりましたと名乗り出たら、なぜか瑛司が「俺がやった!」と大声を上げたのだ。
 結局ふたりで大人たちに怒られてしまった。姉さんの、してやったりという得意気な表情は今も忘れられない。

「そんなこともあったね……。私の黒歴史のひとつだよ」

 当時から私は姉の身代わりを務めていたんだな。
 自由奔放な姉は勝手な振る舞いばかりしているから、くれぐれも大島家に迷惑をかけることのないようにと、私が両親から言い含められていた。尻ぬぐいさせられるのは昔からだし、今回の身代わり花嫁の件も、姉さんの代わりに私がやるしかないんだな……
 姉と瑛司が、結婚するまで。
 そのことを思い、私の胸は、つきりとした痛みを覚えた。
 意識して考えないようにする。ずっと昔から、そういうふうにしてきたのだから。
 磨き上げられた廊下を通り、書斎らしき部屋に案内される。
 その部屋は壁の全面に書架が設置されて、難しそうな書籍で埋め尽くされていた。他に置かれている家具は重厚な机と椅子のみ。


感想 4

あなたにおすすめの小説

年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした

由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は―― 年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。 「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」 人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。 最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに―― 「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」 不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。 これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。

愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜

まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。 社交の場ではただ隣に立つだけ。 屋敷では「妻」としてすら扱われない。 それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。 ――けれど、その期待はあっさりと壊れる。 夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。 私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。 引き止める者は、誰もいない。 これで、すべて終わったはずだった―― けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。 「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」 幼い頃から、ただ一人。 私の名前を呼び続けてくれた人。 「――アリシア」 その一言で、凍りついていた心がほどけていく。 一方、私を軽んじ続けた元夫は、 “失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。 これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、 本当の居場所と愛を取り戻す物語。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

皇太子殿下は、幼なじみに触れていないと落ち着かない

由香
ファンタジー
幼い頃から一緒に育った皇子は、なぜか距離が近すぎる。 後ろから抱きしめられ、手を取られ、頬に触れられるのが当たり前の日常。 やがて彼は皇太子となるが――その距離は変わらないどころか、むしろ深まっていき。 「触れていないと、落ち着かない」 公の場でも離してくれない彼の執着に、周囲は騒然。 けれどその腕の中は、どうしようもなく安心してしまう。 これは、幼なじみの距離のまま始まる、逃げ場のない溺愛の物語。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています