白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

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美貌の皇帝 1

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 ……あたたかい。
 なんだろう、これ。
 ふわふわしていて、あったかくて、きもちいい。
 こんなにも温かいものに触ったのは、生まれて初めてだ。どんな暖房も防寒具も敵わない、最高のぬくもり。
 ずっと、このもふもふに包まれていたいなぁ……。
 
 薄く目を開ければ、眼前は純白の毛で占められていた。
 なんて綺麗な毛色なんだろう。まるで新雪みたいだ。
 うとうとしながら、結羽は手探りで純白のもふもふをまさぐる。

「ん……」

 滑らかな純白の毛を撫で回すと、深みのある体温が毛の奥にある皮膚を通して伝わる。これは単なる毛皮ではない。血肉の通う、生きている者の熱が、結羽の冷えた身体をじんわりと温めていた。
 あの子犬かな……でも、なんだかとても大きいような……?
 身体をすっぽりと包み込んでいる巨大なもふもふに身を委ね、夢うつつの波間に漂う。
 そうして、どのくらいの時間が経過しただろうか。眠りの淵に彷徨っていた意識は唐突に覚醒した。

「はっ……仕事……!」

 がばりと飛び起きて枕元にあるはずの目覚ましに目をむけたが、そこにいつもの目覚まし時計はなかった。代わりにあったのは、豪奢な天鵞絨張りのベッドボード。それに積み重ねられた純白の枕。まるで高級ホテルのような様相だ。

「そうだった……。仕事はクビになったんだっけ……」

 思い出して落胆するが、それにしてもここはどこなのだろう。
 結羽が寝ていたのは人が三人寝そべっても余りある広い寝台で、周囲には薄い紗布が垂らされている。まるで中世の貴族が寝るような豪奢な寝台には全く見覚えがない。
 寝台には、ひとりきり。純白のもふもふが傍にいてくれたと思ったのだが、夢だったのだろうか。
 そういえば職場からの帰り道で吹雪に遭い、子犬を助けたのだ。
 その後、家に帰ったのだろうと思うのだが、祖母と暮らしていた結羽の家は古い日本家屋で、このような豪華なベッドはない。もちろん自分の部屋でもなかった。

「あの子犬は、どこに……?」

 無事だろうか。もしかして、意識が朦朧としていたときに温めてくれた純白の毛は、あの子犬なのだろうか。
 結羽はすっかり温められている自分の身体を見下ろす。
 着ていた服は脱がされて、裸の身体に肌触りの良いローブを着せかけられていた。手のひらにはまだ、ぬくもりが残されている。やはり誰かが温めてくれたのだ。
 
 けれど子犬は腕に収まるくらい小さかった。結羽のほうが抱き込まれていると感じるほど、あの純白のもふもふは大きかったように思う。
 首を捻っていると、室内に扉が開く音が響いた。続いて、紗布越しに人影が現れる。
 思わず身を強張らせて人影を見上げた。逞しい長身らしき人は男性のようだ。
 す、と音もなく紗布が捲られる。

「え……」

 結羽は唖然として、現れた人物を双眸に映した。
 銀色に光り輝く髪は陽に煌めく新雪のようで、紺碧の瞳は冷たくて深い海を思わせる。
 涼しげな眼差しに、まっすぐな鼻梁、そして品良く形作られた唇は高貴さに溢れている。精緻に整えられた完璧な美貌なのに、どこか雄の獰猛さを窺わせる不思議な雰囲気の男性だ。

「起きたか。身体の具合はどうだ?」

 品の良い唇から発せられた声音は低く、気品に満ちており、艶めいた響きを伴っていた。
 彼にかけられた言葉がなぜか脳内で、結羽が理解できるよう自動的に変換されている。結羽は男性の発する意味を完全に認知していた。

「あ、あの……ここは……どこですか。あなたはいったい……うっ」

 身体を動かそうとしたら、足首にずきりとした痛みを覚える。
 どうやら子犬を庇った際に足を痛めてしまったようだ。

「無理をするな。医師を呼ぼう。そのまま、横になりたまえ」

 彼が軽く手を挙げると、壁際に控えていたらしき人が退出する姿が見えた。医者を呼んでくれるらしい。ここは病院なのだろうか。
 ふと、目の前の男性の風貌があまりにも現実から乖離していることに気がつく。
 結羽の背を抱いて柔らかな寝具に横たえさせてくれる彼の衣装はまるで、中世の貴族のようなのだ。
 首許までを覆う絹のシャツは繊細なドレープで彩られ、精巧な金糸の刺繍が施されている。暖かそうな天鵞絨のベストにも刺繍で鮮やかな鳥の姿が描かれていた。漆黒のズボンは腿の部分に広がりをもたせてあり、足許は磨き上げられた革の編み上げブーツを履いている。
 彼の美しい容貌も相まって、その格好はまるで童話の世界に登場する王子様のようだ。
 瞳を瞬かせている結羽に、王子様は優しく微笑みかけた。

「名乗るのが遅れたな。私は、レオニート・アスカロノヴァ。弟を助けてくれて、礼を言う。君の名は?」
「あ、ぼ、僕は、篠原結羽です」
「どの部分が名かな?」
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