白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

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白熊の血族 2

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 脱がせにくかったという過去形を耳にして瞠目する。まさか、結羽の服を脱がせたのはレオニートなのだろうか。てっきり召使いの人が着替えさせてくれたのだと思い込んでいたのだが。

「あのう……まさか、僕を裸にしたのは……」
「私だ」

 事も無げに言い放ち、側近から上着を受け取ったレオニートは、目眩を起こしている結羽の肩に毛織りの暖かいガウンを着せかけてくれた。

「靴は。ダニイル」

 レオニートの問いに、ダニイルと呼ばれた大柄な体躯の側近はさらりと答えた。

「ありません。彼の足が小さいのでサイズがないのです」

 結羽は平均的な男性よりも若干小柄ではあるが、レオニートは背も高くて体躯が良く、ダニイルはさらに肩幅が広くて胸板が厚い。どうやらアスカロノヴァ皇国の男性は立派な体躯の人が多いようだ。

「それは困ったな。裸足で歩けば、結羽の足が冷えてしまうではないか」

 たいして困ったふうでもなく肩を竦めたレオニートは結羽の腰に手を回すと、軽々とその身体を抱き上げた。

「えっ? ちょっと、レオニート? 下ろしてください!」

 男の自分がお姫様のように抱き上げられているなんて信じられない。結羽は逃れようと手足をばたつかせたが、レオニートの腕は見た目よりも遥かに逞しくて、いっそうきつく抱きしめられただけだった。

「靴がないのだから仕方ない。ダニイル、靴屋を呼んで結羽の足にぴったりの靴を誂えるのだ」
「御意にございます」

 慇懃に礼をしたダニイルだが、呆れたように結羽を横目で見ている。やはり傍から見れば過保護でしかない。

「自分の履いてきた靴がありますから……!」
「暴れられると重いな」
「……すみません」

 それならば下ろしてほしいのだけれど。
 レオニートの端正な顔や吐息が近すぎて、なんだか落ち着かないのだ。
 せめて負担をかけないよう身体の力を抜いて、大人しくレオニートの肩に手をかける。強靱な肩はとても逞しい。端麗な面立ちのためか、服を着ていると華奢にも見える姿からは想像できないほどだ。
 くすりと、レオニートは口端に笑みを刻んだ。

「嘘だ」
「え?」
「重いわけはない。結羽の身体は羽毛のごとく軽い」

 それは男として細身すぎると言いたいのだろうか。
 確かに身体つきは華奢で、中性的な面立ちをしているのでよく女の子に間違われる。大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、小さな鼻に紅い唇、日焼けしない白い肌のどこにも男性的な要素は見当たらなかった。
 情けなくなり、しゅんとしてレオニートの逞しい胸に凭れる。そうすると彼の薫りに包まれてしまい、結羽の身体には残り香が移った。

「さあ、ここだ」

 抱き上げられて連れて行かれた先は、宛がわれた寝室ではなかった。ひときわ天井の高い室内は書籍の持つ独特の匂いが漂う。重厚な書架がいくつも設置されており、どの棚にも厚い本がびっしりと並べられていた。

「ここは……?」
「城の図書室だ。談話室も兼ねている。ユリアンはよくここで勉強しているので、私と話すときもこの部屋を使うのだ」

 奥の机で本を広げていた小さな男の子が、結羽たちが入室してきたのを見て取り、立ち上がる。

「兄上! その方が、ぼくを助けてくれた人間のひとだね」

 ぱあっと表情を輝かせたその男の子の姿を目にした結羽は瞳を瞠った。
 年齢は十歳未満だろうか。二十代半ばに見えるレオニートとは年が離れているが、機知に富んだ品のある顔立ちはよく似ている。純白のブラウスに繊細な柄の毛織物を纏った上品な身なりは、位の高い子弟を窺わせた。髪はレオニートと同じく銀色だが、瞳は菫色だ。
 
 この子が、結羽が助けたレオニートの弟らしい。腕に収まったくらいなので子犬だと思い込んでいたが、確かに目の前にいるのは人間の男の子だ。
 だが結羽が驚いたのは、ユリアンの銀髪にくっついている謎の物体だった。

「み、耳が……」

 ユリアンの髪から真っ白で丸い、小さな耳がぴょこんと生えているのである。レオニートとダニイルは当然のごとく受け止めていて、驚愕しているのは結羽だけだ。

「ユリアン。自己紹介しなさい」
「はじめまして。ユリアン・アスカロノヴァです。八歳です。助けてくれて、ありがとうございました」

 姿勢を正して名乗ったユリアンは胸に手を宛て、丁寧に身体を傾けた。まるで一流の騎士のような仕草だ。これがアスカロノヴァ皇国での礼なのだろう。
 結羽も慌てて姿勢を正す。
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