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王子と姫君 1
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「そうだね。白熊一族は昔はたくさんいたらしいんだけど、今はもう数が少ないんだって。アスカロノヴァ皇国には僕と兄上しか残っていないんだ。近隣の王家も絶滅寸前らしいよ。だからアナスタシヤと兄上が結婚して子孫を残せばいいんじゃないかな」
嬉しそうに語るユリアンもきっと、この婚姻に賛成なのだろう。あんなにも美しい人が姉になるのだから、反対する理由などない。
レオニートはなぜ、結羽にダンスを申し込みたいなどと嘯いたのだろう。
気まぐれだろうか。
レオニートこそアナスタシヤと結婚することに、なんの迷いも躊躇いも持つ理由などないはずなのに。
結羽を抱きしめた温かい手のひらは今は、アナスタシヤと繫がれているのに。
なぜ、ふたりがステップを踏むたびに、華麗にターンするたびに、置いて行かれるような寂しさが切々と募るのだろう。
お祝いしてあげなくちゃいけないのに。
羨ましいなんて、思うわけないのに。
「素敵ですね……。とても、お似合いのおふたりです」
この胸の苦しさに答えを出してはいけない。
結羽は戸惑いを押し込めて、ユリアンに笑いかけた。
舞踏会の後は、両国の重鎮を招いた晩餐会が開かれる。
呆然としている場合ではなかった。厨房の手伝いをして、かき氷を実演しなければならないことを思い出した結羽は舞踏会が終わる頃、慌ててエプロンを装着して城の厨房へ駆け込む。
「遅れてすみません!」
厨房は戦場のような様相を呈していた。豪華な料理の乗せられた皿が次々に運ばれていき、空いた作業台にはまたすぐに磨き上げられた皿がずらりと並べられる。
ふたつのフライパンを交互に操っていたセルゲイは、結羽の顔を見るなり声を上げた。
「結羽さん、なにかあったの?」
「えっ……なにかとは?」
結羽は自分の着衣を見下ろしたが、別段変わったところはない。
その間にも厨房では料理人たちが指示を出す怒号が飛び交う。
「お手伝いします。こちらのソースは盛り付けていいですか?」
「うん、頼むよ。クレソンも添えてくれそん!」
「その冗談は面白くありませんから!」
セルゲイの冗談に笑いながらも、真剣に調理補助に取りかかる。
忙しさは結羽の強張った顔と心を、徐々にほぐしてくれた。
用意されていた前菜やメインの料理は次々に運ばれていき、次第に予定されていたメニューは消化されていく。
その経過と共に、結羽の緊張は高まっていった。
この後はデザートが待っている。晩餐会はレオニートやアナスタシヤたち王侯貴族はもちろん、大臣たちも列席している。多人数の前でかき氷を削る余興を披露するのは初めてのことだ。
だが、かき氷機の調整を行っていた結羽に、残念な知らせがもたらされた。
老齢の執事長は苦渋の浮かぶ顔つきで厨房を訪れ、結羽に告げた。
「デザートの実演は中止だ。とても料理人が入って余興ができるような雰囲気ではない。陛下はお詫びに、結羽にシロップをかけた状態のかき氷を持ってきてほしいとのことだ」
なにかあったのだろうか。セルゲイと顔を見合わせたが、すでに中止という判断は下されたので諦めるしかない。実演は無理でも、完成したかき氷は持っていって良いのだ。
「ではすぐに、かき氷を作ってお出ししますね」
「私も手伝うよ。人数分を同時に出すのは大変だ。部屋は暖かいので、あっという間に溶けてしまうからね」
セルゲイは作業台にクリスタルの器を並べてスプーンを用意した。氷の塊を食料庫から取り出してくるのを結羽も手伝う。
実演して配ればできたものから食べていただけるのだが、数十人分を一度に作成して部屋に運ぶとなると、氷で作られているかき氷は分が悪い。
晩餐会でなにか問題でも起こったのだろうか。気になるけれど、今はかき氷を無事に提供することに全力を注ごう。
結羽は必死にハンドルを回して大量の氷を削り、かき氷を作成した。
数が多いのでいくら作っても終わらない。氷は瞬く間に小さくなるので、そのたびに食料庫へ走り、新しい氷を取りに行く。すべての氷を作業台に出していては溶けてしまうからだ。
額に汗の粒が浮かぶ。下げられてきた皿の状況を鑑みたセルゲイは、結羽に指示を出した。
「結羽さん、できたものからシロップをかけて運んでくれ。残りは私が作っておく。溶けないうちにはやく」
「はいっ」
イチゴシロップをかけた状態で置いておくと氷が溶けやすくなるので、提供する直前にかける。
結羽は素早く、だが丁寧にすべての器にイチゴシロップを垂らす。
嬉しそうに語るユリアンもきっと、この婚姻に賛成なのだろう。あんなにも美しい人が姉になるのだから、反対する理由などない。
レオニートはなぜ、結羽にダンスを申し込みたいなどと嘯いたのだろう。
気まぐれだろうか。
レオニートこそアナスタシヤと結婚することに、なんの迷いも躊躇いも持つ理由などないはずなのに。
結羽を抱きしめた温かい手のひらは今は、アナスタシヤと繫がれているのに。
なぜ、ふたりがステップを踏むたびに、華麗にターンするたびに、置いて行かれるような寂しさが切々と募るのだろう。
お祝いしてあげなくちゃいけないのに。
羨ましいなんて、思うわけないのに。
「素敵ですね……。とても、お似合いのおふたりです」
この胸の苦しさに答えを出してはいけない。
結羽は戸惑いを押し込めて、ユリアンに笑いかけた。
舞踏会の後は、両国の重鎮を招いた晩餐会が開かれる。
呆然としている場合ではなかった。厨房の手伝いをして、かき氷を実演しなければならないことを思い出した結羽は舞踏会が終わる頃、慌ててエプロンを装着して城の厨房へ駆け込む。
「遅れてすみません!」
厨房は戦場のような様相を呈していた。豪華な料理の乗せられた皿が次々に運ばれていき、空いた作業台にはまたすぐに磨き上げられた皿がずらりと並べられる。
ふたつのフライパンを交互に操っていたセルゲイは、結羽の顔を見るなり声を上げた。
「結羽さん、なにかあったの?」
「えっ……なにかとは?」
結羽は自分の着衣を見下ろしたが、別段変わったところはない。
その間にも厨房では料理人たちが指示を出す怒号が飛び交う。
「お手伝いします。こちらのソースは盛り付けていいですか?」
「うん、頼むよ。クレソンも添えてくれそん!」
「その冗談は面白くありませんから!」
セルゲイの冗談に笑いながらも、真剣に調理補助に取りかかる。
忙しさは結羽の強張った顔と心を、徐々にほぐしてくれた。
用意されていた前菜やメインの料理は次々に運ばれていき、次第に予定されていたメニューは消化されていく。
その経過と共に、結羽の緊張は高まっていった。
この後はデザートが待っている。晩餐会はレオニートやアナスタシヤたち王侯貴族はもちろん、大臣たちも列席している。多人数の前でかき氷を削る余興を披露するのは初めてのことだ。
だが、かき氷機の調整を行っていた結羽に、残念な知らせがもたらされた。
老齢の執事長は苦渋の浮かぶ顔つきで厨房を訪れ、結羽に告げた。
「デザートの実演は中止だ。とても料理人が入って余興ができるような雰囲気ではない。陛下はお詫びに、結羽にシロップをかけた状態のかき氷を持ってきてほしいとのことだ」
なにかあったのだろうか。セルゲイと顔を見合わせたが、すでに中止という判断は下されたので諦めるしかない。実演は無理でも、完成したかき氷は持っていって良いのだ。
「ではすぐに、かき氷を作ってお出ししますね」
「私も手伝うよ。人数分を同時に出すのは大変だ。部屋は暖かいので、あっという間に溶けてしまうからね」
セルゲイは作業台にクリスタルの器を並べてスプーンを用意した。氷の塊を食料庫から取り出してくるのを結羽も手伝う。
実演して配ればできたものから食べていただけるのだが、数十人分を一度に作成して部屋に運ぶとなると、氷で作られているかき氷は分が悪い。
晩餐会でなにか問題でも起こったのだろうか。気になるけれど、今はかき氷を無事に提供することに全力を注ごう。
結羽は必死にハンドルを回して大量の氷を削り、かき氷を作成した。
数が多いのでいくら作っても終わらない。氷は瞬く間に小さくなるので、そのたびに食料庫へ走り、新しい氷を取りに行く。すべての氷を作業台に出していては溶けてしまうからだ。
額に汗の粒が浮かぶ。下げられてきた皿の状況を鑑みたセルゲイは、結羽に指示を出した。
「結羽さん、できたものからシロップをかけて運んでくれ。残りは私が作っておく。溶けないうちにはやく」
「はいっ」
イチゴシロップをかけた状態で置いておくと氷が溶けやすくなるので、提供する直前にかける。
結羽は素早く、だが丁寧にすべての器にイチゴシロップを垂らす。
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