白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

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誕生

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 ルスラーン王国より訪れた使者は、ヴァレンチンとアナスタシヤの帰還を促す王の信書を携えてきた。信書には皇帝への謝罪と、両国の平和は永久のものであることが記されていた。
 手を取り合ったヴァレンチンとアナスタシヤが帰還して少々の月日が経過すると、レオニートは結羽と婚姻を結ぶことを国民にむけて発表した。結羽は初代皇帝が予言した伝説の妃であると伝えられ、氷の花を発見して皇弟の命を救った功績を讃えられた。
 
 古い文献を検分した結果、レオニートの予想どおり、氷の花の正体は初代皇帝が霊峰の頂に植樹した霊樹の花であった。白熱病をも治癒できる氷の花で、白熊種絶滅の危機を救ってほしいという願いを託した初代皇帝の遺志は叶えられた。遠い異世界よりやってきた者ならば、白熱病に罹る心配がない。勇気ある異種族の者を妃とすることで、皇家をより身体の丈夫な血統にしていくためという思惑が初代皇帝にはあったのだと思われる。
 一方で、言い伝えは氷の花を求めた人々を死に至らしめるという悲劇も生み出してしまった。そこで結羽とレオニートは、霊峰から持ち帰った氷の花の種を城の温室に植えた。芽を出して花が増えれば、病に苦しんでいる国中の人々のために役立つことができる。それはふたりの意思だった。
 
 アスカロノヴァ皇国に氷の花をもたらした伝説の妃と皇帝は、国民に祝福されながら結婚式を挙げた。同時に、妃は子を宿していることが伝えられ、絶滅を危惧されていた白熊一族もこれで安泰だと大いに喜びに湧いた。
 結羽は人間なので、子は純血の白熊ではなくなる。その分、妃として皇国のために尽くし、母として子を守ろうと誓う。お腹の子の神獣の力は強大であると、氷の花の一件で見抜いたらしいレオニートは笑って結羽に告げていた。
 この子は、父を凌ぐ立派な皇帝になる。
 ルスラーン王国の兄妹が、父王から婚姻を認められたという便りが届く頃、結羽は子を出産した。
 人間の身で神獣の血を引く子を産めるのだろうかと不安もあったが、レオニートに心身共に支えられて無事に産むことができた。

「エミルは、おねむかな?」

 産まれた男の子はエミルと名付けた。白熊の赤ちゃんらしい、ふわふわした純白の毛を纏っている。結羽に似た黒曜石のような瞳は眠たげにとろんとしていた。
 おくるみに包まれたエミルを抱っこしていた結羽は、子守唄を歌いながら自らの身をゆっくり揺らす。母の揺り籠に包まれて、エミルは安心したように瞼を下ろして寝息を零しだした。

「……眠ったな。泣いたり寝たり、子は忙しないものだ」

 レオニートはベッドに座る結羽の隣に腰を下ろして、エミルの寝顔を見ながら呟いた。
 子の世話は大変だが、レオニートは抱いたりミルクをあげたりして手伝ってくれるのでとても助かっている。乳母がいるので預けることもできるのだが、できるだけ自分たちの手で育てたいというのがふたりの希望だ。

「ユリアンくらいの年頃になれば、人型になるんですね。瞳の色は僕に似たけど、顔立ちはレオニートに似ているみたい」

 今は完全な獣型だが、成長すれば白熊の耳だけが残り、やがて人型になるのだという。成年になれば自分の意思で獣型に変化できる。 

「エミルの成長が楽しみだ。……まあ、私に似たのなら、講義を抜け出して獣型で城中を走り回る子どもになりそうだな」
「……レオニートの小さい頃はそういう感じだったんですね。意外です」
「たまにだ。そんな白熊に惚れたのは誰なのだ?」

 軽口を叩くレオニートに、耳朶を啄まれる。
 ちゅ、と耳許で淡い水音が鳴った。

「それは僕です。どんなレオニートでも、愛しています」
「私もだ、結羽。……今夜は、君を抱きたい」

 求められて、頬が朱に染まる。
 妊娠中は結羽の体調を慮ってくれたレオニートは挿入を伴う行為をしなかった。身体中にキスをしたり、手を繫いだりと、優しい触れ合いに留めていた。
 けれどエミルが生まれて少々経過し、身体も回復したので、もう体調に問題はない。なにより、結羽もレオニートを欲していた。でもそんなことは、はしたないと思い、言い出せなくて。

「あの、あの……エミルに聞こえてしまいます」
「眠っているではないか。もう夢の中だ。返事は?」

 唇で耳朶をなぞられ、顔を真っ赤にした結羽は、こくりと頷いた。
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