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第1章 冒険者編

閑話11 人食い虎 ~人虎と倀鬼~

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 ヘルルーガは人虎である。

 人虎とは虎に変化する能力を持つ亜人種であり普段の姿は人族と変わりない。

 人族は人虎のことを人狼と同じく闇の種族と認識しており、とことん嫌っている。
 実際は人虎が人族を襲うことなどほとんどないが、人族は山野で人族が行方不明になったと聞けば、まずは人虎に喰われたと疑った。
 そのせいで、人虎は人族の目から逃れるために森の奥などで隠れて暮らしている者がほとんどだった。

 ヘルルーガが生まれたばかりの頃。人虎の村が人族の知るところとなり、大規模な山狩りが行われた。
 ヘルルーガの家族は命からがら逃げることができたが、生活の術もなく、人族の目に怯えながらも人族に紛れて暮らすしかなくなった。
 しかし、その生活も長くは続かなかった。

 大黒柱の父が過労で亡くなってしまったのだ。ヘルルーガが12歳の頃である。
 家族は話し合った結果、こうなったら虎として山野で生きていこうと決めた。もう人族の目に怯えながら生きていくのはうんざりだ。

 もともと人族と同様に暮らしていた家族は、獲物もなかなか思うように獲れず、山野での生活は飢えとの闘いだった。
 やがて母が亡くなり、兄弟たちも亡くなり、ヘルルーガは一人となった。
 しかし、ヘルルーガは死ななかった。

 何百年か時が過ぎ、ヘルルーガが人の心を忘れかけた頃、一人旅をしていた旅人を襲い、喰らった。人族を喰らったのは、これが初めてだった。

 異変を感じたのはその時だった。食い殺された旅人の霊魂は、その場を去ることなく、ヘルルーガを恐れ平伏している。
 東洋では、虎に食い殺され、その召使になった霊魂を倀鬼(ちょうき)という。旅人は倀鬼となったのだ。

 ヘルルーガは倀鬼に手引きをさせ、人族をおびき寄せ、これを喰らうことを覚えた。これに伴い倀鬼の数も増えていく。

 しかし、あまり派手にやると人族も黙ってはいない。
 大勢を集めて遠距離から矢衾を射かけられては抵抗もままならない。そんな時は、さっさと狩場を移すのだった。

 やがて500年の時が経ち、ヘルルーガは霊力を得て白虎と化していた。

 そして、黒の森の冒険者を次の獲物と定めたのである。

    ◆

「お兄さん。お兄さん。聞いてよ」
 フリードリヒ一行が黒の森で狩をしていると鳥のようなものが飛んできたかと思うと声をかける。

 ピクシーだ。またいたずらじゃないだろうな。
「お前か。何の用だ?」
「お兄さん。冷たいな。僕が何をしたっていうの?」
「いつもいたずらしているだろう」
「あんなの可愛いものじゃない。女は愛嬌っていうし」
「そういうレベルのいたずらじゃないだろう!」

「まあまあ、そう怒らずに。今日はいつものお詫びに、いいことを教えてあげようかと思ったんだ」
「本当だな。いたずらだったら、今度こそプチッと潰すぞ」
「いやん。怖いー」ピクシーがやってもちっとも色っぽくない。ここはスルーだ。話が前に進まない。

「で、何なんだ」
「最近、虎っていうの?が森に来て冒険者の人が何人か食べられちゃったみたい」
「虎?」

 虎の生息地は東アジアだ。ヨーロッパでは珍しい。しかし、虎は基本的に単独行動で、ライオンのように群れたりしないはず。

「しかし、冒険者が虎1匹に後れを取るかな?」
「さあ。僕も直接見たわけじゃなくて、仲間に話を聞いただけだから…」
 本当かな。ガセじゃないのか。まあいい。

「若干疑わしくもあるが、ないよりはましという程度の情報だな」
「いやん。酷い。お兄さんのいけずー」
 ピクシーは泣きながら飛んで行ってしまった。あれ。絶対泣きまねだと思うけど。

 狩が終わった後、ギルドのモダレーナを訪ねる。
「最近、黒の森に人食い虎が出ると聞いたのだが、何か情報はあるか?」
「えっ。アレクさん。何で私の言いたいことがわかったんですか?」とモダレーナは驚いた。

「森で会った冒険者に聞いただけだ」本当はピクシーだけどね。
「なんだ。そうなんですか。情報が早いですね」
「実はアレクさんに請けていただきたいクエストがあって、それが人食い虎の討伐なんです」
「虎は1頭なんだろう。それごときに冒険者が後れを取るかな?」

 モダレーナはクエストの詳細を説明した。
 これまで虎の被害にあったのは少なくとも2組のパーティー。少なくともというのは、冒険者が黒の森で行方不明になるのは珍しくないからだ。それらの行方不明者にも被害者がいる可能性は捨てきれない。

 事実が判明したのは、偶然2組目のパーティーに生き残りがいたからだ。
 その者の話によると、虎には人族の複数の協力者がいるらしい。

 パーティーは人族の協力者に虎の潜む場所へ誘い出され、そこで拘束された。逃げだした男は、拘束を解こうと暴れた拍子に、偶然持っていた悪魔避けの聖水をばら撒いたら拘束していた人族の男がひるんだため、その隙に逃げ出したのだという。

 そのことからすると、協力者の人族は闇の者である可能性がある。
 以上がクエストの詳細である。

 虎に協力者とはどういうことだ?虎を育てているということか?
 それとも虎の方が妖の類で人族を精神支配しているとか。

 状況的には後者の方がしっくりくるな。それだと並みの冒険者では太刀打ちできまい。

「わかった。そのクエストを請けよう」
「あなたの人の好さにはもう慣れたわ。そこがいいところでもあるのだけれど」とローザが諦めたように言った。

 相手が妖や精霊の類だとすると、フリードリヒしか請ける者がいない。パーティーメンバーも徐々に理解してくれているのだろう。

 翌日、黒の森に向かう。
 ピクシーに話を聞いてみようと思った時。
「じゃじゃーん。ピクシーちゃん参上」
 ピクシーが姿を現した。いつもは気まぐれなのに珍しいな。

「おい。ピクシー。昨日言っていた虎のねぐらはわかるか」
「うん。お兄さんのために友達に聞いておいたよ」
「お前もたまには役に立つのだな」
「たまにはって、それはないでしょ」

 今回は信じて案内してもらう。さすがにこの流れでいたずらということはないだろう。
「この先の岩場がねぐらって話だよ。じゃあ僕は怖いからこれで」というとピューッと逃げて行ってしまった。

 そこで早速男に声をかけられる。冒険者というよりは旅人のような装いをしている。
「そこの旦那ぁ。大変なんでぇ。仲間が虎に襲われちまって。助けてくだせぇ」

 ローザとヴェロニアがフリードリヒに目配せする。フリードリヒは、わかっているという感じで軽くうなずく。
 想定していたとおり、人族ではなく、悪霊の類のようだ。
 ここは騙されたふりをして男に着いていくことにして男に答える。

「それは難儀な。早速助けに行こう」
「ありがとうございます。こちらです」
 男に案内されていくと、森が開けたところの岩場の上に虎が鎮座していた。体毛が白い。白虎だ。

 白虎がフリードリヒたちに襲いかかろうとするとフリードリヒたちの周りに男が十数人ほど現れ、フリードリヒたちの腕や足に飛びつき、拘束しようとする。
 フリードリヒは即座に神聖魔法のホーリーを無詠唱で発動し、男たちを浄化していく。

 それでも虎は躊躇することなく、フリードリヒに襲い掛かってきた。
 爪の攻撃を受け流し、もう一方の剣で虎の首を切り飛ばそうとしたその時、ヴェロニアが叫んだ。

「待ってくれ旦那。そいつは人虎だ」

 フリードリヒは咄嗟に峰打ちに切り替えた。
 虎は急所延髄に攻撃を受けてふらついている。フリードリヒは闇魔法のスタンアローを10本ほどくらわせ、虎の意識を奪った。

 その隙に足をロープで縛って拘束しておく。
 しばらくして、虎が目覚めると、激しく咆哮してフリードリヒたちを威嚇してくる。

「ヴェロニア。この狂暴なやつが本当に人虎なのか」
「ああ。あたいにとっては同じような種族だからな。気配でわかる」

 ならば人語も解するということだ。フリードリヒはダメ元で語りかけてみる。
「俺の言葉がわかるか。なぜ人族を襲う?」
 虎は言葉を返してきたが、喋り方がたどたどしい。
「人族…仲間…殺した。憎い」

 人族は闇の者に容赦がない、おおかた村が襲われたとかそういうことなのだろう。

「しかし、人族を殺せば集団で復讐にくるぞ。人族は甘くない」
「わかって…いる。その時…他へ…逃げる」
 そうやって場所を転々としながら、人族を殺し続けてきたということのようだ。

「そうやってもお前はいつか殺される。お前は人虎なのだろう。ならば私が保護してやってもいい」
「人虎…?」
 なんだ。長い間人に変化していなくて忘れたのか?

「人族…信じ…られない」
 そこにヴェロニアが口をはさんだ。
「おめぇ。あたいのことがわかるだろ。あたいは人狼だ。それでも旦那はあたいに優しくしてくれる。この旦那はそういう人なんだ」
 おお。ヴェロニアさん。ナイスフォロー。

 しかし、ローザ以外のメンバーはヴェロニアの言葉を聞いて驚愕している。そういえばヴェロニアが人狼であることは言ってなかった。

「人狼…」
「人族…狂暴。人族から…逃げない…いいのか」
「もちろんだ。旦那が守ってくれるぜ」とヴェロニアは答える。

 フリードリヒは続ける。
「そのためには、虎の姿では無理だ。人虎なら人に変化(へんげ)はできるか?」

「やって…みる」
 そう言うと虎の体が縮んでいき、12歳くらいの少女の姿になった。全裸であるので、フリードリヒはマントを外しかけてやる。
 白虎なら数百年は生きているはず。なぜ少女の姿なのか?ロリ婆なのか?と思ったが本質的なことではないのでスルーしておく。

「その姿ならば問題ない。君には私の食客になってもらおうと思う」
「しょっかく?」
「私が君を客人として養う。その見返りとして有事の際は君が私を助ける。そういう関係のことだ」
「わか…った」

「そういえば名前は?」
「ヘルルーガ」
「では、ヘルルーガ。食客の館へ行こう」
「待って。倀鬼…まだ…いる」
 すると木陰から、10人ほどの男たちが現れた。生身の人族ではなく、霊魂である。

 フリードリヒは霊たちに尋ねる。
「私がホーリーで浄化すれば輪廻の輪に送ることもできるが、どうする?」
 霊たちは「ヘルルーガ様には長年お仕えしてもう家族みたいなものです。できれはご一緒できればと思います」と口々に答えた。

 最初は恐怖で仕えていたのだろうが、何百年も仕えて情が移ったといことなのだろう。
「わかった。だが普段は人族の前には姿の見せないようにしてくれると助かる」
「ありがとうございます。承知しました」

 食客の館に着いて、ヘルルーガを皆に紹介した。

 しばらくして、ヘルルーガは八百比丘尼のカロリーナに懐いた。何百年も生きた者同士、気が合ったのだろうか。
 ヘルルーガはずっと人に変化しておらず、言葉がたどたどしかったので、カロリーナに教育を頼むと快く引き受けてくれた。カロリーナも同居人が増えて寂しさが紛れるだろう。

 ギルドのモダレーナのところへクエストの報告へ行く。今回も証明する討伐部位がないパターンだ。
「虎は黒の森の外へ追い払った。討伐部位がないから、いつもどおり様子を見て被害がなければクエスト完了扱いということでいいかな」
「そうなのですね。わかりました」

 当然に、その後は虎の被害はなく、報酬は無事支払われた。
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