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第2章 学園・学校編
第26話 神界のトリックスター ~神ヘルメス~
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結局、色気に流されて、エリーザベトに薔薇十字団のことを聞きそびれてしまった。
あとは、少しは知っていそうなのはマティルデか。
マティルデは高名な学者で錬金術師のアルベルトゥス・マグヌス博士が作った機械人形だが、自律的な意思を持って行動ができるし、人語を解し、話すこともできる。
この時代にAIがあるとも思えないので何か錬金術的な仕掛けなのだろうが、フリードリヒには全く想像できなかった。そのあたりを博士に聞けなかったことが悔やまれる。
人形相手に大げさとは思ったが、マティルデには館の一室を与えており、これも女子連中にひんしゅくを買う一因になっていた。
が、「結婚もできないし、愛妾にもなれないからね」と言いたいところだ。
フリードリヒとしては、自意識を持つマティルデを広間に置きっぱなしにするのが可哀そうだっただけだ。異性として意識するなどとんでもない。
フリードリヒは、話を聞こうとマティルデの部屋をノックしたが不在だった。
マティルデは、博士の屋敷では家事を手伝っていたらしく、この屋敷に来てからも、メイドたちに交じって手伝うようになっていた。早々に屋敷になじんでくれてありがたいところである。
そのころ、マティルデはリーゼロッテのところで洗濯の手伝いをしていた。服はもちろんメイド服に着替えている。
「はい。リーゼロッテ。フリードリヒ様の下着よ。あなたの担当なんでしょ」
そう言うとマティルデはフリードリヒの下着をリーゼロッテに無造作に手渡そうとする。
「いえ。別にそう決まっている訳では…」と言いながらもリーゼロッテはためらいがちに下着を受け取った。
「だって、他のメイドたちが言っていたわよ。フリードリヒ様の下着はリーゼロッテに洗わせないと機嫌が悪くなるって」
「そ、そんなことは…」
さらに、マティルデが追い打ちをかける。
「それに、フリードリヒ様の下着を抱きしめて、こっそり匂いを嗅いでいるところを見たとも言っていたわ。汚れた下着を抱きしめるなんて私には理解できないけど」
「えーっ!!」
見られないように隠れてやっていたのに、バレていたなんて…
リーゼロッテは真っ赤になって縮こまってしまった。
「マティルデはいるか?」
そこに当のフリードリヒがやって来た。
リーゼロッテは突然のことに驚いて「きゃっ」と悲鳴を上げて硬直している。
「どうした。リーゼ?」
「い、いえ。なんでもないです…」
リーゼロッテは、今の話を聞かれたのではないかと気が気ではなかった。こっそりとフリードリヒの表情をうかがうが、首をひねっている様子だ。
──大丈夫よ。だぶん聞かれていない。
「そうか。ならいい。ところでマティルデ。聞かせてもらいたい話があるのだが」
「あら。私に用なの?」
マティルデはリーゼロッテに皮肉気な視線を送るが、リーゼロッテはとにかくこの場を切り抜けたい気持ちでいっぱいで、それに応える余裕などなかった。
──ちぇっ。つまらない。
マティルデはこの場はこれで収め、フリードリヒに着いていくことにした。
◆
フリードリヒとマティルデはマティルデの部屋に移動した。
「私に聞きたいことって?」
「薔薇十字団についてだ。とにかく知っていることをすべて教えて欲しい」
「確かにあんな事件を起こされちゃあ大変よね。でも私が知っていることはあまりないの。
前にも言ったとおり、私は薔薇十字団が博士に作らせたものよ。私の前にも何体か作らせたらしいけど面識はないわ。」
「作らせた目的は何なんだ?」
「人形だと油断させておいて、諜報活動や暗殺に使うとかはあったみたい。実は暗器も装備しているのよ」
そういうと「シャキン」という音とともにマティルデの手の甲からナイフが飛び出てきた。確かにこんな美しい人形にナイフが潜ませてあるとは想像が難しいだろう。
「でもね。最初の目的は違ったみたい」
「というと?」
「そのままよ。愛玩用の人形。ただし、ご主人様に従順でひたすら褒めたたえる人形ね」
「個人的にはいかがなものかと思うが、確かに貴族連中には欲しがる者も多いかもしれないな。そういった連中に賄賂的な感じでわたすついでに諜報活動もといったところか」
「そうね」
残念ながら、それ以外にマティルデから得られた情報は多くはなかった。博士を脅していた男の名がヴェルンハルトということくらいか
「あとは情報部門の人間にがんばってもらうしかないな」
◆
フリードリヒがアテナのもとを訪れた帰り、神界を駆け回るヘルメスを見かけた。また、ゼウスの使いだろうか。
ヘルメスはゼウスの伝令使であり、旅人、商人などの守護神である。他にも計略の神であったりといった多面的な側面を持ち、また天文学などを発見した知恵者でもある。
錬金術師たちが夢中で読んでいる「エメラルドタブレット」の著者である伝説的神人ヘルメス・トリスメギストスのヘルメスはもちろん神ヘルメスのことであり、そういう意味では錬金術の神でもある。
──そういえば、ヘルメスに錬金術の話を聞くのも面白いかもしれない。
そう思い立ったフリードリヒは、後日、ヘルメスのもとを訪ねた。かたわらに身長140cmくらいの少女が控えている。
「やあ。君かい。噂はかねがね聞いているよ」
「初めましてヘルメス様。実は私は錬金術の研究をしておりまして、伝説的に有名なヘルメス様のお知恵の一端でもご披露願えないかと思い、参上いたしました。」
「僕に教えを乞うとは見どころがあるね」
「恐れ入ります。ところで彼女はどこで手に入れられたのですか?」
フリードリヒは、ピンときていた。あれはどうみてもマティルデと同類の人形だ。それをなぜヘルメスが持っている?
「早速彼女に目をつけるとは、君も見る目があるね。彼女は美しいうえに、従順に僕に尽くしてくれる最高の存在なのさ。僕の一番のお気に入りなんだ」
そう言うとヘルメスは人形の髪を優しくなでた。
──自慢はいいから早く出所を言えよ。
「それは素晴らしい。私もぜひ手に入れたいところですが、いったいどこで?」
「ええと…確か人族のローゼン……」
「ローゼンクロイツですね」
「あ、そうそうそれ。そいつからもらったんだ」
「何か見返りは求められませんでしたか?」
「ああ。ダークオーブの在りかが知りたいって言っていたから教えてあげたけど…」
「ダークオーブとは…これのことかーっ!」
フリードリヒは、マジックバッグから黒い球を取り出すとヘルメスの目の前に突き付けた。
プラチドゥスから回収していたが、使い方がわからないため死蔵していたのだ。
「ええっ。何で君が持っている?」
ヘルメスはポカンとしている。
「おまえかーっ!」
フリードリヒは、怒り心頭のあまりヘルメスの頭頂にげんこつを食らわせてしまった。
「痛いっ。神を殴るなんて酷いじゃないか」
フリードリヒは、そのダークオーブのせいで地上がどれだけの騒ぎになったかを懇々と述べた。それをヘルメスは、しゅんとして縮こまりながら聞いている。まったくどちらが神なのかわかりはしない。
「ではお詫びの印として、そのタラリアをいただこうか」
タラリアは翼の生えた黄金のサンダルで、これで空を駆けるように飛ぶことができる。
「ええっ。タラリアを人族に。それは無理だ」
「人族ではない、半分は神だ。それに予備くらいはあるのだろう。なくてもまた作ればいい」
「いや。しかし…」
ヘルメスは、苦悩している。詐術を使って物をまきあげたりするのはヘルメスのお家芸なのだが、逆にやりこめられた経験はないのだろう。これもいい薬だ。
「何だったら、この失態をゼウス様に報告してやろうか」
「ダメだ。それだけは勘弁してくれ」
ゼウスの名前を出されるに至り、ヘルメスはついに観念してタラリアをフリードリヒにわたした。
その日はもはや錬金術の教えを乞うような雰囲気ではなくなっていたので、フリードリヒはいったんヘルメス邸を辞することにする。
その時…
「待って。私も連れていって」
薔薇乙女の少女があわててフリードリヒに懇願する。
彼女はヘルメスにひたすらおべっかを使い続けなければならない日々に嫌気がさしていたのだ。機械人形といえども精神に限界はあるようだ。
「テレーゼちゃん。いったいどうしたっていうんだ。君まで…」
突然の事態にヘルメスは顔面蒼白になっている。
「昨日まで僕のことを賛美してくれていたじゃないか。あれはいったい…」
「もちろんお仕事だからしかたなくやってたに決まってるでしょ。あなたみたいなずるくて変態で好色なナルシストを誰が好きになるっていうのよ!神のくせにそんなこともわからないの?」
その言葉がヘルメスに鉄槌を下した。ヘルメスはもはや再起不能といった感じに落ち込んでいる。
ヘルメスはもはや会話ができる状態ではなかったので、フリードリヒは一方的に帰参の挨拶をするとテレーゼを連れてヘルメス邸を辞した。
「ありがとう。助かったわ。私、もう精神の限界だったから」
「機械人形でも辛いことの繰り返しには耐えられないということか。助けられてよかった。帰ったら君の仲間に会わせてあげるよ」
「私の仲間って?」
「もちろん薔薇乙女さ」
「まさか。あなたも…」
「私はヘルメスとは違う。君の仲間のマティルデは私の屋敷で人間のように暮らしているよ」
「そうなの?一瞬不安になったわ」
「そういう君はどうしたい?」
「そのマティルデは何をしているの?」
「これといった役割は与えていないな。暇だからメイドたちを手伝ったりはしているようだが」
「そうねえ…」
テレーゼはどうもメイドの手伝いはお気に召さないようだ。
フリードリヒとしても自宅に薔薇乙女が2体いても宝の持ち腐れになってしまう。
であれば、グレーテルの手伝いをしてもらうのはどうだろう。乳児を育てるのはたいへんだし、大きくなってからもボディーガード的に控えてくれていると助かる。
「実は私の娘のブリュンヒルデを別宅で育てているのだが、その教育役兼ボディーガードをやってもらうというのはどうだろう?」
「あら。あなた娘がいるの?」
「ああ。まだ生まれたばかりだ」
「他にやることもないし、わかったわ」
「では、頼む」
その日は直接グレーテル邸に向かった。マティルデの二の舞は避けたかったからだ。女子連中に人形マニアと思われるのは避けたい。
グレーテルは機械人形に当初驚いていたが、育児を手伝ってもらえると聞いて二つ返事で了承した。
ヤーコブもまだ7歳なので、機械仕掛けの人形には興味津々といった感じだ。
当のテレーゼは「なんてかわいい赤ちゃんなの」と感動していた。これが生身の人間ならさぞや瞳孔が開いていることだろう。女性というのは赤ん坊などを見ると本能的に保護欲を刺激されるらしい。片や男性はというと瞳孔が開くのは女の裸なのだそうだ。男というものは本当に始末に負えない。
どうやらこれなら上手くいきそうだ。
◆
フリードリヒは自分の邸宅に戻り、タラリアの使い道について思案した。これを死蔵しておく手はない。
フリードリヒ自身は空を飛べるから自ら使うメリットは少ない。
そもそもヘルメスはゼウスの伝令使だから、同じようなポジションとするとミーシャか。
この間はペガサスに乗ってもらったが、タラリアが使えればより自由度が増す。
早速、ミーシャの部屋へ向かう。
「ミーシャにプレゼントがあるんだ」
「プレゼントって、またそれをダシに変態なことをする気にゃ!」
そこでフリードリヒはタラリアを取り出すとミーシャに見せた。
「これをあげようと思って。これは空を飛べるサンダルなんだ。伝令を頼むことが多いミーシャにうってつけだろう」
ミーシャは受け取るとなぜかくんくんと匂いを嗅いでいる。
「ご主人様と違う匂いがするにゃ。気にいらないにゃ」
「まあ、そう言わずに。使ってみてくれよ」
「臭いけど水虫になったりしないにゃか?」
「それは神がつかっていたものだからな。大丈夫…だと思う」
「ご主人様の命令なら仕方ないにゃ」
なんだかんだいって、ミーシャは最後に言うことを聞いてくれる。ただ素直じゃないだけだ。
その後、サンダルを必死に洗うミーシャの姿が見られた。
そんなに臭いのか?そのサンダル?
あとは、少しは知っていそうなのはマティルデか。
マティルデは高名な学者で錬金術師のアルベルトゥス・マグヌス博士が作った機械人形だが、自律的な意思を持って行動ができるし、人語を解し、話すこともできる。
この時代にAIがあるとも思えないので何か錬金術的な仕掛けなのだろうが、フリードリヒには全く想像できなかった。そのあたりを博士に聞けなかったことが悔やまれる。
人形相手に大げさとは思ったが、マティルデには館の一室を与えており、これも女子連中にひんしゅくを買う一因になっていた。
が、「結婚もできないし、愛妾にもなれないからね」と言いたいところだ。
フリードリヒとしては、自意識を持つマティルデを広間に置きっぱなしにするのが可哀そうだっただけだ。異性として意識するなどとんでもない。
フリードリヒは、話を聞こうとマティルデの部屋をノックしたが不在だった。
マティルデは、博士の屋敷では家事を手伝っていたらしく、この屋敷に来てからも、メイドたちに交じって手伝うようになっていた。早々に屋敷になじんでくれてありがたいところである。
そのころ、マティルデはリーゼロッテのところで洗濯の手伝いをしていた。服はもちろんメイド服に着替えている。
「はい。リーゼロッテ。フリードリヒ様の下着よ。あなたの担当なんでしょ」
そう言うとマティルデはフリードリヒの下着をリーゼロッテに無造作に手渡そうとする。
「いえ。別にそう決まっている訳では…」と言いながらもリーゼロッテはためらいがちに下着を受け取った。
「だって、他のメイドたちが言っていたわよ。フリードリヒ様の下着はリーゼロッテに洗わせないと機嫌が悪くなるって」
「そ、そんなことは…」
さらに、マティルデが追い打ちをかける。
「それに、フリードリヒ様の下着を抱きしめて、こっそり匂いを嗅いでいるところを見たとも言っていたわ。汚れた下着を抱きしめるなんて私には理解できないけど」
「えーっ!!」
見られないように隠れてやっていたのに、バレていたなんて…
リーゼロッテは真っ赤になって縮こまってしまった。
「マティルデはいるか?」
そこに当のフリードリヒがやって来た。
リーゼロッテは突然のことに驚いて「きゃっ」と悲鳴を上げて硬直している。
「どうした。リーゼ?」
「い、いえ。なんでもないです…」
リーゼロッテは、今の話を聞かれたのではないかと気が気ではなかった。こっそりとフリードリヒの表情をうかがうが、首をひねっている様子だ。
──大丈夫よ。だぶん聞かれていない。
「そうか。ならいい。ところでマティルデ。聞かせてもらいたい話があるのだが」
「あら。私に用なの?」
マティルデはリーゼロッテに皮肉気な視線を送るが、リーゼロッテはとにかくこの場を切り抜けたい気持ちでいっぱいで、それに応える余裕などなかった。
──ちぇっ。つまらない。
マティルデはこの場はこれで収め、フリードリヒに着いていくことにした。
◆
フリードリヒとマティルデはマティルデの部屋に移動した。
「私に聞きたいことって?」
「薔薇十字団についてだ。とにかく知っていることをすべて教えて欲しい」
「確かにあんな事件を起こされちゃあ大変よね。でも私が知っていることはあまりないの。
前にも言ったとおり、私は薔薇十字団が博士に作らせたものよ。私の前にも何体か作らせたらしいけど面識はないわ。」
「作らせた目的は何なんだ?」
「人形だと油断させておいて、諜報活動や暗殺に使うとかはあったみたい。実は暗器も装備しているのよ」
そういうと「シャキン」という音とともにマティルデの手の甲からナイフが飛び出てきた。確かにこんな美しい人形にナイフが潜ませてあるとは想像が難しいだろう。
「でもね。最初の目的は違ったみたい」
「というと?」
「そのままよ。愛玩用の人形。ただし、ご主人様に従順でひたすら褒めたたえる人形ね」
「個人的にはいかがなものかと思うが、確かに貴族連中には欲しがる者も多いかもしれないな。そういった連中に賄賂的な感じでわたすついでに諜報活動もといったところか」
「そうね」
残念ながら、それ以外にマティルデから得られた情報は多くはなかった。博士を脅していた男の名がヴェルンハルトということくらいか
「あとは情報部門の人間にがんばってもらうしかないな」
◆
フリードリヒがアテナのもとを訪れた帰り、神界を駆け回るヘルメスを見かけた。また、ゼウスの使いだろうか。
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──そういえば、ヘルメスに錬金術の話を聞くのも面白いかもしれない。
そう思い立ったフリードリヒは、後日、ヘルメスのもとを訪ねた。かたわらに身長140cmくらいの少女が控えている。
「やあ。君かい。噂はかねがね聞いているよ」
「初めましてヘルメス様。実は私は錬金術の研究をしておりまして、伝説的に有名なヘルメス様のお知恵の一端でもご披露願えないかと思い、参上いたしました。」
「僕に教えを乞うとは見どころがあるね」
「恐れ入ります。ところで彼女はどこで手に入れられたのですか?」
フリードリヒは、ピンときていた。あれはどうみてもマティルデと同類の人形だ。それをなぜヘルメスが持っている?
「早速彼女に目をつけるとは、君も見る目があるね。彼女は美しいうえに、従順に僕に尽くしてくれる最高の存在なのさ。僕の一番のお気に入りなんだ」
そう言うとヘルメスは人形の髪を優しくなでた。
──自慢はいいから早く出所を言えよ。
「それは素晴らしい。私もぜひ手に入れたいところですが、いったいどこで?」
「ええと…確か人族のローゼン……」
「ローゼンクロイツですね」
「あ、そうそうそれ。そいつからもらったんだ」
「何か見返りは求められませんでしたか?」
「ああ。ダークオーブの在りかが知りたいって言っていたから教えてあげたけど…」
「ダークオーブとは…これのことかーっ!」
フリードリヒは、マジックバッグから黒い球を取り出すとヘルメスの目の前に突き付けた。
プラチドゥスから回収していたが、使い方がわからないため死蔵していたのだ。
「ええっ。何で君が持っている?」
ヘルメスはポカンとしている。
「おまえかーっ!」
フリードリヒは、怒り心頭のあまりヘルメスの頭頂にげんこつを食らわせてしまった。
「痛いっ。神を殴るなんて酷いじゃないか」
フリードリヒは、そのダークオーブのせいで地上がどれだけの騒ぎになったかを懇々と述べた。それをヘルメスは、しゅんとして縮こまりながら聞いている。まったくどちらが神なのかわかりはしない。
「ではお詫びの印として、そのタラリアをいただこうか」
タラリアは翼の生えた黄金のサンダルで、これで空を駆けるように飛ぶことができる。
「ええっ。タラリアを人族に。それは無理だ」
「人族ではない、半分は神だ。それに予備くらいはあるのだろう。なくてもまた作ればいい」
「いや。しかし…」
ヘルメスは、苦悩している。詐術を使って物をまきあげたりするのはヘルメスのお家芸なのだが、逆にやりこめられた経験はないのだろう。これもいい薬だ。
「何だったら、この失態をゼウス様に報告してやろうか」
「ダメだ。それだけは勘弁してくれ」
ゼウスの名前を出されるに至り、ヘルメスはついに観念してタラリアをフリードリヒにわたした。
その日はもはや錬金術の教えを乞うような雰囲気ではなくなっていたので、フリードリヒはいったんヘルメス邸を辞することにする。
その時…
「待って。私も連れていって」
薔薇乙女の少女があわててフリードリヒに懇願する。
彼女はヘルメスにひたすらおべっかを使い続けなければならない日々に嫌気がさしていたのだ。機械人形といえども精神に限界はあるようだ。
「テレーゼちゃん。いったいどうしたっていうんだ。君まで…」
突然の事態にヘルメスは顔面蒼白になっている。
「昨日まで僕のことを賛美してくれていたじゃないか。あれはいったい…」
「もちろんお仕事だからしかたなくやってたに決まってるでしょ。あなたみたいなずるくて変態で好色なナルシストを誰が好きになるっていうのよ!神のくせにそんなこともわからないの?」
その言葉がヘルメスに鉄槌を下した。ヘルメスはもはや再起不能といった感じに落ち込んでいる。
ヘルメスはもはや会話ができる状態ではなかったので、フリードリヒは一方的に帰参の挨拶をするとテレーゼを連れてヘルメス邸を辞した。
「ありがとう。助かったわ。私、もう精神の限界だったから」
「機械人形でも辛いことの繰り返しには耐えられないということか。助けられてよかった。帰ったら君の仲間に会わせてあげるよ」
「私の仲間って?」
「もちろん薔薇乙女さ」
「まさか。あなたも…」
「私はヘルメスとは違う。君の仲間のマティルデは私の屋敷で人間のように暮らしているよ」
「そうなの?一瞬不安になったわ」
「そういう君はどうしたい?」
「そのマティルデは何をしているの?」
「これといった役割は与えていないな。暇だからメイドたちを手伝ったりはしているようだが」
「そうねえ…」
テレーゼはどうもメイドの手伝いはお気に召さないようだ。
フリードリヒとしても自宅に薔薇乙女が2体いても宝の持ち腐れになってしまう。
であれば、グレーテルの手伝いをしてもらうのはどうだろう。乳児を育てるのはたいへんだし、大きくなってからもボディーガード的に控えてくれていると助かる。
「実は私の娘のブリュンヒルデを別宅で育てているのだが、その教育役兼ボディーガードをやってもらうというのはどうだろう?」
「あら。あなた娘がいるの?」
「ああ。まだ生まれたばかりだ」
「他にやることもないし、わかったわ」
「では、頼む」
その日は直接グレーテル邸に向かった。マティルデの二の舞は避けたかったからだ。女子連中に人形マニアと思われるのは避けたい。
グレーテルは機械人形に当初驚いていたが、育児を手伝ってもらえると聞いて二つ返事で了承した。
ヤーコブもまだ7歳なので、機械仕掛けの人形には興味津々といった感じだ。
当のテレーゼは「なんてかわいい赤ちゃんなの」と感動していた。これが生身の人間ならさぞや瞳孔が開いていることだろう。女性というのは赤ん坊などを見ると本能的に保護欲を刺激されるらしい。片や男性はというと瞳孔が開くのは女の裸なのだそうだ。男というものは本当に始末に負えない。
どうやらこれなら上手くいきそうだ。
◆
フリードリヒは自分の邸宅に戻り、タラリアの使い道について思案した。これを死蔵しておく手はない。
フリードリヒ自身は空を飛べるから自ら使うメリットは少ない。
そもそもヘルメスはゼウスの伝令使だから、同じようなポジションとするとミーシャか。
この間はペガサスに乗ってもらったが、タラリアが使えればより自由度が増す。
早速、ミーシャの部屋へ向かう。
「ミーシャにプレゼントがあるんだ」
「プレゼントって、またそれをダシに変態なことをする気にゃ!」
そこでフリードリヒはタラリアを取り出すとミーシャに見せた。
「これをあげようと思って。これは空を飛べるサンダルなんだ。伝令を頼むことが多いミーシャにうってつけだろう」
ミーシャは受け取るとなぜかくんくんと匂いを嗅いでいる。
「ご主人様と違う匂いがするにゃ。気にいらないにゃ」
「まあ、そう言わずに。使ってみてくれよ」
「臭いけど水虫になったりしないにゃか?」
「それは神がつかっていたものだからな。大丈夫…だと思う」
「ご主人様の命令なら仕方ないにゃ」
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