198 / 215
第5章 皇帝編
第180話 混迷する中東(4) ~反対勢力の鎮圧~
しおりを挟む
いささか強引ではあったが、フリードリヒの神聖ローマ帝国の武力を後ろ盾として、カイロのバフリー・マムルークたちの信任を固めたシャジャル・アッ=ドゥッルであった。
だが、ダマスカスのトゥーラーン・シャーの任命したクルド人の太守やアレッポのアイユーブ朝の地方君主たちの同意はまだ得られていない。
また、アッバース朝カリフのムスタアスィムも、引き続き圧力をかけてきていた。
やはり、イスラム教の女性蔑視の考え方を覆すのは容易ではないのだろう。
カイロでの軍威行動は、ダマスカスやアレッポの間諜も見ていたと思うのだが、数が少ないと見て軽視されたのかもしれない。
──それならば、過小評価して油断している今がチャンスだ…
フリードリヒはシャジャルに言った。
「どうやら反対勢力の奴らは我らの軍事力を軽く見ているようだ。だからこそチャンスとも言える。この際一気にけりをつけることにしよう」
「しかし、いくら強いとは言ってもあなた方の騎士団の数でなんとかなるものなのか?」
「今は言えないが、タネがあるのだ。そこは朕を信じてくれ」
最初はハンサムなだけの頼りなさそうな印象をフリードリヒに対して持っていたシャジャルであったが、次第に評価は変わりつつあった。
「わかった。あなたを信じよう」
早速、バフリー・マムルークと軍事行動について協議をする。
フリードリヒが切り出す。
「まず、ダマスカスだが、アイバク殿を司令官としてバフリー・マムルークから軍を派遣して欲しい。暗黒騎士団からはグレゴールの第4中隊を出す」
アイバクが反論した。
「それしきの戦力でダマスカスが落ちるとでも?」
「そこは朕を信じてくれ。今は明かせないが隠し球があるのだ」
──この人は何の目算もなしに戦いを挑むような御仁ではない…
フリードリヒに心酔しているアイバクは不本意ながらも了承した。
「アレッポはアクターイ殿にお願いする。暗黒騎士団からはアルフレートの第5中隊を出す」
「承知した」
アクターイは先ほどのやり取りを見ていたせいか、素直に承諾した。
「時を同じくして、それ以外の主要都市も制圧する。これは我らに任せて欲しい」
再びアイバクが反論する。
「そのようなことが可能なのか?」
「朕に同じことを2度言わせるつもりか?」
フリードリヒの静かな物言いは逆に威圧感があった。
「いや。失礼した…」
「残りのバフリー・マムルークと暗黒騎士団はカイロの守りを固める」
こうして軍議は終わったのだが、バフリー・マムルークたちは半信半疑の様子だ。
──悪いな『敵を欺くにはまず味方から』とも言うしな…
その後、フリードリヒはグレゴールことルシファー、アルフレートことベルゼブブ、フェルディナントことベリアル、オトマールことアスモデウスの悪魔4中隊長を呼ぶと指示を出した。
「敵はこちらの数が少ないと侮っている。そういう輩には逆に圧倒的な数的優位を見せつけてやれ。今回は遠慮なしだ。だが、いつもどおり抵抗する奴以外は殺すなよ」
「「「「御意」」」」
4人とも今回は配下を思いきり動員できるとあって、晴れやかな顔をしている。
──頼むから、やりすぎるなよ…
◆
今回は敵同士を連携させないように、各都市を同時に攻める。
このため一番遠いアレッポに向けてアクターイ率いる部隊がまず先発し、続いてアイバク率いる部隊が続いた。
ベリアルとアスモデウスの部隊も合わせて出発した。
それを見届けたフリードリヒは、おもむろに言った。
「さて、こちらも始めるか…」
フリードリヒが念じるとカイロの町の郊外に無数の魔法陣が生じ、黒い霧の中からダークナイトが姿を現した。その数、5万体である。
カイロの町の人々はこれを見て恐怖した。この間の軍事行軍でダークナイトは見かけていたから、おそらく味方だとは思うのだが、この数は尋常ではない。
恐慌状態には陥らなかったものの、人々は家に籠り、扉を固く閉ざした。
これを見たシャジャルは茫然として言った。
「これはいったい…あなたが召喚したのか?」
「そうだが…それが何か?」
「これはもはや人間技とは思えない…そうするとダマスカスやアレッポに向かった連中も?」
「あちらは悪魔だな。数はこれよりずっと多いぞ」
「悪魔…だと…悪魔を使役できるというのか?」
「そうだが…」
何の気負いもなく答えるフリードリヒに、シャジャルは絶句した。
だが、これをみてカイロの町を攻めようなどと思う者はいないだろう。
その点は安心だな…
そう思ったシャジャルは、思わずフリードリヒの顔を見入ってしまった。
──なんという男だ…確かに世界で一番強い男なのかも…
ふとフリードリヒと視線が合い、恥ずかしくなって思わず逸らしてしまう。
──何を今更…うぶな生娘でもあるまいし…
だが、シャジャルの心臓は確実に鼓動を早めていた。
◆
ダマスカスの太守は訝っていた。
バフリー・マムルークの軍勢が迫っているという知らせを聞き、町の門を閉ざして警戒していたのだが、実際に目視できる軍勢は千に満たない数だった。
「奴らは何だ。あの数でダマスカスが落とせるとでも思っているのか? どこかに伏兵がいるのではないか?」
「いえ。各方面に斥候を出しているのですが、今のところ影も形も見当たりません」
「では、どういうことなのだ。奴らはだだのバカ者なのか?」
「さあ。わかりません…」
◆
ダマスカスの町が見えてくるとルシファーはアイバクに言った。
「敵の弓の射程圏外ギリギリのところで行軍を止めてください」
「わかった。その後はどうする?」
「後は私にお任せください」
アイバクは、ルシファーが言ったとおり、行軍を止め陣形を整えた。
ダマスカスの町の壁の上からは弓兵が狙いをつけて威嚇している。
アイバクは言った。
「さあ。準備は整ったぞ」
「後は私が引き受けます。
では…出でよ。我が配下たち!」
ルシファーが命じるとあちこちに無数の魔法陣が生じ、黒い霧の中から悪魔たちが現れた。
その数10万…いや20万…もはや数えきれない。
様々な異形の悪魔たちが空を飛び、地を這い集団となっている。
バフリー・マムルークたちは警戒して武器を構えた。
ルシファーが言う。
「お待ちください。あれらは我が配下です。敵ではありません」
驚きに満たされていたアイバクは、その言葉で我に返ると部隊に命じた。
「あの悪魔たちは味方だ。部隊内に徹底せよ!」
一方、ダマスカスの太守は突然の出来事に茫然自失していた。
ダマスカス軍の司令官たちも似たような状況だった。
数的優位を確信していたところが、突然に天地をひっくり返され、逆に圧倒的な数的不利に陥ってしまったのだ。
どの指揮官も判断がつきかねていた。
だが、ある弓兵が恐怖に耐えきれずに弓を放ってしまった。
射程圏外なので矢は届かなかったが、目標とされた悪魔は自分が攻撃されたものと認識した。
悪魔たちは「抵抗しない者は殺すな」と厳命されているが、逆に攻撃されたら殺して良いということだ。
攻撃された悪魔は弓を放った兵士に瞬時に迫ると、その鋭く長い爪で喉笛を引き裂いた。
これがきっかけとなり、ダマスカスの兵たちは恐慌状態に陥り、次々と矢を放っていく。これを悪魔が蹂躙する。
その連鎖が次々と無秩序に広がっていく…
陣形もなにもあったものではない。
「何ということだ…」
ダマスカスの太守は、この状況を茫然と眺めていた。
我に返った指揮官が太守に進言する。
「太守。このままでは我らが全滅します。直ちに降伏を!」
「わ、わかった。直ちに攻撃を停止せよ! 降伏だ!」
「了解しました」
しかし、恐怖のため秩序を失っているダマスカス軍には軍令が行き届かない。
──いったいどうすれば良いというのだ!
ダマスカスの太守は焦った。
その時、太守の前に、12枚の羽を持った見目麗しい悪魔が空から降り立った。ルシファーである。
「おまえがダマスカスの太守か?」
「そうだ。殺す気か?」
「そうではない。いつまで戦いを続けるつもりだ。全滅するぞ」
「おまえが悪魔の指揮官か? 頼む。降伏するから攻撃をやめてくれ…頼むから…」
「それは無条件降伏ということだな」
「ああ。そうだ」
「よかろう。
皆の者。攻撃を止めよ!」
ルシファーの一言で悪魔たちの攻撃はピタリと止んだ。
そして再び弓の射程圏外へと後退して行く。
既にダマスカスの兵の2割近くが悪魔たちに蹂躙され無惨な姿をさらしていた。
ある者は腹を切り裂かれ、ある者は火に焼かれ、ある者は毒でからだが腫れあがっている。
ダマスカスの太守は、ようやく戦闘が停止したことに安堵し、その場にへたり込んでしまった。
ルシファーは冷たく言い放った。
「おまえにはカイロまで来てもらう」
アレッポでも同様にベルゼブブの軍団にアレッポ軍は蹂躙され、太守は拉致同然にカイロへ連れてこられた。
その他の主要な町もベリアルとアスモデウスの軍団が制圧し、太守たちがカイロへ集められた。
◆
カイロへ連れてこられた反抗勢力の太守たちを前にフリードリヒは言った。
「これからおまえたちにはスルターナに臣従することをアラーの神に誓ってもらう。異存のある者は進み出よ」
「…………」
結局、集められた太守たちの全てがシャジャルへの臣従を誓うこととなった。
その後、太守たちはそれぞれの町にもどされたが、情勢が落ち着くまでは悪魔たちを駐留させることになる。
一連の戦後処理を終わり、シャジャルはフリードリヒに言った。
「ありがとう。心から感謝するわ。あなたと同盟して本当に良かった」
「いや。これからが本番だ。貴国にはモンゴル帝国の防壁になってもらわねばならない」
「確かに、そのとおりね…」
◆
その夜。
フリードリヒの寝室を訪ねる者があった。
「シャジャルか。こんな時間にどうした?」
「私、あなたに本当に感謝しているの…でも私にできることと言ったら…」
シャジャルはフリードリヒに抱きつくと、その胸に顔を埋めた。
「これはズルい言い方だったわね…私、あなたを愛してしまったみたいなの…」
「そうか…」
「あなたはどうなの?」
「ああ…一目見た時から気に入っていた…」
そして…
◆
しばらくして、カイロの町ではフリードリヒとシャジャルが愛人関係にあると噂された。
どこかから情報が洩れたのか、人々の単なる想像の産物なのかはわからない。
中には異教徒と愛人関係なんて…と眉をしかめる者もいた。
しかし、人々は本能的に理解していた。
シャジャルが神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒを繋ぎ止めている間は、この国はどんな外圧があっても安泰なのだと…
「女のスルターナも悪くないんじゃないか」
そんな声とともに、次第に人々のシャジャル支持の声は大きくなっていった。
◆
一段落して、フリードリヒはナンツィヒに戻った。
が、待っていたのは妻・愛妾たちの吊し上げだった。
筆頭格のヘルミーネが言う。
「あなた。中東くんだりまで行って、また女漁りですか!」
「いや。あれは軍事同盟の締結先がたまたまスルターナなだけであって…」
「愛人関係だってちゃんとこちらまで聞こえているんですからね。しかも、女一人のために国を征服してしまうなんて…」
「あれは反抗勢力を制圧しただけで、征服などでは…ヘルミーネのときだって、ちゃんとモゼル公国を救援に行ったじゃないか」
「それは…そうだけれど…本当に私のためなの?陛下の命令だったからじゃなくて?」
「あれは私の方から陛下にどうしても行かせてくれとお願いしたのだ」
「本当に?」
「もちろんだ」
「あ~ん。あなた~」というとヘルミーネはフリードリヒに抱きついてきた。うっすら涙ぐんでいる。
それを見ていた妻・愛妾は「あっ!ズルい」と言うと次々と抱きついてきて、おしくらまんじゅうのようになってしまった。
──う~ん。ちゃんとアバターは飛ばしてローテーションは守っていたのだが…
どうしてこうなった?
と不思議に思うフリードリヒであった。
だが、ダマスカスのトゥーラーン・シャーの任命したクルド人の太守やアレッポのアイユーブ朝の地方君主たちの同意はまだ得られていない。
また、アッバース朝カリフのムスタアスィムも、引き続き圧力をかけてきていた。
やはり、イスラム教の女性蔑視の考え方を覆すのは容易ではないのだろう。
カイロでの軍威行動は、ダマスカスやアレッポの間諜も見ていたと思うのだが、数が少ないと見て軽視されたのかもしれない。
──それならば、過小評価して油断している今がチャンスだ…
フリードリヒはシャジャルに言った。
「どうやら反対勢力の奴らは我らの軍事力を軽く見ているようだ。だからこそチャンスとも言える。この際一気にけりをつけることにしよう」
「しかし、いくら強いとは言ってもあなた方の騎士団の数でなんとかなるものなのか?」
「今は言えないが、タネがあるのだ。そこは朕を信じてくれ」
最初はハンサムなだけの頼りなさそうな印象をフリードリヒに対して持っていたシャジャルであったが、次第に評価は変わりつつあった。
「わかった。あなたを信じよう」
早速、バフリー・マムルークと軍事行動について協議をする。
フリードリヒが切り出す。
「まず、ダマスカスだが、アイバク殿を司令官としてバフリー・マムルークから軍を派遣して欲しい。暗黒騎士団からはグレゴールの第4中隊を出す」
アイバクが反論した。
「それしきの戦力でダマスカスが落ちるとでも?」
「そこは朕を信じてくれ。今は明かせないが隠し球があるのだ」
──この人は何の目算もなしに戦いを挑むような御仁ではない…
フリードリヒに心酔しているアイバクは不本意ながらも了承した。
「アレッポはアクターイ殿にお願いする。暗黒騎士団からはアルフレートの第5中隊を出す」
「承知した」
アクターイは先ほどのやり取りを見ていたせいか、素直に承諾した。
「時を同じくして、それ以外の主要都市も制圧する。これは我らに任せて欲しい」
再びアイバクが反論する。
「そのようなことが可能なのか?」
「朕に同じことを2度言わせるつもりか?」
フリードリヒの静かな物言いは逆に威圧感があった。
「いや。失礼した…」
「残りのバフリー・マムルークと暗黒騎士団はカイロの守りを固める」
こうして軍議は終わったのだが、バフリー・マムルークたちは半信半疑の様子だ。
──悪いな『敵を欺くにはまず味方から』とも言うしな…
その後、フリードリヒはグレゴールことルシファー、アルフレートことベルゼブブ、フェルディナントことベリアル、オトマールことアスモデウスの悪魔4中隊長を呼ぶと指示を出した。
「敵はこちらの数が少ないと侮っている。そういう輩には逆に圧倒的な数的優位を見せつけてやれ。今回は遠慮なしだ。だが、いつもどおり抵抗する奴以外は殺すなよ」
「「「「御意」」」」
4人とも今回は配下を思いきり動員できるとあって、晴れやかな顔をしている。
──頼むから、やりすぎるなよ…
◆
今回は敵同士を連携させないように、各都市を同時に攻める。
このため一番遠いアレッポに向けてアクターイ率いる部隊がまず先発し、続いてアイバク率いる部隊が続いた。
ベリアルとアスモデウスの部隊も合わせて出発した。
それを見届けたフリードリヒは、おもむろに言った。
「さて、こちらも始めるか…」
フリードリヒが念じるとカイロの町の郊外に無数の魔法陣が生じ、黒い霧の中からダークナイトが姿を現した。その数、5万体である。
カイロの町の人々はこれを見て恐怖した。この間の軍事行軍でダークナイトは見かけていたから、おそらく味方だとは思うのだが、この数は尋常ではない。
恐慌状態には陥らなかったものの、人々は家に籠り、扉を固く閉ざした。
これを見たシャジャルは茫然として言った。
「これはいったい…あなたが召喚したのか?」
「そうだが…それが何か?」
「これはもはや人間技とは思えない…そうするとダマスカスやアレッポに向かった連中も?」
「あちらは悪魔だな。数はこれよりずっと多いぞ」
「悪魔…だと…悪魔を使役できるというのか?」
「そうだが…」
何の気負いもなく答えるフリードリヒに、シャジャルは絶句した。
だが、これをみてカイロの町を攻めようなどと思う者はいないだろう。
その点は安心だな…
そう思ったシャジャルは、思わずフリードリヒの顔を見入ってしまった。
──なんという男だ…確かに世界で一番強い男なのかも…
ふとフリードリヒと視線が合い、恥ずかしくなって思わず逸らしてしまう。
──何を今更…うぶな生娘でもあるまいし…
だが、シャジャルの心臓は確実に鼓動を早めていた。
◆
ダマスカスの太守は訝っていた。
バフリー・マムルークの軍勢が迫っているという知らせを聞き、町の門を閉ざして警戒していたのだが、実際に目視できる軍勢は千に満たない数だった。
「奴らは何だ。あの数でダマスカスが落とせるとでも思っているのか? どこかに伏兵がいるのではないか?」
「いえ。各方面に斥候を出しているのですが、今のところ影も形も見当たりません」
「では、どういうことなのだ。奴らはだだのバカ者なのか?」
「さあ。わかりません…」
◆
ダマスカスの町が見えてくるとルシファーはアイバクに言った。
「敵の弓の射程圏外ギリギリのところで行軍を止めてください」
「わかった。その後はどうする?」
「後は私にお任せください」
アイバクは、ルシファーが言ったとおり、行軍を止め陣形を整えた。
ダマスカスの町の壁の上からは弓兵が狙いをつけて威嚇している。
アイバクは言った。
「さあ。準備は整ったぞ」
「後は私が引き受けます。
では…出でよ。我が配下たち!」
ルシファーが命じるとあちこちに無数の魔法陣が生じ、黒い霧の中から悪魔たちが現れた。
その数10万…いや20万…もはや数えきれない。
様々な異形の悪魔たちが空を飛び、地を這い集団となっている。
バフリー・マムルークたちは警戒して武器を構えた。
ルシファーが言う。
「お待ちください。あれらは我が配下です。敵ではありません」
驚きに満たされていたアイバクは、その言葉で我に返ると部隊に命じた。
「あの悪魔たちは味方だ。部隊内に徹底せよ!」
一方、ダマスカスの太守は突然の出来事に茫然自失していた。
ダマスカス軍の司令官たちも似たような状況だった。
数的優位を確信していたところが、突然に天地をひっくり返され、逆に圧倒的な数的不利に陥ってしまったのだ。
どの指揮官も判断がつきかねていた。
だが、ある弓兵が恐怖に耐えきれずに弓を放ってしまった。
射程圏外なので矢は届かなかったが、目標とされた悪魔は自分が攻撃されたものと認識した。
悪魔たちは「抵抗しない者は殺すな」と厳命されているが、逆に攻撃されたら殺して良いということだ。
攻撃された悪魔は弓を放った兵士に瞬時に迫ると、その鋭く長い爪で喉笛を引き裂いた。
これがきっかけとなり、ダマスカスの兵たちは恐慌状態に陥り、次々と矢を放っていく。これを悪魔が蹂躙する。
その連鎖が次々と無秩序に広がっていく…
陣形もなにもあったものではない。
「何ということだ…」
ダマスカスの太守は、この状況を茫然と眺めていた。
我に返った指揮官が太守に進言する。
「太守。このままでは我らが全滅します。直ちに降伏を!」
「わ、わかった。直ちに攻撃を停止せよ! 降伏だ!」
「了解しました」
しかし、恐怖のため秩序を失っているダマスカス軍には軍令が行き届かない。
──いったいどうすれば良いというのだ!
ダマスカスの太守は焦った。
その時、太守の前に、12枚の羽を持った見目麗しい悪魔が空から降り立った。ルシファーである。
「おまえがダマスカスの太守か?」
「そうだ。殺す気か?」
「そうではない。いつまで戦いを続けるつもりだ。全滅するぞ」
「おまえが悪魔の指揮官か? 頼む。降伏するから攻撃をやめてくれ…頼むから…」
「それは無条件降伏ということだな」
「ああ。そうだ」
「よかろう。
皆の者。攻撃を止めよ!」
ルシファーの一言で悪魔たちの攻撃はピタリと止んだ。
そして再び弓の射程圏外へと後退して行く。
既にダマスカスの兵の2割近くが悪魔たちに蹂躙され無惨な姿をさらしていた。
ある者は腹を切り裂かれ、ある者は火に焼かれ、ある者は毒でからだが腫れあがっている。
ダマスカスの太守は、ようやく戦闘が停止したことに安堵し、その場にへたり込んでしまった。
ルシファーは冷たく言い放った。
「おまえにはカイロまで来てもらう」
アレッポでも同様にベルゼブブの軍団にアレッポ軍は蹂躙され、太守は拉致同然にカイロへ連れてこられた。
その他の主要な町もベリアルとアスモデウスの軍団が制圧し、太守たちがカイロへ集められた。
◆
カイロへ連れてこられた反抗勢力の太守たちを前にフリードリヒは言った。
「これからおまえたちにはスルターナに臣従することをアラーの神に誓ってもらう。異存のある者は進み出よ」
「…………」
結局、集められた太守たちの全てがシャジャルへの臣従を誓うこととなった。
その後、太守たちはそれぞれの町にもどされたが、情勢が落ち着くまでは悪魔たちを駐留させることになる。
一連の戦後処理を終わり、シャジャルはフリードリヒに言った。
「ありがとう。心から感謝するわ。あなたと同盟して本当に良かった」
「いや。これからが本番だ。貴国にはモンゴル帝国の防壁になってもらわねばならない」
「確かに、そのとおりね…」
◆
その夜。
フリードリヒの寝室を訪ねる者があった。
「シャジャルか。こんな時間にどうした?」
「私、あなたに本当に感謝しているの…でも私にできることと言ったら…」
シャジャルはフリードリヒに抱きつくと、その胸に顔を埋めた。
「これはズルい言い方だったわね…私、あなたを愛してしまったみたいなの…」
「そうか…」
「あなたはどうなの?」
「ああ…一目見た時から気に入っていた…」
そして…
◆
しばらくして、カイロの町ではフリードリヒとシャジャルが愛人関係にあると噂された。
どこかから情報が洩れたのか、人々の単なる想像の産物なのかはわからない。
中には異教徒と愛人関係なんて…と眉をしかめる者もいた。
しかし、人々は本能的に理解していた。
シャジャルが神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒを繋ぎ止めている間は、この国はどんな外圧があっても安泰なのだと…
「女のスルターナも悪くないんじゃないか」
そんな声とともに、次第に人々のシャジャル支持の声は大きくなっていった。
◆
一段落して、フリードリヒはナンツィヒに戻った。
が、待っていたのは妻・愛妾たちの吊し上げだった。
筆頭格のヘルミーネが言う。
「あなた。中東くんだりまで行って、また女漁りですか!」
「いや。あれは軍事同盟の締結先がたまたまスルターナなだけであって…」
「愛人関係だってちゃんとこちらまで聞こえているんですからね。しかも、女一人のために国を征服してしまうなんて…」
「あれは反抗勢力を制圧しただけで、征服などでは…ヘルミーネのときだって、ちゃんとモゼル公国を救援に行ったじゃないか」
「それは…そうだけれど…本当に私のためなの?陛下の命令だったからじゃなくて?」
「あれは私の方から陛下にどうしても行かせてくれとお願いしたのだ」
「本当に?」
「もちろんだ」
「あ~ん。あなた~」というとヘルミーネはフリードリヒに抱きついてきた。うっすら涙ぐんでいる。
それを見ていた妻・愛妾は「あっ!ズルい」と言うと次々と抱きついてきて、おしくらまんじゅうのようになってしまった。
──う~ん。ちゃんとアバターは飛ばしてローテーションは守っていたのだが…
どうしてこうなった?
と不思議に思うフリードリヒであった。
1
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
男が少ない世界に転生して
美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです!
旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします!
交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる