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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
フリューゲル王国は、大陸にある国の中でも大きな国である。
それは太古の昔、フリューゲル王国がこの大陸の国々の争いをおさめ、魔族を魔の島と呼ばれる孤島へ追いやったからだと言われていた。
今でも、この国には武芸に秀でた者が多く、冒険者と呼ばれる者も多い。
その都市ともなれば、当然のように優れた鍛冶職人が集まり、質の高い武器や防具を作って腕を競い合っている。
そんな国の都市部で、最近話題になっていることがある。
それは、とある田舎の村に凄腕の鍛冶職人がいるという話だ。
なんでも、都の鍛冶職人でも敵わぬほどの腕前で、ドワーフの秘術と呼ばれるミスリルをも扱えるという。
しかしその職人の武器を手に入れたという旅商人に尋ねても、彼らはどこで買ったのか決して明かさない。噂の職人の武器を持っている冒険者たちも、示し合わせたように言おうとしない。
きっと噂だけで大した鍛冶職人ではないのだ、という声もある。
だがほとんどの人は、鍛冶師は自分を利用して富を得ようとする者から隠れているのだ、と考えていた。
そうして噂は都市から町へ、町から村へと、国全体に広がっていったのだった。
フリューゲル王国の都からかなり離れたところにある小さな村の、さらに人里離れた林の先に、その噂の店はある。
外観からは、店には見えない一軒家。
その入り口には『casualidad』と書かれた看板がさげてあり、扉には【CLOSE】の札がかかっている。だが、店からは金属を打つ甲高い音が響いていた。
――カンッ、カンッ。
中を覗くと、真剣な表情の少女が重たそうなハンマーを振るって、金属を打ち伸ばしていた。
炉には炎が燃え盛り、モルモットが炎の勢いを操っている。
――カンッ、キンッ!
音が高くなった瞬間、少女は金属を打つのをやめ、それをバケツへ放り込んだ。
ジューーーーッと水が蒸発する音とともに、金属が煌めく。
バケツから取り出した金属は、鋭いナイフへと姿を変えていた。
「これで完成」
――いい感じにできたなぁ。きっと喜んでくれはるよ!
モルモットが言うと、少女は満足そうに頷く。
「そうだね、きっと喜んでくれるよね」
受け取る相手が喜ぶ姿を想像して、少女はふふっと嬉しそうに笑った。
ナイフをコトリと棚に置くと、少女は扉の外へと向かった。
店の外にある畑には、季節を問わずたくさんの野菜が育っている。
畑の周囲に並ぶ木にも同様に、果実がたわわに実っている。
春の野菜も秋の果物も、今が旬であるかのように実っているのだ。
だが、この店では不思議なことではない。
それは彼女の家族である者たちが、彼女のためにした『特別』だから。
木が複雑に絡み合い屋根となったその下で、牛と羊が睡眠を貪っていた。
その周りには柔らかな草が生い茂る。それらをかき分け、兎と鶏が追いかけっこをしていた。
モルモットも駆け出し、追いかけっこの仲間に入る。
そこで少女は背伸びをし、太陽を見つめ、眩しそうに目を細めて呟いた。
「今日も、いい天気になりそうだね」
遠くから鐘の音が響く。
少女はそっと、扉の札をひっくり返した。
【OPEN】
第一章 始まりは市場にて
頬に当たる日差しと小鳥たちのさえずりで目を覚ます。
まだ眠っている小さな家族たちを起こさないように、私はそっと立ち上がり窓を開けた。
柔らかな風がふんわりと髪を撫でる。いい天気だ。
もぞもぞと音がするのでベッドを見ると、皆も目を覚ましたようだ。
――おはようございます、主さま。
――ふぁあ~、おはよぉ。
――おはよ! おはよ!
――主さん、起きるの早いなぁ。
朝から丁寧に挨拶してくれたのは兎のアンバー。
挨拶のあと、てしてしと毛繕いをして、淡い茶色の耳をふわふわ揺らしている。
欠伸をしているのは蛇のフローだ。まだ眠気があるのだろう。ふらふらと私の腕へ巻きつくと、うとうととそのまま眠ってしまった。
一番元気な挨拶をして、ベッドの上でパタパタと跳ねているのは鶏のオニキス。
モルモットのルビーくんは、んーっと背を伸ばしている。
「おはよう、皆」
今日も、一日が始まる。
私はメリア。元は日本で激務をこなしていた社会人だった。ところが、ある日突然死んでしまったのだ。
気づいたら目の前には真っ白な空間が広がっていて、そこで神様に出会った。
神様が言うには、私は神様のミスで死んでしまったそうだ。
神様はその日死ぬ人の名前を名簿に書くのだけれど、本来亡くなる予定だった人と私の名前を書き間違えてしまったんだとか。
私は神様の話を、冷静に受け入れた。それから、本来の寿命まで生きられるよう、元の世界に返すと告げられたのだけれど……私は生き返ることを拒否した。
だって、もう戻りたくなかったから。
毎日ヘトヘトになるまで働いていた私は、余裕がなく、仕事のことで頭がいっぱいだった。
自分が死んだと聞いて思い浮かんだのは、両親や友人のことよりも、ようやく解放されたという気持ちだった。
そう伝えると、神様はとても困っていた。どうやら、喜んで生き返ると思っていたらしい。
だったら、何も言わずに勝手に生き返らせればよかったのでは? と思ったけれど、どこか抜けているこの神様は、親切心から私との対話を望んだそうだ。
曰く、激務で寝不足ではあるものの健康だった私が、倒れた理由がわからないまま生き返ってはのちのち心配だろう、と。
悩む神様に、私は思わず提案をした。
もしよかったら、異世界に連れてってもらえませんか? と。
異世界では、食べ物や着るものに困らず、ある程度の生活ができる場所がほしい。
昔ハマっていたゲームのような鍛冶師をやってみたい。
鍛冶師をする上で必要なものが手に入るようにしてほしい。
十代の体になりたい。
社会人になる前は、様々なゲームやアニメを嗜んでいたからか、そのままどんどん願望が口からこぼれ落ちた。
すべてが叶うなんて思ってはいなかった。でも、もしかしたらと、期待が膨らんだ。
神様は少し悩んだあと「わかった」と言ってくれた。
その言葉を聞き、私は喜びを表そうとしたと思う。けれど、できなかった。
この白い空間に来た時と同じように、突然、私の意識は暗闇へと落ちていったから。
目が覚めると、私は十三歳の少女になって、知らない部屋のベッドの上で眠っていた。
そこは、神様が私に準備してくれた家。私がずっと憧れていた、カントリー風の家だった。
そこには鍛冶のための炉や、鉱石が採れるダンジョンまで準備されていた。
こうして私は、異世界での新たな生活を始めたのだった。
それからあっという間に時は過ぎ、一年が経った。十三歳の体をもらったわけだから、十四歳ということだ。
思い返せばこの一年、様々な出来事があった。
ここへ来てすぐの頃はたった一人の生活だったけれど、今では六匹の獣たちと一緒に暮らしている。
最初の同居人は、神様から私のボディガードを任されたフローライト。白いボディにきゅるるんとした赤い目のまだまだ小さい子どもの蛇で、私はフローと呼んでいる。
それから、神獣の住処からさまよい出て迷子になっていたオニキス。食いしん坊でおっちょこちょいだけど、闇を司る鶏で、いざという時は頼りになる子だ。
さらに、茶色い兎のアンバーもいる。私が家庭菜園をしてみようとした時に神様に召喚されて来てくれた子で、土に栄養を与えたり、土壁を作ったりできるおしゃれさん。
そのあと加わったのは、ちょっと偉そうだけど、優しい癒しの羊、セラフィ。
鍛冶の頼れる相棒で、火を司る大きなモルモットのルビーくん。
食生活の八割を支えてくれている、植物を慈しむ牛、ラリマー。
彼らは神様に仕え、この世界を守り支える、十二の神獣の眷属なんだそうだ。
一人だと寂しいから、彼らが側に寄り添ってくれて私は嬉しい。
この一年で、家から一番近いフォルジャモン村の人たちとも親しくなった。
フォルジャモン村は小さな村なので、鍛冶師がいない。
そのため、武器屋がないと知って、私は家で鍛冶屋を始めることを決めたのだ。
だけど、お店にはあんまり人が来ない。
私の家は村から歩いて一時間もかかるため、村の人が立ち寄るには遠すぎるのだ。
しかしながら品物がほしい人は多いので、週に一度開かれる露天市場で売らないかと提案されて、私は出店を決めた。
初めての市場は、持ってきた品物がすべて売り切れるほどの大盛況で終わったのだけど、それを見ていた柄の悪い冒険者に目をつけられ、恐喝されてしまった。
その時は幸運なことに、気まぐれな魔族の青年、リクロスに助けられた。
けれど、魔族はこの世界では災厄として恐れられているらしく、恐喝してきた冒険者が「魔族が出たぞ!」と大声で叫んだため、村は市場どころではない大騒ぎになってしまった。
さらにこの一件で、私はブゥーヌという元ギルド長に狙われることに。
まだこの世界のことを理解していなかった私は、ミスリルという貴重な鉱石を使った武器や防具を、相場よりもかなり安く出品していた。
市場での騒ぎをきっかけにそのことを知ったブゥーヌは、ミスリルを安く得る術があるのだろうと考えたらしい。私からその秘密を聞き出し、富を得ようと企てていた。
私はブゥーヌの手下に攫われ、ミスリルの在り処を吐かせようと拷問されてしまう。
運悪く、フロー以外の眷属たちと別行動を取っていて、私は大ピンチ。
そんな時、現れたのがリクロスだった。
彼は、部下であるリュミーさんから私が攫われたことを聞き、再び助けてくれたのだ。
そのあと駆けつけたアンバーが土壁を作ってブゥーヌと手下を閉じ込め、村長であるマルクさんやギルドの受付担当であるジャンさんたちに引き渡して、事件は終わるはずだった。
そこで終わってくれればよかったのだけど……彼らは私という存在を怪しんだ。
突然現れた幼い少女が持つ一流の鍛冶スキルや、多数の神獣の眷属が一人の人間に情を持っていること、一般常識の欠如など、私にはちぐはぐな部分が多すぎたから。
特に神獣の眷属が神以外の存在に興味を持つことはありえないらしく、人間と絆を結ぶのは珍しいという。
どうするべきか悩んでいた私に、神様は自分の正体を彼らに明かすよう伝えた。
実は、私は神様から加護をもらっている。そのため神様は私のことを見守り、時折助言をしてくれるのだ。
そんな神様の後押しもあり、私は勇気を出して彼らにすべてを話した。
そして、彼らは葛藤しつつも、私たちを受け入れてくれた。しかも、魔族であるリクロスが私の家を訪れることも容認し、少しずつ距離を縮める努力をしてくれることになったのだ。
そんなブゥーヌの事件が終わり、数ヶ月が経った。
リクロスとその部下であるリュミーさんは、たびたび私の家に泊まっている。
まだ村の人たちには姿を見せられないからこっそりとした訪問だけど、村長であるマルクさんやギルドの受付のジャンさんは、恐る恐るではあるが、リクロスに話しかけているのを見かけることがある。
私自身にも、村を歩いていると声をかけてくれる人が増えた。村で酪農をしている人に卵やチーズ、牛乳を分けてもらったり、冒険者の人から新鮮な鹿や熊の肉をいただいたりしている。
その代わりに私は包丁を研いだりして、持ちつ持たれつの関係を築いている。
一年前に比べると私もこの世界にすっかり馴染んだなぁと実感しながら、今日もお店を開く。
するとしばらくしてから、いつも通り閑古鳥が鳴くお店に、深刻な顔をした二人組が訪ねてきた。
一人はマルクさん。もう一人はジャンさんだ。
「やぁ、メリアくん。久しぶりだね。ちょっといいかな?」
その表情に似合わず、穏やかに言うマルクさんに戸惑いながらも、私は二人を家の中へと招く。店番はルビーくんに頼み、何かあれば呼ぶよう伝えておいた。
この家で普段使っている部屋には、日本の技術が溢れている。
けれど、それらはこの世界からすればあまりにも異質なため、神様がこの世界仕様のダミーの部屋も準備してくれていた。
今二人を通したのは、ダミーの部屋だ。
二人に座ってもらい、お茶とお茶菓子を用意して私も席に着く。
紅茶を一口飲むと、二人に向き合った。
「それで、村長であるマルクさんが、わざわざ訪ねてくるほどの用事ってなんでしょうか?」
私が聞くと二人は息を吸い込み、がばっと深く頭を下げた。
「頼む、メリアくん。市場に出店してくれないだろうか!」
「へ……?」
多分その時の私は、本当に間抜けな顔をしていたと思う。だって、二人ともあんなに真剣で切羽詰まった顔をしているのに、ただの市場への出店の話だったんだもの。
「あんな事件があったあとだ。君も嫌な思いをしただろう。だが、君の作るものを村の者だけではなく、市場に来る商人や冒険者たちも楽しみにしているんだ。だから、もしメリアくんさえよければ出店してもらえないだろうか」
マルクさんに続き、ジャンさんも口を開いた。
「こっちにもさー、その問い合わせがたくさん来てて、結構困ってるんだよねぇー。不安なら冒険者を護衛につけるよー。もちろん、信用できる人をねー」
「あ、あの、私が市場に出ると村の皆さんの迷惑になるんじゃ……」
実は、前回あんな事件になってしまったので、また迷惑をかけてしまうんじゃないかと思って、ずっと市場への出店を控えていた。店のほうに来てもらえればいいかな? という軽い気持ちもあった。
確かに遠いとは言われたけれど、ここ最近はお客さんも少ないが来てくれるようになった。
最近のお客さんは修理にしろ研磨にしろ、加工したいものをまとめて持ってきてくれていた。おそらく、村で取りまとめて店まで来てくれているんだろう。だから、それでいいと思っていた。
けれど私の言葉を聞いたマルクさんは、激しく首を横に振る。
「出店が迷惑なんてことは、絶対にない! それに、もう二度とあんな事態が起こらないよう対策は練った!」
「皆、事件のことを気にしてお願いしづらくてねー。様子を窺いつつ、君がまた出店すると言ってくれるのを待ってたんだよー。でも、ずっと要望は来ていたのー。ダメかなー?」
尻尾をくねくねと動かして、ジャンさんが少し首を傾げる。うぅ……可愛い。
そういえば、時々市場に顔を出すと、そのたびに村の人からちらちらと視線を送られていたような気がする。
私によくしてくれる村の人たちの顔を思い浮かべながら、私もできることをしよう、と決意した。
またあんなことがあったら……と思うけど、次からは絶対にフローたちから離れないようにすれば大丈夫だよね。
私は二人のほうを見て伝える。
「わかりました! 出店します‼」
二人は顔を見合わせてほっとした表情をみせた。
そうして次の市場への出店を決めた私は、何を出すかを二人とともに話し合うのだった。
そして迎えた市場の日!
私は品物を並べながら出店の準備をしていた。
今日のお供はフローとルビーくん。ポケットに入るミニミニコンビだ。
ここまで連れてきてくれたオニキスは、この村唯一の宿屋『猫の目亭』の看板娘ミィナちゃんにお願いして預かってもらった。
真っ黒な鶏のオニキスは、その見た目ゆえに食用に見られがちな上、攫われそうで怖いしね。
セラフィとアンバー、ラリマーはお留守番だ。
『心配だから私から離れたくない』と言う皆の顔を思い出すと申し訳なくなるけれど、これにはわけがある。
普段は静かなこの小さな村だけど、市場の日だけは特別だ。
朝から賑わい、メインの道路にはたくさんの露店が立ち並んでいる。
ちょっとしたお祭り気分になる市場の日には、多くの冒険者をはじめ、周囲の村からも人が集まるのだ。
そんな中で皆が集まっていると、多くの動物を引き連れた私が目立たないわけがない。
そうすれば、皆が神獣の眷属だとバレてしまう可能性が高くなる。実際に、以前ジャンさんにはバレているわけだし、他に気づく人がいてもおかしくない。
神獣の眷属は、人や生き物に興味を示さないと知られている。
そんな彼らが私に懐いていることを見られて、私の秘密がバレてしまうと困るのだ。
こうして市場で馴染みのない人々を見ると、対策しておいてよかったと思う。
私にあてがわれた露店の前には、いつの間にか期待に満ち溢れた人たちが、始まりの合図を今か今かと待ちわびている。
バーゲンセールのような激しい戦いになるだろう。
そんな予想をして苦笑しながらも、自分の品物が望まれていることに嬉しくなる。
出店を決めてよかった。
「これでよし! と」
準備をし終えてふぅと汗を拭っていると、隣の露店の男性が声をかけてきた。
「よぉ、ねーちゃん」
「あ、肉屋の!」
私が初めて参加した市場で、オニキスを神獣の眷属とは知らずに売りものにしてしまった商人だ。
初めての出店の時もお世話になり、その後も縁があって彼からお肉を買うようになった。今ではすっかり顔馴染みで、名前も教えてもらった。イェーガーさんだ。
「わぁ、また一緒なんて嬉しいです!」
「はは、偶然は続くもんだ。ここまで行くと縁だな。どうせ、また開始から飛ばすんだろ。手伝ってやるよ」
「本当ですか、助かります」
私の店の前に並ぶ人々を見て、イェーガーさんは腕まくりをする。
手伝いを買って出てくれた彼に、私は心から感謝した。
「まぁ、お得意様だからな! また、肉買ってくれよ」
「もちろんです!」
始まりの鐘の音が鳴ると同時に、並んでいた人たちが一気に押し寄せてくる。
私が最初に並べたのは、鍋やフライパン、包丁などの家庭で使う調理器具だ。
それらが売り切れてから、武器や防具を並べる。
これは、マルクさんとジャンさんが来た時に相談して決めたことだった。
村人と、冒険者や商人が求めるものはそれぞれ違う。
武器や防具をあとに回すことで混雑を抑え、余計なトラブルを生まないようにと考えたのだ。
また、数に限りがあるので、武器や防具は一人六点までと定めている。
マルクさんとジャンさんは、商人たちの買い占めを抑制するためだと言っていた。
六点にした理由は、防具を求めている人への配慮だ。
防具は兜、鎧、籠手、靴、盾と、いろいろな種類が存在する。全身を守ろうとすれば、それくらい必要になってしまうのである。
というわけで、すべての防具と武器を一式揃えられるよう、一人六点までに決めた。
また、買える数を制限することで、買う人たちは少しでもいいものを求めて吟味する。
そうなれば、購入するまでに時間がかかるので、会計をするこちらも少し余裕ができて一石二鳥だ。
実際、買う人たちは悩んでくれて、私はゆっくり会計できた。この作戦は概ね成功と言える。
おかげで目を回すことなく、お昼頃にはすべての品物を売ることができた。
手伝ってくれたイェーガーさんにお礼を告げて、ゆっくりと片づけをし始めた時。
「ねぇ。少しいいかしらぁ?」
少し間延びした女性のような口調の、意識された裏声が聞こえた。
顔には美しく化粧がされているけれど、肉体はがっしりしていて、綺麗なドレスは窮屈そうに伸び切ってしまっている。
「は、はい?」
私が困惑しながら返事をすると、その人は口角を吊り上げた。
「んまぁ、可愛らしい子ね。わたくし、かの有名なシュレヒト商店の商人、マンソンジュよぉ。以後よろしくねぇ」
しゅ、しゅれひと商店……? 有名なの?
「それでね、話というのはぁー」
「おい。約束を忘れたのか?」
私を助けるように、イェーガーさんが間に入ってくれたけれど……約束ってなんだろ。
「あらぁー? お話はダメなんて言われてないじゃない」
マン……ソンジュさん? が不敵に笑い、イェーガーさんと睨み合う。
険しい表情のイェーガーさんは、野次馬の一人に声をかけた。
「おい、そこの。村長かギルド長を呼んで来てくれ」
「わかった」
あらかじめ決まっていたかのように、その人は戸惑うことなく駆け出す。
すると、マンソンジュさんが声を荒らげた。
「んもぅ! めんどくさいわねぇ。ちょっとお嬢さんとお話しするだけじゃないっ!」
「こいつは訳ありだから、村長かギルド長を通す。そういう約束だろう?」
「だーかーらー! お話だって言ってるじゃない。お友達になるのに、保護者は必要ないでしょー? 商談でも交渉でもないったらー‼」
「信じられるか! おい、ねーちゃん。こいつんとこの商店はな、有名は有名でも悪名で有名なんだよ。気をつけねぇーとぱっくり食われちまうぞ」
しばらく二人のやりとりを聞いていた私だけど、イェーガーさんの一言に驚いてしまう。
「え、ええ。そうなんですか⁉」
「んまー! 失礼しちゃう! そんなことないわよ‼」
マンソンジュさんは、イェーガーさんにきーっ! と怒りながら否定した。その姿からは想像もできないのだけど、悪質な商人なのかな?
「メリアくん! イェーガーくん!」
私が首を傾げていると、マルクさんが息を切らしながら走ってくる。イェーガーさんがそれにすぐ気づいた。
「お、来たな。村長さん」
「遅くなってすまなかった。ありがとな」
「いいってことよ。そこの奴さんが、このねーちゃんについての約束を忘れちまったみたいでな」
「そうか。すまないが、ギルドまで一緒においでいただけるかな?」
マルクさんが厳しい面持ちで見つめると、マンソンジュさんは顔を真っ赤にする。
「んもぅ、いいわよ‼ ちょっと、お話がしたかっただけなのにっ! エスコートも結構よ! サヨウナラっ‼」
ふんっと怒りながら背を向ける姿に、イェーガーさんとマルクさんは呆れた様子でため息をついた。この騒動を見ていた、何人かが去っていく。
「マルクさん……?」
私は状況がわからず、マルクさんを見る。すると彼は、苦笑を浮かべた。
「メリアくん、少し場所を変えて話をしよう」
「はい。わかりました」
私もちゃんと話を聞きたいので、その提案を受け入れる。するとマルクさんは、私の手を取り歩き出した。
「あ、片づけっ!」
「代わりにやっといてやるからあとで来い」
ふと思い出して店を見ると、イェーガーさんがそう言って見送ってくれる。
「ありがとうー‼」
私は笑顔で、イェーガーさんにお礼を言った。
そうしてマルクさんに連れていかれた先は、ギルド長室だった。
この部屋には、盗聴対策が施されているらしいので、私の秘密――異世界人だということや、眷属のことも話せる。
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