上 下
11 / 14

11

しおりを挟む
あの後、トルテさんは私が話そうとしても聞く耳持たず。足早に私の居室で着くともう出ない様にときつめの口調でいうとそのまま出て行ってしまった。

失敗したなぁ・・・

ソファの背もたれに身を預けながら思う。部屋から出てというか、落ちてしまったのは不可抗力だったけれど、トルテさんにあんな顔をさせるつもりではなかった。
あんな、後悔に満ちた顔。

「なにやってるんだろ、私・・・」

カレンだった頃の思考で、その感覚で動いて結局人に迷惑をかけてしまった。はぁ・・・とため息をつくと机の上の大量に積まれた本を見る。
この本はおそらくトルテさんが私の為に持ってきてくれたものだ。背筋や歩き方で動けない私に、知識だけでも詰め込もうと持ってきてくれたのだろう。
それなのに、部屋にいるはずの私がいなくてビックリしただろうな。慌てて探してくれていたのだろう。そしてあの場面に遭遇した。
私の身勝手な行動で、トルテさんは現状は主人フェルデの来客である私が殴られたのを見てしまった。
「ここから動くな」は私を守るためだけではない。あの使用人であるナナリーって子達が嫉妬にかられて何か仕出かしたりしないよう守る為のものだったのだ。
カレンはお嬢様だった。沢山の人に囲まれて指示すればすぐに何でもいうことを聞いてもらえる環境にあった。花だって、自身が欲しいとねだればその立場上断られる事もなかった。利奈であった時は人の庭の花を摘もうとしたりはしなかった。カレンの記憶に引き摺られたとしか思えない。

「今の私はリーナであって、カレンじゃないのに」

彼はそれも視野に入れていたのだろうか?だから私に使用人としての心構えを、態度を、決まりを教え込もうとしていたのだろうか。



持ってきてくれた本は紅茶の種類やその茶葉に合うお茶菓子等が色々と書かれていた。フェルデの周囲の友人関係の資料もある。それらをじっくりと読んでいると。

「リーナ、入りますよ」

そういってこちらの返事を待たずに部屋に侵入してきたのはヴィーグさんと、トルテさんだった。トルテさんはドーム型の蓋をした皿を載せたキッチンカートを押している。
おそらく私の夕食を持ってきてくれたのだろう。

「少し頬が赤くなってますね」

早々に私のそばまでくると、ヴィーグさんはくいっと顎を掴むと逆の手でナナリーに叩かれた頬を優しく撫でる。

「まったく、貴方は止まるという事を知らないのですか?」
「・・・ごめんなさい。私、本当に中途半端だって気づいた。これからは気をつける」
「意図がわかったのですね」
「うん。あのままの私なら本来の目的である彼女カレンを守る事もできずに立場を弁えない使用人として、フェルデ、様にも貴方にも迷惑をかけたと思う」
「では、今貴方がしなくてはいけない事はわかりますか?」

ヴィーグさんが私を試すように見つめる。
頷くと、私はトルテさんの方を向き頭を下げた。

「先程は命令に逆らい、部屋から出て申し訳ありませんでした。その間に起こった事は私の咎です。他の方々には何の非もありません。どうか、私を罰してください」
「・・・・・・」

トルテさんが吐息を呑み、ヴィーグさんにどうすればいいのかという視線を送っているのが何となくわかる。

「か、顔をあげてください」

顔をあげると、彼女は戸惑っているけれど、何処か嬉しそうな、複雑な表情を見せる。

「ヴィーグ様に貴方を託された時に私は覚悟を決めています。今回は初回という事で目をつぶりますが、次はないと思ってください。それとこれは夕食です。ここで食べるように。・・・今日はもう部屋から出ないでください」
「わかりました。本当に申し訳ありません」
「70点といったところですね」
「ヴィーグ、様」
「言葉はいいですが、行動に気をつけてください。それと・・・これを」

目の前に出されたのは甘く香る花。
確かあの庭師の青年がくれたものと同じものだ。

「ルーファより預かりました。最初に渡したものはナナリーに取られてたからこっちをと」
「ありがとうございます。・・・落ち着きます」
「いえ、私も配慮が足りませんでしたね。この程度のことで貴方の気持ちが落ち着くのなら早くしておけばよかった」
「この匂い、家の庭に植えていた花の匂いに近いんです」
「・・・故郷の匂いということですか?」
「ええ。リーナが、カレンに引き込まれないように・・・」
「でしたら、この状態ではすぐに香りが消えてしまいますね。もう一度、渡してもらえますか?」
「え、あ、はい」

思惑ありげにうなづくとヴィーグさんは私から受け取った花をぎゅっと握りしめた。

「ちょ、何してるんですか!?」

思わず焦ってヴィーグさんの手を開こうとするとヴィーグさんはにっこりと笑って「大丈夫ですよ」というと短い呪文を唱える。途端にヴィーグさんの手がぶわぁーと光る。

「???!」

光が収まり、ヴィーグさんが手を開くとそこには綺麗なルビーのような色の丸い石があった。

「これは香玉かおりだま。花の匂いを閉じ込めたものです」
「は、はあ?」
「匂ってごらんなさい」

顔に玉を近づけられ、クンクンと匂いを嗅ぐと確かにあの花の匂いがした。
それを、細かい細工の入った金色のダイヤの形をしたペンダントトップに入れると私の首にかけてくれる。
ふんわりと香る花の匂い。

「これは、私のような者が使える秘術の一つでね。香水がわりになるんですよ」
「いいんですか?そんなものをもらって」
「貴方の意思を問わず連れてきたのは私です。これぐらいの贈り物、なんて事はありませんよ」
「・・・ありがとうございます」

ダイヤの形の中にコロンと転がるルビー色の丸い石。
その気遣いが嬉しくて思わず微笑む。

「こほん・・・」

わざとらしい咳が聞こえ思わずそちらを向くと、居た堪れ無さそうなトルテさんが困った顔でこちらを見ていた。
しおりを挟む

処理中です...