【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜

鳥見 ねこ

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1章 プロローグ

0.魔王と勇者

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 その扉は死神の笑い声のような音をたてて開き、またその扉を開けた者は、さながら死神のようなものだった。
 いや、違う。
 本当はこの世を救う救世主だろう。『勇者』なのだから。
 ただ、この広い謁見の間で待つ魔王からしたら死神だった。

「よく来たな、勇者。私がこの魔の島を統べる魔王だ」
「魔王……やっと会えたな」

 にやりと笑った勇者の口から出たセリフは、どこか待ち合わせた恋人に囁くセリフに似ていると魔王は思う。
 本当のところ、そのセリフには『やっと見つけたお前を倒しにきた』という意味が込められているんだろうが。

 人間の大帝国から海を挟んだ魔の島へ、人間軍が攻め込んできたのはつい1ヶ月前の事だった。
 人間の国がある大陸と魔の島の間には、潮の流れが頻繁に変わり読めない海流、浅い岩礁など、帆船を阻む海が広がっている。
 また、魔物も多く、下手に近づくと海へ引き摺り込まれる魔の海域でもある。
 本来なら、そう簡単に海を渡ることはできない。
 それも数人ならともかく、軍のような大規模なものはかつてなかった事だ。

 冷戦状態はもう5年ほど続いている。ただ、人間側が勇者パーティを迎えたことで攻勢を強め、決定的に攻め込まれたのはつい最近だった。
 人間軍は勇者パーティを陣頭に大軍を率いて海を渡り、魔の島湾岸まで攻め込んで来た。
 そして今、魔王城すら攻め落とされようとしている。

 演劇などで語られる物語なら、ここで魔王と勇者の最後の決戦があるだろう。
 これがそのような物語なら、もしかすると魔王にとっての死神――勇者を倒せば、人間軍を人間の大陸まで押し戻す事も可能かもしれない。
 もちろん、人間が語る物語でそのような展開は無いだろうが……理屈としては可能という意味だ。
 目の前にいるこの勇者の圧倒的な力があっての進軍なのだから、勇者を倒せれば人間軍も瓦解するだろう。

 だが、そううまくは行かない。
 それを何より魔王自身が分かっていた。

 夕暮れ、赤く染まった夕陽が謁見の間の大きな窓からななめに光を差しこんでいる。
 暗い扉のそばから夕陽の下に歩みを進めた勇者は、深いフードを被っていた。
 そのため少し笑みに歪む口元しか容貌が分からなかった。

「俺のここまでの道のりを見ていたか?」
「ああ、そこの水盤で見ていた」

 鮮明ではないが、水盤は魔の島ならばどこでも映せる遠見の魔導具だ。
 魔王はここで、勇者一行と軍の侵攻を水盤で見張り、それを阻むように魔王軍を派遣し、戦況を見守ってきた。
 だが、魔族は力押ししかしない。
 それがこの種族のプライドであり、特性だった。
 魔力や腕力の飛び抜けて強い者たちが、魔物を引き連れて正面からぶつかり散っていった。
 魔王の立てた作戦など、あって無いようなものだった。

 魔王はそれを止める事も出来ず、結果玉座に座り勇者を待つしかなかった。
 魔王の濡れたような艶のある長い黒髪は、俯く白い相貌に影を作った。
 金色の瞳にも長いまつ毛の影が落ちる。

「俺は前魔王を殺し、王子達を殺し、ここまで来た。それはつまり、あんたの親兄弟を殺してきたということだ」
「それは大変な死闘だっただろう。皆、強い者ばかりだ」

 魔族なら、戦いで散るその勇姿を讃えなければならない。
 それが親だろうと、兄だろうと。

 勇者はまたゆっくり歩みを進めて魔王に近づいていた。
 だからこそ鼻で笑った事が見て取れた。
 勇者というには少し性格が悪そうだぞ、と魔王はふと思った。

「いや、弱かった。今の俺にとっては目の前の蝿を払うようなものだった」
「おまえは、そんなに強い人間なのか。人間とは本来、寿命の短き弱き生き物。真っ向から対峙して魔族に対抗しうるなど、今までそう見なかったが……人間としては異常な強さだな」

「ああ、自分でもそう思う。誰かさんに、そうされたからな」

 魔王の目の前に立つ勇者は、もう手が届く距離だった。
 魔王は逃げない。
 もしこの勇者が魔王の首を掴み、その剛腕で締め殺そうとしてきたとしても、その手を振り払いもしないだろう。
 魔王に戦いの意思は無かった。

 勇者の手が伸び――だが、魔王の長い髪をひとつまみ、つまんだだけだった。

「髪が……長い」

 フードから覗く酷薄な笑みを浮かべていた口元に、魔王の黒髪が押しつけられる。
 その行為に魔王はゾクリと背を震わせた。
 勇者の口元の笑みが消えた。

「昔のあんたは短い髪をしていた。あれから10年、ずっと伸ばしていたのか」
「なに……を」

 勇者がフードを後ろに落とした。
 光を集めたようにプラチナブロンドが輝く。瞳は森の中の湖のような澄んだ緑と、ライオンのようにギラギラ光る黄金のオッドアイ。
 額には緑の宝石をつけた額飾りが第3の目のように輝く。
 凛々しく端正な顔立ちは、先ほどの性格が悪そうな言動が信じられないほどで見惚れる。

「覚えているか?」

 魔王は覚えていた。
 その美しい容貌を。

「あんたのペットだった俺を」
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