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ロードムービーの主人公
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普段に生活には期待するするものなんてなかった。
だけど、現在のこの状況にはやや興奮している。
安いロードムービーの主人公になった気分だ。
映画はあんまり観たことないけど・・・。
頼んだ料理はそんなに待たずに運ばれてきてた。俺たちは行儀の悪さなんて気にせず、口に物が入ったまま話を続けた。
「これ食べたら、エバンのショッピングモールで必要な物買いこんで、なるべく早く街の中心から離れよう。俺たちの捜索願が出るかもしれないからな」
「まだ、大丈夫だと思うけど、夜になれば確実に病院にいないことに気づくよな。そしたら警察とかも動き出すかもな」
「ついに俺たちも指名手配になるのか」
史彦は確実に嬉しそうだ。きっとマンガの読み過ぎだ。
ふと母の顔を思い出した。結局、自分は迎いに来てくれた母をあざむくような形で病院を抜け出してしまった。俺がいなくなったことは担当医に、父親に話が飛んでいき、火がついて、大変なことになるだろう。
今ごろ、病院はどうなってるんだろう。俺はさっき視界に飛びこんできた二階から自分たちを悲しいまなざしで見つめていた太一のことを思い出していた。
「あのさ、俺が担ぎこまれた病室に小学生の男の子が入院してたんだ」
「太一のことか?」
「なんだ、知ってたのか」
「あいつ、いつも病院中をうろうろしてるからな」
史彦も太一のことを認識している。なら話も早い。
「昨日、一緒に遊んでてさ、すっかり仲良くなったんだ。あいつも連れてきたらよかったなあ」
史彦も俺と同じ意見で返事返してくれるものだと思っていた。
「あいつはダメだよ。連れてきたら足手まといになる」
断ち切るように冷たく言い放った。
「なんでだよ。あいつそんなに悪いやつじゃねえよ」
「重い病気だからな。聞いていないのか?」
「心臓の病気だってきいたけど」
「そう、心臓の病気だ」
史彦は表情を変えずに言う。
「あいつ、そんなに悪いのか?」
「俺は医者じゃないからな。本当のことは何も知らねえよ」
知らないというより話したくないという態度だった。
史彦はハンバーグにつけ合わせられた野菜とポテトにほとんど手をつけず、口をモグモグ動かしたまま、ガイドマップを開いた。
「亜蘭山の場所、大丈夫か?」
「それが、県のエリアのどこを探してもさ、見つからないんだ」
「探せていないだけだろ。かしてみろよ」
俺は食事の手を休め史彦のガイドブックをぶんどった。
「地図なんて見ることないからなあ、小学生以来かも」
地図の見方ではない。こいつはきっと地図アプリさえまともに使ったことがないのだろう。
国道十三号線を指で目でなぞっていき、赤沢市まで下らずに小畑町らへんで七ヶ宿街道に入る。そこから道なりに進んでいくと・・・・・
あれ? 亜蘭山の名前がない。
「山の名前がないな」
「えっ?」
俺が間違っているのか? 過去に行ったことがあるからだいたいの場所と道順は問題ないと思ったんけど。昔の記憶はあてにならなかったかもしれない。
「ここらへんであることは間違いないはずなんだけどな」
俺は指差した箇所を史彦にわかるように見せた。
「俺もそこらへんだと思ってた。子どものころの記憶だけどな」
俺はしばらく考えこんでしまった。
「近くまで行ったら地元の人に聞いてみようぜ」
「う~ん。そうするか」
人口の減少が原因で市町村が合併をして名前が変わることは珍しくはないが、山の名前が変わるなんてことはあるのだろうか? そんなことを思いながらファミレスの会計を割り勘ですませ、車の助手席に戻った。
次に向かうのはエバンという大型のショッピングモール。そこで着替えの他に必要な物を買う。俺は病院から直接出てきたので何も持っていないのだが、史彦も荷物らしい物は何も持っていない。
「お前、何も持ってこなかったのか?」
「ああ、俺も一緒に買うよ」
この先もまだまだ出費がありそうだ。ファミレスを出て、四車線の西バス通りを上城方面にまっすぐ走れば、エバンの大きな建物は見えてくる。併設されているタワー駐車場は入る時に駐車券を受け取り、買い物した金額に応じて、料金が割引なるタイプのものだった。
残念ながら史彦はうまくいかず、シートベルトを外し、運転席から身を乗り出しながら駐車券を取った。
駐車場の車の数に対して、建物の中は人が多かった。
食品売り場は主婦でごった返している。その景色を横目に俺たちはエスカレーターに乗って三階のメンズの洋服売り場に向かった。数種類の下着と靴下とTシャツを選んでカゴに入れた。Tシャツを選ぶのには時間をかける必要があった。通常の男子高校生の体格より大きい俺はわずかなサイズちがいで着れないという事態になる。
俺が選んでいる間に史彦がしびれを切らすかもと思っていたが、あいつのほうが靴下のガラが決まらないとか、どうでもいいことに時間をかけていた。
あいつが早く市内から離れようって言ったのに。俺はあきれて何も言わず、同じ階の書店のコーナーに向かう。
ぐるっとコミックから雑誌のコーナーまで一巡した後に目に入ったのは東北道路地図という黒い背景にリンゴが写されたシックなデザインの書籍であった。
すぐさま手に取ったらずっしりと分厚い重量感が伝わってきた。これなら史彦の持っていたガイドマップより詳しく載ってるはずだとページをめくった。
何度も亜蘭山の場所は確認したが、名前は載っていない。そして、ある重大なことに気がついて目を疑った。
目的地としていた亜蘭山が存在するはずのF県からなぞった道路がすでに隣のN県にまたがっていたのだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、自分の目を疑ったが、すぐに我々の間違いだったことに気づいた。
亜蘭山の名前は知っていた。嘘ではない。俺は史彦が自信満々にF県の亜蘭山だと言うから、その情報を信じた。
史彦の判断もしょうもない雑誌の暗がりかかった写真からの推測だ。仕方ない。
そもそもが薄っぺらい情報なのだ。
俺はすぐこの地図をレジに持って行き、史彦の前に突き出してやろうと思ったが、踏みとどまった。
ひっくり返してバーコードの下の値段を確認した。二千八百円という金額はかなり痛い。自分でもケチだなと思いつつ、書店コーナーを後にして、史彦の場所へ戻った。
のんきに自分の服を選んでいた史彦に声をかけた。
「おい、いつまで選んでんだよ。早くしろよ」
売り場の隅っこで会計のすんでいな衣類を詰めこんだカゴを脇にかまえ、丁寧にアウターを鏡の前で自分の体に当てて、悩んでいた。
「なあ、亜蘭山の場所、F県じゃなくてN県だったぞ」
「えっ、どういうこと?」
商品を広げたまま史彦は固まった。
「なんでお前、亜蘭山のこと知ってたんだ?」
「いや、だいたい合ってると思ってた。俺ちょっとレジ行って、金払ったら着替えてくるから、待ってて」
自分の非を詫びようともせず、カゴを持ち上げて売り場中央のレジに向かう史彦の後ろ姿に言った。
「早くしろよ」
俺は史彦とは反対方向に歩いて店内に設置されている品数が少ない自販機でコーヒーを買って、隣のベンチに座った。
すぐにポケットに入っていたスマホから振動が伝わってきた。
画面を確認すると、母からの着信だった。時間が経てば絶対にかかってくるだろうと思っていた。
画面を眺めたまましばらく何もしないで、液晶が光を放つの止めるまで待った。約三十秒くらいだった。
右側のボタンを長押しして電源を切った。
もう、このスマートフォンに電源を入れることはしない。自分の背後の道を完全にシャットアウトする姿を想像した。
俺は立ち上がって、戻ってきた史彦と車に向かった。黒いジャケットっぽいアウターを着ていた史彦は高校生らしく見えなかった。
「あとはどっかよりたい場所はあるか?」
「いや、いい。このまま赤沢市を出よう」
「了解」
そう言って、史彦はアクセルをさらに踏みこんだ。
だけど、現在のこの状況にはやや興奮している。
安いロードムービーの主人公になった気分だ。
映画はあんまり観たことないけど・・・。
頼んだ料理はそんなに待たずに運ばれてきてた。俺たちは行儀の悪さなんて気にせず、口に物が入ったまま話を続けた。
「これ食べたら、エバンのショッピングモールで必要な物買いこんで、なるべく早く街の中心から離れよう。俺たちの捜索願が出るかもしれないからな」
「まだ、大丈夫だと思うけど、夜になれば確実に病院にいないことに気づくよな。そしたら警察とかも動き出すかもな」
「ついに俺たちも指名手配になるのか」
史彦は確実に嬉しそうだ。きっとマンガの読み過ぎだ。
ふと母の顔を思い出した。結局、自分は迎いに来てくれた母をあざむくような形で病院を抜け出してしまった。俺がいなくなったことは担当医に、父親に話が飛んでいき、火がついて、大変なことになるだろう。
今ごろ、病院はどうなってるんだろう。俺はさっき視界に飛びこんできた二階から自分たちを悲しいまなざしで見つめていた太一のことを思い出していた。
「あのさ、俺が担ぎこまれた病室に小学生の男の子が入院してたんだ」
「太一のことか?」
「なんだ、知ってたのか」
「あいつ、いつも病院中をうろうろしてるからな」
史彦も太一のことを認識している。なら話も早い。
「昨日、一緒に遊んでてさ、すっかり仲良くなったんだ。あいつも連れてきたらよかったなあ」
史彦も俺と同じ意見で返事返してくれるものだと思っていた。
「あいつはダメだよ。連れてきたら足手まといになる」
断ち切るように冷たく言い放った。
「なんでだよ。あいつそんなに悪いやつじゃねえよ」
「重い病気だからな。聞いていないのか?」
「心臓の病気だってきいたけど」
「そう、心臓の病気だ」
史彦は表情を変えずに言う。
「あいつ、そんなに悪いのか?」
「俺は医者じゃないからな。本当のことは何も知らねえよ」
知らないというより話したくないという態度だった。
史彦はハンバーグにつけ合わせられた野菜とポテトにほとんど手をつけず、口をモグモグ動かしたまま、ガイドマップを開いた。
「亜蘭山の場所、大丈夫か?」
「それが、県のエリアのどこを探してもさ、見つからないんだ」
「探せていないだけだろ。かしてみろよ」
俺は食事の手を休め史彦のガイドブックをぶんどった。
「地図なんて見ることないからなあ、小学生以来かも」
地図の見方ではない。こいつはきっと地図アプリさえまともに使ったことがないのだろう。
国道十三号線を指で目でなぞっていき、赤沢市まで下らずに小畑町らへんで七ヶ宿街道に入る。そこから道なりに進んでいくと・・・・・
あれ? 亜蘭山の名前がない。
「山の名前がないな」
「えっ?」
俺が間違っているのか? 過去に行ったことがあるからだいたいの場所と道順は問題ないと思ったんけど。昔の記憶はあてにならなかったかもしれない。
「ここらへんであることは間違いないはずなんだけどな」
俺は指差した箇所を史彦にわかるように見せた。
「俺もそこらへんだと思ってた。子どものころの記憶だけどな」
俺はしばらく考えこんでしまった。
「近くまで行ったら地元の人に聞いてみようぜ」
「う~ん。そうするか」
人口の減少が原因で市町村が合併をして名前が変わることは珍しくはないが、山の名前が変わるなんてことはあるのだろうか? そんなことを思いながらファミレスの会計を割り勘ですませ、車の助手席に戻った。
次に向かうのはエバンという大型のショッピングモール。そこで着替えの他に必要な物を買う。俺は病院から直接出てきたので何も持っていないのだが、史彦も荷物らしい物は何も持っていない。
「お前、何も持ってこなかったのか?」
「ああ、俺も一緒に買うよ」
この先もまだまだ出費がありそうだ。ファミレスを出て、四車線の西バス通りを上城方面にまっすぐ走れば、エバンの大きな建物は見えてくる。併設されているタワー駐車場は入る時に駐車券を受け取り、買い物した金額に応じて、料金が割引なるタイプのものだった。
残念ながら史彦はうまくいかず、シートベルトを外し、運転席から身を乗り出しながら駐車券を取った。
駐車場の車の数に対して、建物の中は人が多かった。
食品売り場は主婦でごった返している。その景色を横目に俺たちはエスカレーターに乗って三階のメンズの洋服売り場に向かった。数種類の下着と靴下とTシャツを選んでカゴに入れた。Tシャツを選ぶのには時間をかける必要があった。通常の男子高校生の体格より大きい俺はわずかなサイズちがいで着れないという事態になる。
俺が選んでいる間に史彦がしびれを切らすかもと思っていたが、あいつのほうが靴下のガラが決まらないとか、どうでもいいことに時間をかけていた。
あいつが早く市内から離れようって言ったのに。俺はあきれて何も言わず、同じ階の書店のコーナーに向かう。
ぐるっとコミックから雑誌のコーナーまで一巡した後に目に入ったのは東北道路地図という黒い背景にリンゴが写されたシックなデザインの書籍であった。
すぐさま手に取ったらずっしりと分厚い重量感が伝わってきた。これなら史彦の持っていたガイドマップより詳しく載ってるはずだとページをめくった。
何度も亜蘭山の場所は確認したが、名前は載っていない。そして、ある重大なことに気がついて目を疑った。
目的地としていた亜蘭山が存在するはずのF県からなぞった道路がすでに隣のN県にまたがっていたのだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、自分の目を疑ったが、すぐに我々の間違いだったことに気づいた。
亜蘭山の名前は知っていた。嘘ではない。俺は史彦が自信満々にF県の亜蘭山だと言うから、その情報を信じた。
史彦の判断もしょうもない雑誌の暗がりかかった写真からの推測だ。仕方ない。
そもそもが薄っぺらい情報なのだ。
俺はすぐこの地図をレジに持って行き、史彦の前に突き出してやろうと思ったが、踏みとどまった。
ひっくり返してバーコードの下の値段を確認した。二千八百円という金額はかなり痛い。自分でもケチだなと思いつつ、書店コーナーを後にして、史彦の場所へ戻った。
のんきに自分の服を選んでいた史彦に声をかけた。
「おい、いつまで選んでんだよ。早くしろよ」
売り場の隅っこで会計のすんでいな衣類を詰めこんだカゴを脇にかまえ、丁寧にアウターを鏡の前で自分の体に当てて、悩んでいた。
「なあ、亜蘭山の場所、F県じゃなくてN県だったぞ」
「えっ、どういうこと?」
商品を広げたまま史彦は固まった。
「なんでお前、亜蘭山のこと知ってたんだ?」
「いや、だいたい合ってると思ってた。俺ちょっとレジ行って、金払ったら着替えてくるから、待ってて」
自分の非を詫びようともせず、カゴを持ち上げて売り場中央のレジに向かう史彦の後ろ姿に言った。
「早くしろよ」
俺は史彦とは反対方向に歩いて店内に設置されている品数が少ない自販機でコーヒーを買って、隣のベンチに座った。
すぐにポケットに入っていたスマホから振動が伝わってきた。
画面を確認すると、母からの着信だった。時間が経てば絶対にかかってくるだろうと思っていた。
画面を眺めたまましばらく何もしないで、液晶が光を放つの止めるまで待った。約三十秒くらいだった。
右側のボタンを長押しして電源を切った。
もう、このスマートフォンに電源を入れることはしない。自分の背後の道を完全にシャットアウトする姿を想像した。
俺は立ち上がって、戻ってきた史彦と車に向かった。黒いジャケットっぽいアウターを着ていた史彦は高校生らしく見えなかった。
「あとはどっかよりたい場所はあるか?」
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