シェアラブ

沙崎あやし

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シェアラブ

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 大学が始まってしばらくした頃に、カイは「シェアラブ」という秘密のグループを作った。メンバーはキミコ、レイカ、トール、そしてカイの四人。四人の共通点は、仲が良く、従来の恋愛に疲れていて、でも恋人は欲しい。端的に言えば、束縛される恋愛にうんざりしている連中の集まりだった。

 カイは昔から疑問に思っていた。高校の頃、一年年上の恋人が出来た。それは一ヶ月で別れた。理由は、カイが別の女性と遊びに行って恋人が激怒したからだ。もっと正確にいうと、「他の女子と遊ばないで」という恋人の懇願に「なんで?」と答えたからだ。

 カイにしてみれば、親しいと思っていた恋人だからこそ告白した心情だった。恋人同士というのは一対一の関係だそうだ。愛する者は、只一人の相手を愛さねばならないという。それがカイにはしっくりこない。

 好ましい、愛したいと想う相手が、なぜ一人に限定されるのだろうか? カイにとっては愛したいと想う相手が複数人いることが、ごく自然のことだった。カイにとっての愛情とは直線的ではなく、放射状だったのだ。

 無論、それは今の世の中の価値観には反する。だからずっと黙っていた。この人物なら理解してくれるかもと思ったが、結局拒絶された。カイにはこれが大層堪えてその後、高校生の間は恋人を作らなかった。

 大学で「シェアラブ」を作ったのは、同志が現れたからだ。最初はレイカ。彼女が大学で作った最初の恋人は、束縛の強い男だったらしい。カイの住むアパートまで逃げてきたレイカを追い掛けてきて、一悶着あった。別れることには成功したが、レイカも束縛の強い恋愛には懲りた。それで、カイの「シェララブ」の話に乗った。

 「シェアラブ」とは、つまり緩い恋愛関係の繫がりのことである。一対一でなく、多対多の恋愛関係。それを目指すグループだ。けして遊び相手を求める集団ではない。緩いとはいえ、あくまで恋愛である。それに賛同する者しか入れない。一年ほど活動をしているが、その間にメンバーはキミコとトールが加入した。それ以降、増える気配は無い。


 —— ※ —— ※ ——


 今日はキミコとのデートの日だった。駅前で待ち合わせ、都心まで出て軽くウインドショッピングをしてから昼食を食べ、映画を見る。

 キミコは無口な女性だ。黒髪と眼鏡という組み合わせは典型的な文学少女といった風情だが、実際その通りだ。今もじっと劇場のスクリーンを見つめている。周囲のことに関心が無いのか? と思われがちだが、カイはそうじゃないと感じている。

 彼女には彼女なりの、好意を示す表現がある。例えば、カイの視線をそっと追い掛ける仕草とか、肩が気持ち触れあう程度の距離感とか。それが彼女の愛情表現なのだ。しかしそれは元カレには理解されなかったらしい。

「カイは良いよね」

 ホテルに入って、二人でベッドの端に座っていると珍しくキミコが口を開いた。ぶらぶらと脚を揺らしている。

「何が?」
「カイは束縛してこないから。ほっとしていられる」
「そんなことを言われたのは初めてだなあ。大抵、放置するなって怒られる」
「カイの愛情は直線的じゃないから。ふんわりと周りを包み込む。その代わり独占出来ない」
「その辺りがよく分からない。独占欲って、なんだろうな?」
「きっとカイには一生分からないんじゃないかな。だからこのグループ、作ったんでしょ」
「そこまで考えていた訳じゃないけど。もしかしたら、自分と同類がいるんじゃないのかなあと思っただけだよ。——キミコは違うの?」

 カイがそう聞くと、キミコはちょっとだけ寂しそうに笑った。

「たぶん違うと思う。でも安心して、カイを束縛しようとは思わないから」


 —— ※ —— ※ ——


 翌週、カイはトールと一泊二日の温泉旅行に出掛けた。本当はレイカも参加予定だったが、バイトの予定がどうしても合わなく不参加となった。モデルのバイトも大変だ。

 カイとトールは温泉を堪能した後、縁側でビールを飲みながら涼んでいる。秋の気配が濃い。

「そういえばレイカが怒ってたぞ。最近カイがつれないって」
「つれないっていうか、遊びに行く予定をキャンセルされたのはオレの方なんだが」

 カイは微妙な表情を浮かべる。確かにここ最近、レイカとは会えていない。だがそれはレイカが忙しいせいだ。先日、湾岸の遊園地に行く計画を立てていたが、レイカの都合が付かなくなりご破算になった。カイが悪いわけじゃない。

「オレは一昨日、一緒に飲みに行ったぞ。相変わらず可愛いよな、レイナ。モデルになるだけはある」
「そうだな。仲良さそうで、オレも安心しているよ」

 カイが屈託なく笑う。その表情を見て、トールは眉をひそめる。

「そうか? お前はそれで良いのか?」
「何が?」
「オレとレイカが仲良くしても、それで良いのか?」
「? 言っている意味がよく分からない。仲良いのは、良いことじゃないのか? もしかして、何か問題でもあるのか?」
「いや……別に」

 トールは缶ビールをあおる。空だった。カイが新しい缶を開けて、差し出す。トールはそれを受取り、そして差し出したカイの手を握り締めた。

「カイには感謝しているよ。このグループに入って、人嫌いにならずに済んだ。レイカもキミコもイイヤツだしな」

 トールも恋愛に疲れた人間の一人だった。高校の時から恋人は出来るが、長続きしないことが多かった。一方的に惚れられることも多かった。挙げ句に元カノの一人から誹謗中傷を受けて、警察沙汰の一歩手前まで行ったこともある。

 そんなトールにとって「シェアラブ」は居心地が良かった。緩い恋愛関係というのが結構水にあっていたのか……。いや、そうじゃないか。

「たぶん、惚れられることはあっても、惚れたことは無かったんだな、オレ……」
「なんのことだ?」
「なんでもないさ」

 そういってトールは缶ビールを一気にあおった。


 —— ※ —— ※ ——


「結局、トールと二人きりで温泉行ったんだ? ホモか、ホモなんだな?」
「そりゃ、お前がキャンセルしたからな。料理は三人分で丁度良かった。ごちそうさま」
「くそ」

 レイカが隣で暴れている。カイとレイカは、カイのアパートでゲーム機に興じていた。もう深夜である。寝ようとしていたところに、レイカが突然転がり込んできたのだ。

「最近忙しそうだな」
「そりゃね。あたし美人だから、オファー来まくって困っているわけよ」

 レイカが鼻をツンと上げる。まあ美人というより可愛い系なのだが、指摘すると話が長くなるのでカイは黙っている。ゲームの勝敗はレイカの勝ちとなり、彼女は「やったー」と万歳してソファーに沈み込んだ。

「ほら、もう一時過ぎたぞ。そろそろ帰れ」
「この深夜に女を帰させる気か。泊まる」
「そうか」

 カイはテーブルの上に並んだコップや食器を台所まで持っていき、洗う。そのカイを、レイカが後ろから抱き締める。柑橘の香りがふわっと漂う。カイの手は止まらない。

「こないだ、キミコとデート行ったんだよね?」
「ああ、映画面白かったぞ」
「ホテルにも——行ったんだよね?」
「そうだな」
「トールと温泉行ったんだよね」
「それはお前が来なかったからな」
「全部キャンセルすれば良かったのに」

 レイカの指先が、カイの胸板に食い込む。その指先は少し震えている。

「やっぱり無理だ、あたし。——カイのこと、独占したい」
「それはレイカ、ルール違反だよ。「シェアラブ」では独占禁止だ。君だって、それで酷い目に合ってきただろう?」
「そうだけど! でもそれでも……ッ、カイには誰にも触れて貰いたくないし、カイにはあたしのことを独占したいって思って欲しい」
「それは」

 カイはそれ以上の言葉を言えなかった。レイカがカイの身体を押し倒し、その唇で塞いできたのだ。甘い香りと共に舌が絡み合う。

「……なんであたし、こんなに独占したいとか思っているんだろ?」

 レイカは泣きながら、カイを求めた。カイは彼女の問いに答えることは出来なかった。カイに出来ることは、ただ、彼女を受け入れることだけだった。


 ——早朝。

 レイカはカイの元を立ち去り、そして「シェアラブ」は解散した。


 —— ※ —— ※ ——


 「シェアラブ」の試みの失敗は、カイに自分は異質であると改めて認識させた。自分の愛の形は異質なのだ。だから、普通と呼ばれる愛が理解出来ない。故に破綻する。そりゃそうだ、相互理解出来ないんだもの。愛が成立するワケが無い。

 反面、カイは随分と楽になった。自分の同類はついに見つけられなかったが、自分は異質であるということに納得がいったのだ。もう「そういうものだ」と納得もしくは諦めか。それがついたのだ。きっとそれが大人になるということなのだと、何となく感じた。

 ——でも。

 大学を卒業し、就職し、そして結婚した今でも思うのだ。いつかこの先、この異質な愛が満たされる時は来るのだろか。そんな夢を抱きながら、カイは今日も生きていく。


【完】
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