悪役聖女に転生? だが断る

日村透

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お仕置きのお時間

167. 可愛らしい鴨が身を守るための心得


 ウェルディエ皇国内での旅において、少なくとも街道を進んでさえいれば、だいたいはその日のうちに隣の宿場町に辿り着く。
 馬車で一日かけても隣町や隣村に辿り着かない場所は、メインルートから外れた地域であり、そういうところにはほとんど人が寄り付かないという。

 私は隊商の皆と平原で泊まるのが楽しかったけれど、それは大勢の仲間が一緒にいるからこそ、良い思い出に分類されているのだ。
 仮にひとりぼっちで野宿していたとしたら、心細さと恐怖で一睡もできなかったに違いない。
 果てしなく広がる美しい景色に感動できたのは、仲間がいて自分の身の安全が確保されていたからだったんだなと、最近しみじみ思う。

 霧の中の怪物の一件と、それからヒロインの誘拐エピソードを思い出してから、アロイス達に改めて感謝の念を覚えることが増えた。
 私が今こうして笑っていられるのは、彼らが守ってくれているからこそなんだと忘れてはいけない。

「そういえばジゼル、この国では商売はしませんの?」

 小さな宿場町で宿を取り、例のごとく同室になったジゼルに尋ねた。
 ウェルディエ皇国に入ってからこっち、アロイスの隊商が商売らしい商売をしているところを見かけたためしがない。
 隣の寝台に座ったジゼルがぱちりと瞬きをし、すぐ得心がいった顔になった。

「すみません、あたしらはいつものことなんで説明省いちゃってましたね。この国に戻る時は、仕入れ目的のことがほとんどなんで、売ることはあんまりないんですよ。今はほかの国で買い付けた商品なんかも特にないですし」

 今は商品がないと聞いて、少し恥ずかしくなった。
 そもそも私を連れて逃げることになったから、皇国で売るための品を他国で仕入れる暇なんてなかったはずだ。
 そこのところを失念していた自分に、心の中で頭突きを入れる。

「そ、そうでしたわね。失礼いたしましたわ。これから向かう国境の町で、わたくしが注意しなければいけないことは何かありますかしら?」
「そうですね。モニークの町と違って、あっちは他国の人間がいっぱいいるんで、注意しといてほしいです。セレ様はあたしらが言わずとも気を付けてくれると思いますけど、人さらいとかも多いんで、絶対お一人で行動しないでくださいね」

 ものすごくタイムリーな忠告だ。
 やはりそういう人種がいる場所なのか。

「賑やかでいいとこですけど、モニークみたいに総督が目を光らせてくれてる場所と違って、治安はそんなによくないです。よその国から来た奴が、その町で若い娘をさらってすぐに皇国を出ちゃうと、もうその娘は見つからないもんと思ってあきらめるしかないんですよ」
「他国では足取りを追いにくいから、ですわね。でもそれを許していては、誘拐犯のやりたい放題になってしまいそうですけれど……」
「もちろん、バレたらそいつはめちゃくちゃ厳しい罰を受けますよ。そういうことをやる奴はそのへんわかっていますから、目ぇつけられそうなやり方はしないんですよね」

 つまり片っ端から何人もかどわかすことはせず、いなくなっても咎められる恐れのなさそうな娘を狙うということか。
 たとえば、遠方から職を探しに来た移民のように見える、世間知らずそうなお嬢さんとか。

 ――あらまあ……それってまさに、あのお話の主人公ではありませんこと?

 呑気に一人できょろきょろしながらうろついている、ネギを背負った可愛らしい鴨……

「それだけじゃなく、よその国から来た金持ちが、目についた綺麗な女を狙うってこともあるんですよ。セレ様は美人ですから、気取った男が声かけてきても相手しちゃダメですからね?」

 外国へ行って羽目を外すナンパ男か。
 私の場合、聖女の特徴を持っている外見のせいで目を付けられることがありそうだから、絶対に仲間の傍から離れないよう注意しておこう。


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