悪役聖女に転生? だが断る

日村透

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お仕置きのお時間

200. またつまらぬものを斬ってしまった感


 ああ、またこの世界だ。
 足元から波紋が広がり、その向こうに美しい女性がいる。
 彼女は棚引く雲のような絹のような衣を纏い、雲にもたれかかって頬杖を突きながら、じっと眼下を注視していた。

 彼女の顔の部分にだけ紗がかかって見え、目鼻立ちがぼやけているのに、圧倒的な美が伝わってくる。
 そして今日はどことなく、いつもより雰囲気が怖い。

 何が彼女を不快にさせているのかと『視線』を追ってみれば、そこには広い大地と、人々の住む村や町やみやこ、そして神殿や王宮があった。

 ――これらすべてがお嫌いなのだわ。

 彼女の見る世界に、国境線など意味はない。
 不愉快にさせるものがあれば、それに属する者すべてに累が及ぶ。

 特に彼女の注目しているであろう部分が拡大して見え、そこには忘れもしないあの王宮が映っていた。
 何やら大騒ぎをしている。大勢が入り乱れて判然としないけれど、どうも誰かを襲っているみたいだ。
 あれは魔法だろうか。ミュリエルより少し大きいぐらいの炎の鳥が、何羽もひゅんひゅんと舞っている。
 初めて見た。すごい。

 ――やっぱり、このおバカさん達ね。また何をやっていらっしゃるの?

 炎の鳥が煙を纏っているため視界が悪くなっていたものの、ちらりと映ったあの三人は腹黒王と薄っぺら王子と陰険大神官ではないか。
 記憶よりも頬がこけ、肌色も悪く見える。
 何か嫌なことでもあったのだろうか。同情の気持ちは湧かないけれど。

 私がいた頃と比べ、性根が変わらないどころか、根腐れが進行している。
 逃げている魔法使いは十中八九、この三人のうち誰かに難癖をつけられて追われている被害者だ。

 つくづくこの国は大丈夫なのだろうか。
 こうして眺めると、ロラン王国の領土と思しき範囲がうっすら黒く濁って見えた。
 この女性の怒りが大気に満ち、それとはまた別に、大地の底の濁りも見える。

 地中の淀みは彼女の意図したものではなく、純粋に自浄作用が働かなくなっているのだ。
 大地の『体力』のようなものが、ある魔法によって吸い尽くされた上に、各地の神殿がのきみ浄化能力を失っている。
 首を傾げて見下ろしていると、自然に場面が切り替わり、私の求める答えが映し出されていた。

 ――なんてことですの。この方々、神殿そのものを削り取って売っているのだわ!?

 どうやら私の作り溜めていた浄化魔石が尽きたようだ。
 地下を隅々まで引っ繰り返す勢いで、浄化能力を持つ石や道具を探し、壁に埋め込まれたものまでえぐり取って売り物に加工している。
 そのせいで神殿そのものに備わる能力の根幹――瘴気を防ぐ結界であり、地下の浄化装置としての機能が、どんどん破壊されているのだ。

 ――有り得ませんわ! これは女神への反逆に等しく、自分で自分を崖っぷちに追いやる愚行でしかなくてよ!

 凄まじいいきどおりに肩を震わせていると、ふと、女性がこちらを見ているような気がした。
 彼女は微笑みながら、以前みたいに三種の神器(誤)を出現させる。

 電流の走る球体。
 ふわふわの毛糸玉。
 七色の絵の具。

 口元はよく見えないけれど、多分「どれがいい?」と問うているのだ。
 私は真剣なまなざしでコクリと頷き、迷わず三種の神器(誤)をぱぱぱっと指差す。
 彼女がにっこり笑みを深めると、それらはぽいぽいぽいぽいっ! と眼下の光景に吸い込まれていった。




「またやってしまいましたわ……」

 宿の寝台で仰向けになり、天井を見上げながら呟いた。
 自分の声が「つまらぬものを斬ってしまった」という響きを帯びて聞こえたのはさておき、早くこれをアロイスに報告しなければ。

 あの女性――女神様と思しき御方との邂逅かいこうの場で、なるべくおかしな願いごとはしないというアロイスとの約束が、一度も頭をよぎらなかった。
 あの空間ではきっと、自分の心を誤魔化すことができない。
 しっかり目覚めた今、胸の中にやっちまった感はあっても、後悔は微塵もないのだから。

 ジゼルは隣の寝台でまだ寝息を立てている。
 室内はうっすらと明るい。
 もう少しすれば、彼女も自然に目覚めるだろう。

「…………」

 むくりと起き上がり、枕元の近くにある備え付けの貴重品箱を開け、小さな木箱を取り出す。
 室内履きに足を通して、寝間着姿のまま足音を立てないように歩き、鏡台の前に座った。
 箱の蓋をぱかりと開けると、中には小さなパールの耳飾りがころんと二つ。

「…………」
 
 着けてみた。
 未だかつて、イヤリングを着けるだけでこれほどドキドキしたことがあったろうか。
 指先で触れると、鏡の中でころりと丸いパールが揺れた。

 ――可愛いですわ。

 さりげなく光る葉っぱの金細工も可愛い。
 鏡の中の私は笑みをこらえ切れず、口元がふにゅりと変な形になっていた。




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