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聖女達の反逆
258. にわかに危険信号
メラニーさんの考えた手段は、単純といえば単純なものだった。
彼女が作った魔力の鳥を、ミュリエルと一緒に行かせるのだ。
リリの閉じ込められている部屋の窓は高い位置にあり、かつ人が出入りできない程度の大きさなので、換気のために常時開いた状態だという。
そしてその窓の外側には、鳥が余裕で着地できるスペースがあった。
幻覚を見せる霊薬そのものはミュリエルではなく、メラニーさんの鳥に抱えさせておく。
霊薬は私の指先程度の香木みたいなもので、リリの部屋の窓に着いたら、それを燃やさせるのだ。
手紙を奪われないように燃やすのと同じ要領で、周囲に延焼することもなく、鳥はすぐに消える。
空気の流れは部屋の外から内側に入り込むようになっているため、五分もしないうちに室内にいる人間は薬が効き始める。
つまり侍女だけでなくリリまで薬の効果が出てしまうわけだけれど、そこからミュリエルの出番だ。
「その薬、鳥とか虫とか、一部の生き物には効果がないのよ。だからミュリは気にせず室内で行動できるの」
ミュリエルの荷物袋の中に、その霊薬から覚醒させるための気付け薬を入れておく。
こちらも香木みたいな形をしているけれど、燃やす必要はなく、リリの口の中に差し込むだけでいいそうだ。
唾液で自然に成分が溶け出し、何度か呼吸をするうちに目が覚めるという。
「その方法でしたら、ミュリに危険はなさそうですわね」
「そうだな。とはいえ、あいつはさっき戻ってきたばかりだから、少し休ませといてから向かわせよう。――その薬、どのぐらいで準備できそうだ?」
「手持ちがあるから、いつでも大丈夫よぉ。ミュリの休憩が終わったら声かけてね。それから、頭領にお願いがあるんだけど……」
お願いがあるんだけど、と言いながら、メラニーさんはほんの少し小首を傾げ、両手を合わせつつ両脇をきゅっと締めた。
その瞬間、豊かな胸がさらにポイン、と盛り上がった。
――ダメッ!? メラニー様、それはダメですわッ!?
いわゆる悩殺ポーズである。メラニーさんはおそらく、意図的にやっているわけではない。
だが何といっても、困ったような心細いような、その表情。
お願いを聞いてもらえるかしら、図々しくないかしらと、ほんのり不安の滲んだその表情。
――こっ、これはいけませんわ! 何やら急に危機感が芽生えてきましてよ……!?
いかにも魔女然とした悩殺美女にはこれっぽっちも嫉妬が湧かなかったのに、その美女が繊細な少女めいた顔を見せた途端、私の中に特大の警戒アラームが鳴り響く。
これはもしや、さすがのアロイスでさえグラリときてしまうのでは……!?
自分の目が鷹の目になるのを感じつつ、ギッとアロイスを見上げた。
……あ、よかった。
なんだか、効いてないっぽい?
「何か必要なもんでもあるのか?」
「そうじゃないんだけど……あたしのお師匠様、こっちに呼んでもいいかしら?」
「師匠だって?」
遠慮がちにそんなことを言い出したメラニーさんに、アロイスだけでなく私も目を丸くした。
「あんたの師匠って、大魔法使いのリヴィエールだよな」
「そうよぉ。師匠にお会いしたことはある?」
「いや、ないが……その魔法使いがこっちに来るってのか?」
困惑するアロイスに、メラニーさんは「そうなのよ」と頷いた。
「実はジゼルさんと出かけた時、師匠とも連絡を取ったのよ。今ちょっと遠いところにいらっしゃるんだけど、あたし達の状況をお伝えしたら、こっちに来るから頭領に構わないかどうか確認取っておいてくれって返事が来てね」
「それは――つまり、俺が可と言えば来てくださるわけか? リヴィエールが」
「そうよぉ。お師匠様、変に顔を突っ込んだりしない主義の方だから、あたしもびっくりしているんだけど」
アロイスだけでなくメラニーさんの様子からも、どうやらその人がこちらに来る意向を示したというのは、滅多にないことみたいだ。
私は魔法使いに関する情報を遮断された環境で育ったから、リヴィエールという人がどんなにすごい人なのか、いまいちピンとこないんだけれど。
――メラニー様のお師匠様……どのような方かしら?
厳しいお爺さんか、はたまた学者風のおじさまか。どんな人物なのだろう。
ぼんやり想像していると、アロイスが私を一瞥し、メラニーさんに尋ねた。
「その御仁、こちらに助力をしてくださるつもり……ということでいいよな」
「ええ、そう仰ってたわね。安請け合いする御方じゃないから、信用していいと思うわよ?」
「わかった。なら、歓迎すると伝えてくれ」
メラニーさんは頷き、手の平を水平に伸ばした。
その手の平の上にじわりと光球が生じ、またたく間に小鳥の形になる。
光が落ち着くと、そこには羽根も足も嘴もすべてが赤黒い、異様な鳥がいた。
「お行き」
魔力の鳥は鳴き声も、はばたきの音すらもなく、有り得ないほどの速さで飛翔した。
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