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断るためのパワー
67. 加護の期間の終わる時 -sideヒューゴ
しおりを挟む広い大地の向こう側に山の姿はなく、久々に地平線が見える。
爽やかな風の吹く大地を眺めながら、軽くなった気持ちとともに昼食を摂った。
主に馬を休ませるための小休憩と違い、昼休憩は長めに取ってしっかり休むため、天幕を張ることが多い。
地面が固い岩ではなく土だったので、準備はとても楽だった。
昼休憩を終えて再び出発する頃には、なんとなく皆の表情が明るくなっていた。
あちこちに見える自国の民の印に、複雑で落ち着かない気分になっていたのだろう。
セレ様の鎮魂歌で、私も含め、皆の気持ちが幾分楽になったのが窺えた。
それにいつもなら、ここはとんでもない規模の瘴気に溢れた場所で、ひたすら緊張を強いられることになっていたはずだ。
もうその心配がないのだと、ようやく皆の中に実感が芽生えてきたのかもしれない。
東へ進む我々の背後へゆっくりと太陽が去り、空が橙色から赤へと移り変わる頃、野営の準備が始まった。
セレ様は足が完治しておらず、椅子代わりの木箱を用意し、そこに敷物を敷いて、頭領が壊れ物のようにゆっくりと下ろしてやっている。
あれだけ大事に構っていれば、あの御方が頭領の特別なのだと誰の目にも明らかなのだが。
本人は変に女慣れをしているせいか、自覚したのがつい最近とは。
――セレ様はセレ様で、その手のことには免疫がなかろうし。はてさて、どうなるやら。
この話題を肴に妻と酒を飲むのは確定として、その前に頭領に伝えておかねばならないことがある。
皆が天幕や煮炊きを手分けして用意している中、セレ様のことはジゼルとリュカに任せ、頭領とエタンを呼んで離れた場所に移動した。
「なんだ、ヒューゴ?」
「ちと、これはお伝えせねばならんと思いましてな」
それぞれ適当な場所に座り、私は尖った石を使って地面に地図を描き始めた。
「現在地はだいたいこのあたりでしょう」
「もうかなり皇国に近付いているのか。思った以上に早い」
「ここの『道』が段違いに速く進めるようになっておりますので、予定よりも早めに国境へ到着できましょうな。それと……」
さらに地面をかりかりと掻いて地図を足す。
「ここがロラン王国の都。我らはここを出て、このように東の街道を進み、先日はこのように岩山の道を通過いたしました。ちなみにこの山は、このように広がっております」
「……ん?」
頭領とエタンが同時に反応した。そうだろう。
これまで彼らが知っていたのは、通過できるのがあの山道一本しかないということ。そして、ここにあった瘴気群の中を唯一安全に通過できるのはどこかという、そのぐらいだった。
だが……。
「ヒューゴ。……この山、小さくはないか?」
頭領はやや眉を顰めていた。
そんな顔をしたくもなるだろう。
このあたりの大地はとても広い。それに比べて、あの岩山は小さすぎるのだ。
だから山の北側に隙間がある。それもけっこうな広さの隙間だ。
「この北回りの空いている場所は通れんのか?」
「これまでは通れませんでしたな」
頭領はハッとして口を手で押さえ、エタンは顔をしかめた。
どちらも私の言いたいことはわかってくれたようだ。
「ちなみに、かつて皇国軍が進軍しようとしておったのが、こちらです」
国境から広々とした大地を通り、そして山の北側を回る経路を石で辿る。
――そう。皇国軍は、あの細い岩山の道を通ろうとしていたのではない。
この、北側にある広い隙間を目指していた。
そこへ向かっていた軍がすべて瘴気の中に沈み、だからこそ南側……あの岩山の道から出た辺りは、瘴気が薄く通ることができたのだ。
狙い澄ましたように軍の通り道だけが綺麗に闇へ呑まれたため、当時の皇帝は初めて女神の怒りを意識し、ロラン王国への手出しを控えることに決めた。
今回はその時と逆の現象が起きていると言える。
「ここの大瘴気群が消滅したことを、我らは皇国に報告せねばなりませぬ」
「……知らなかったは通用せんしな。だがあいつには、言わんでいい」
「承知」
私もエタンも頷いた。
あの御方は知らずともよかろう。
すると、パタパタと羽ばたきの音が近付いてくるのが聞こえた。
夜行鳥のミュリエルだ。
まだ完全に暗くはなっていないが、夕暮れ時になったので文字通り飛んできたようだ。
「トーリョー! タダイマ! タダイマ!」
腹に鳥用の軽い荷袋を装着している。
防水布と革を使って作られた、遠い地まで手紙や薬を運ぶための小物入れだ。
頭領はその中から小さな巻物を取り出し、自分の膝の上にとまっている鳥の小さな頭を、ちょいちょいと撫でてやった。
「トーリョー、ミュリ、エライ?」
「おお、えらいえらい。ほら、あいつらにも褒めてもらえ」
「セレーッ!」
これだけやかましければ向こうにも聞こえるだろう。
セレ様がこちらに顔を向け、嬉しそうにしていらっしゃるのがわかる。
ミュリエルもパタパタと元気よく、そちらへ飛んでいった。
賑やかにきゃいきゃいと喜ぶ声が聞こえる。
頭領はそれを見つめながらふと微笑み、その笑みを唇に残したまま手元の巻物に視線を戻した。
ロランの王宮や神殿がどのような様子なのか、仲間や同業の者に尋ねるための手紙を送っていたのだ。
くるくるとそれを広げて読み進めるうちに、頭領の顔は引きつった。
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