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『元』聖女、出発する
108. こいつは引退できるのか (3) -sideアロイス
しおりを挟む俺が保護者になることを伝えたら、セレスティーヌの面に喜びが浮かんだ。
うちの者とかなり仲良くなっていたから、離れ難かったのだと思うと嬉しくなるな。
陛下や親父殿と違い、俺は信頼を勝ち得ているんだぞ。そう見せつけられたことにも満足感を覚える。
俺達が保護する代わりに、ウェルディエ皇国に属する者となること。
それにも彼女は渋面を作ることはなく、むしろ当たり前だと受け止めてくれたようだ。
セレスティーヌにも納得してもらえる結果になり、しかし俺達の話はそこでは終わらなかった。
彼女が部屋に戻ってからも、改めて俺達は今後について話し合う必要があった。
それはまさしく、大瘴気群が消えたことにより、通過できるようになった場所のこと。
平原の向こうにある岩山の一本道を通らずとも、その山の北側に空いている広い道を通ることができる。
グレゴリーがざっと描いてくれた地図は簡略的なもので、実際にゴーティエ総督の所有する詳しい地図を見せてもらうと、そこは思った以上に広いのがわかる。
隙間や道などというものではなく、平原の一部と言えるほど広かった。
「ロラン王国側は、まだこれに気付いておらん。そなたが通ってきた街道と同じく、瘴気が見える場所には人里がない。だがいずれは空の色の違いに、おかしいと察する者が出てこよう」
これに気付いた時、ロラン王国がどれほどの大騒ぎになるか、目に見えるようだ。
王子や大神官の奇妙な頭どころではない……いや、関連付けて考えられるか?
どうなろうと、あちらから皇国側にしかけることはできない。加護と名付けた天然の防壁に安心しきっていた奴らに、それだけの力はない。
「面白い報告もある。諸国に武勇の知られていた男が、あちらの王子の護衛をしていたのだが、絶縁したようだ。それ以外にも、その男に心酔していた者がことごとく離反したらしい。そのうち会うかもしれんな」
ひょっとしてあの騎士階級の男か。
どこか愉快そうに話す陛下に、俺も少々愉快な気分になった。
陛下は今すぐあの国をどうこうする気はなく、まずは奴らの様子を見るつもりらしい。
親父殿は俺に一台の馬車をくれた。
立派で頑丈なつくりなのはいいが、荷馬車ではない。
豪商の頭が、長旅を優雅に過ごすための馬車だ。
「こういうのはあまり好きじゃないんだが」
「俺も好かん。だがあのお嬢さんがいる以上、対外的には必要になってくんだよ」
しばらくはこれに乗って移動するだけで、減らせるトラブルがある。
それには俺も納得せざるを得ない。
せっかく親父殿がくれるって言うんだし、ありがたく使わせてもらうとするか。
陛下は俺達の出発に合わせて皇宮に戻ることになり、親父殿はしばし総督の調査を手伝うことになった。
モニークを発つ時、陛下は俺といつも通りの挨拶を交わした。
「では、息災でな。何かあらば頼れ」
これは口先だけのことではない。
頼れば本当に助力してくれるつもりでいる。
これは親父殿に感謝をするしかないのだが、俺達がギスギスした関係にならないよう、ガキの頃にうまく誘導したんだよな。
陛下はもともと親父殿を気のいい叔父貴と思っていたのに加え、幼い俺が陛下を兄貴として慕っていると吹き込まれ、次第に俺を『弟』と認識するようになったそうだ。
皮肉なんだが、実際には兄弟ではなく従兄弟であり、継承権のない俺は陛下の立場を脅かす存在にはならない。
それもあって、安心して『可愛い弟』と思うことができたようだ。
陛下の立場の大変さは想像することしかできないが、俺もいざとなればこの『兄上』の味方をするつもりであり、それはあちらもわかってくれている。
「じゃあな坊主、またどっかで会おう」
親子の抱擁を交わす際、親父殿はこっそり「あのお嬢さんは大変そうだが、うまくいけば教えろ」なんぞといらんことを言ってきた。
まずは『頑張れ』が先だろ、親父よ。
大変そうなのは否定しないがな。
いつもと異なる乗り物を使うことに、セレスティーヌは少しだけ不満そうにしつつ、理由を説明すればすんなり納得してくれた。
あの箱の座り心地というか入り心地、よっぽど気に入ってんな……俺らの粗末な食い物には、不満そうな顔なんざ一度も見せなかったくせに。
しかし乗ってみれば、外がよく見えて楽しくなってきたようだ。
変わったつくりの馬車は窓部分がかなり大きく、天候が悪くなれば閉ざす。
あれは何これは何とはしゃいで尋ねてくる様子は、まるで子供だな。
モニークの町を出て以降は人の姿が減り、ごく小さな宿場町ぐらいしかなかったんだが、初めて見るものばかりなのもあり、充分セレスティーヌのお気に召したようだ。
たまに彼女の姿を見た者がぎょっとしていたものの、俺の仲間や護衛騎士が「ロラン王国に耐えかねて逃れてきた聖女だ」と軽く事情を教えてやると、「それは大変なことでしたなぁ」と言いつつ拝み始める。
大勢で取り囲むほどの住民はおらず、このぐらいならセレスティーヌの許容範囲だったようだ。
長旅で疲れているであろう聖女を、叩き起こしてまで拝ませろという輩もいなかったしな。
……ロラン王国では、そんなのがいたらしい。
聖女のつとめのひとつとして、他の神殿へ出かけることもあり、それは睡眠時間返上の地獄の行進だったそうだ。
あの国、聖女をなんだと思ってんだ?
もうすぐ目的地の手前というところで、セレスティーヌは俺に寄りかかって眠り始めた。
疲れて寝るとか、やっぱり子供かよ……いや、ジゼル。いいからこのままにしとけ。
リュカよ、その目はやめろ。によによすんじゃねえ。
ともあれ総督のつけてくれた護衛のおかげもあってか、道中何事もなく、目的地に着いた。
俺達の隊商が皇国に戻った時、一度は利用させてもらっている、セレストの大神殿に。
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