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未知の瘴気
147. いかにも何かありそうな小島
しおりを挟む「理屈はわからんが、日に二回ほど天候に関係なく水面の高さが変わる時間帯があるのさ。山間部の河川では起こらないんだが、平地ではこういうのが時々ある」
それはやっぱり、満潮と干潮ではないだろうか。
言葉自体は存在するから、この世界の人々はその現象の存在を認識してはいる。
ただ、どうしてそれが起こるのかまではわかっていない。
――この辺りは海が近いわけでもありませんのに……いえ、国によっては海から遠く離れた河でも起こると、何かで読んだような気もいたしますわね。
ともあれ、これであの小島へ向かうための『通路』ができた。
「一応ここは二手に分かれるか。トマス神官と護衛騎士は一人、ここで待っていてくれ。ミュリもだ」
「わかりました。お気を付けください」
「リョーカイ!」
すぐに頷いてくれたトマス神官とは逆に、護衛騎士は了承する前に逡巡する素振りを見せた。
私を危険な目に遭わせたくないのだろう。けれど瘴気の浄化が必要なこともわかっているので、結局は「承知しました」と渋々反論を呑み込んだ。
「危険なことはいたしませんから、どうかご安心なさって」
「は……」
できるだけ心配をかけないよう騎士に笑いかけ、いざ、と通路に向き直って踏み出そうとしたら、アロイスがさらっと手を繋いできた。
「っ!?」
「滑るから気を付けろよ」
この面子の中で一番転びそうなのが私だから仕方がないけれど、せっかく密着状態の相乗りから解放されたというのに、緊張とドキドキが再燃してしまった。
手が大きいし、骨が頑丈そう。これはもしや剣を振るう人の指にできるというマメだろうか?
よく知らない人に観察されたら、職業を勘違いされそうだ。
――いけませんわ。このような場所で気を散らして足元がつるりとなったら、洒落になりませんことよ!
水位が下がったことで出現したこの通路は、河全体を塞いでいるのではなく、あの小島まで繋がってそこから先には伸びていない。
だから水はそちらに逸れて流れ、溢れることはなかった。
それでもなお緑色に濁った河の底は見えず、私の身長以上の深さがあるのではないかと察せられる。
幸い通路には幅があるおかげで、転んだら即ボチャンとはならない。
かといって油断はしないよう、なるべく端には寄らず、全員が真ん中を慎重に歩く。
そんなに長距離でもないのに、やっと手前まで来た時にはホッと安堵の溜め息が漏れた。
「遠目にはかなり小さく見えても、接近すれば思いのほか広さがありますのね」
「そうだな。こいつはどうも……」
「アロイス様?」
「いや。あれを消せるか?」
「もちろんですわ」
ざわざわとした不快感が、先ほどからしきりに訴えかけてきている。
でも私はあれを『脅威』とは感じなかった。このぐらいなら難なく消せると感覚的にわかるからだ。
アロイスと手を繋いだまま、自分の身体の芯から熱が湧き上がるのを感じる。
知らない間に魔力を吸い取られ続け、その状態で無理に魔法を使い続けていたから、私の体内は想像した以上にボロボロだったのかもしれない。
けれどアロイス達と行動をともにするようになって、酷使されていた身体はもちろん、魔力の回路みたいなものも回復している気がする。
さながら風邪を引いてガラガラに枯れていた声が、快癒してスッと通るようになった感覚。
目の前の瘴気に意識を向けると、内側から生じる熱が陽光に似た白い光となって発散された。
その光が黒い粘性のもやを包むか包まないかのうちに、それは音もなくあっさりと消え去る。
「おお……」
「すごいです……!」
「すっげー……」
「キレイ! キレイ!」
背後から口々に賞賛の声。だけど、天狗になる暇もない。
私は光と瘴気の消え去った小島の姿を目にして、眉根を寄せた。
アロイスを見上げると、彼も顔をしかめている。
そこにあるのは小さな建物だった。
いかにも頑丈そうな石材で建てられている、真四角で味気のない建物。
木材は瘴気の影響で腐食してしまったのか、四角い窓とドアのない出入口がぽっかりと開いている。
建物周りの地面はむき出しの土で、草も木も生えていない。
「民家じゃねぇな? 何の建物だ」
慎重に建物に近付きながら、独りごちたアロイスの声がいつもより低い。
皆も通路から小島に上がり、建物の周辺を探り始める。
「頭領。この家だか小屋だかは、多分外からはわかんねぇように建ててやがるぜ。裏っかわが大岩になってやがるし、ここらへんに木が生えてやがった痕跡がある」
エタンが腐食した木の根をブーツのつま先でつついた。
ここは水に沈んでおらず、土は乾いているのに、雑草すらも腐るか枯れている状態なのだ。
「頭領。ここ、地下があるっぽいっすね。この建物、入り口を隠すために建てて、見張りの詰め所みたいにしてたんじゃないっすかね」
リュカが足元に視線を落として言った。
もしやこの、河の中に偶然残された島とばかり思っていた場所が、全体的に人工物の塊だったのか。
「下りてみるぞ。リュカとエタン、騎士も来てくれ。ジゼルはセレスティーヌの護衛としてここに残れ」
「アロイス様、わたくしも……」
「念のためにあんたは外だ。瘴気の気配はもうないんだろう?」
「それは、もう気配はありませんけれど」
またすぐに湧いてきそうな予感もない。
でも、こんな河のど真ん中で地下に行くなんて。
「何があるかを確認したら、すぐに上がる」
地下への入り口は探すまでもなく、建物に入ってすぐそこの床にあった。
垂直の穴ではなく、急角度の階段だ。狭く、成人男性が二人横に並んで行き来できるほどの幅はない。
渋る私をなだめ、アロイス達は魔石灯に魔力を込めると、その穴を下りていってしまった。
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