巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

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ロッソを継ぐ者

99. 支配者に捧げる想い (1) -sideアレッシオ

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 出会った頃、この方はまだ十二歳だった。同年代の少年よりも成長が早かったため、すらりと長い手足は美しく……しかも透徹とうてつとして大人びた空気を纏い、顔立ちの幼さに目をとめ、初めて実年齢を思い出すほどだった。
 顔立ちだけではなく、この方には子供っぽさが欠落していた。あの男に対抗するには、呑気に子供などをやっていられなかったからだろう。あの頃はまだ、俺の認識もいろいろ甘かった。もっと早く―――……
 もっと早く、出会えていれば。お力になれていれば。今日ほど、それを痛感したことはなかった。

 俺を含めたわずかな供だけを連れ、亡き母エウジェニア様が過ごされていたという離れの跡地に向かった。
 そこに立ち尽くしたまま、声もなく泣き続けるあの方に、誰も何も言えなかった。



 安らいだ寝顔。その目尻の赤さに、胸が痛くなる。
 俺が毎回どんな想いで触れているかなど、きっとこの方はよくわかっておられない。
 付き合いが長くなればそれなりに落ち着くかと思いきや、年々強くなる凶暴な衝動を持て余す日々だ。
 この方に膝を折ったあの瞬間から、半ば覚悟はしていた。そもそも、あのとんでもない罠を仕掛けられる直前、「あと数年もすれば夢中になるかもしれない」と予感していたのだ。
 その数年後が、とうに来てしまっている。結果はご覧の通りだ。

 以前からご自分の容姿を熟知し、相手によってはいかにも幸薄く儚い少年であるかのようにふるまい、庇護欲を利用していた計算高い方だが、そろそろその手は使えなくなっているだろう。
 もうこの方に儚さはない。前を見据え、すっと立つ姿は凛々しさと力強さを感じさせる。運動はあまり得意ではないようだが、活動的で動くこと自体は苦ではなく、線は細いがとてもしなやかで、弱々しい印象がまったくない。

 よくぞこれだけ、美しい人が存在するものだと、何年も近くで仕えていながら懲りずに見惚れている。この方の場合、外側の美しさだけではない点が始末に負えないのだ。
 外側と中身の両方に惚れ抜いてしまった者は、もう白旗を揚げるしかない。
 妙なところで自分に自信のないこの方に誤解されぬよう、正面から想いを伝え、このような関係になれて天に昇る心地になるどころか、ひたすら沼に沈み込んでいる。
 
 飢えた獣に中途半端に餌を与えたら危険だというのに。
 その餌を最初に要求したのがこちらなのだから、文句も言えない。
 初心うぶな相手のために、少しずつ段階を踏んで進めて行こうと思った。加えて、こちらはおあずけを食らっているのだから、少しぐらい味見をさせてくれてもいいだろうという狡い思惑もあった。
 それがこうも、自分の首を絞めることになろうとは。

『おまえにこうしてもらったら、悪夢が来ないんだ』

 可愛らしいことを言ってくれて、安心しきって身体を預けてくれる毎夜の約束事は、俺を有頂天にさせると同時に、地獄の苦しみへ突き落とす。こんなに無防備なご馳走が自分の手の中にあるのに、本当に味見しかできない。
 味覚も嗅覚も触覚も、すべてにおいて俺を酔わせてくるのに、それ以上は絶対に進めないのだ。憎たらしさと、どうしようもない愛しさがこみ上げ、いつか覚えていろと三下のような捨てゼリフを胸中で呟き、寝台から我が身を引きはがすのが常だった。

 どれほどに、あなたが俺のすべてなのか。
 あなたの命がいかに俺の命と等しく、切り離せないものなのか。
 嫌というほど、思い知らせてやる。

「…………」

 ふと視線を感じた。
 飼い猫のアムレートだ。こちらをじー……と見つめている。
 俺が視線を向けると、何故か「ぴゃっ!?」と緊張して毛を逆立てた。
 人間だったら冷や汗をダラダラと流していそうな顔だな。

 動物に詳しい使用人の話では、慣れてくるとだんだん表情がわかるようになるらしい。猟犬などの世話をしている男には、ご機嫌な時や不機嫌な時などの表情がよくわかるそうだ。
 いつも遊んでやるメイド達には馴染んでいるが、俺は滅多にこの子猫を構わないからな。自分の主人が起きている時は気軽に寄ってくるが、眠っていて俺しかいない時は、遠くからこんな風に観察してくることがよくある。
 俺がそれに気付いたら、「見ているのがバレた」とでも言わんばかりに緊張する。もしくは、気まずそうな顔になる。
 なるほど、猫とは表情豊かなものだな。
 この方が子猫に見られてよく恥ずかしがっているのは、子猫が人の子のような反応をするからか。

 この方の愛猫なのだし、俺も少しは友好を深めたほうがいいのか?

「…………」
「……(たらり)」

 ……俺のガラではないか。
 動物嫌いではないが、小動物の構い方というものがいまいちわからない。人がやっているのを眺めていても、自分が猫を撫でる姿が想像つかないな。
 撫でてみれば心境が変わるか?

「…………」
「…………(ダラダラダラ……)」

 ……なんとなく違う気もする。俺はあまりそういうのに向いていないのかもしれない。
 嫌いではないが、積極的に可愛がりたいという欲求も出てこなかった。それにこの方の愛猫に勝手に触るというのも気が引ける。
 軽く頭を振って、寝室を出る間際に小さく「おやすみ」とだけ言ってみた。

「……みゃっ」

 返事をした。なるほど、「犬や猫はたまに会話が成立するんですよ」と話していた使用人もいたな。こういうことか。
 俺はあるじの眠りを妨げないよう、静かにドアを閉じた。



   ■  ■  ■ 



 軽くノックをすれば、「開いているよ」と中からいらえがあった。
 遠慮なくドアをくぐると、父がグラスとワインの準備をしていた。祝い事の席で好まれる白ワインだ。

 懐かしいな。前回は、王都邸の執事部屋……俺の部屋で飲み交わした。
 今回は本邸で、父の執事部屋でグラスを鳴らす。
 果実の芳香と強い酒精に、あの方の唇の甘さを思い出した俺は、いよいよ末期だ。

 しばらく無言で味わい、ようやく「怒らないのか」と尋ねた。なんとも子供っぽい問いだな。

「閣下にとっておまえが害になる存在なら、ぶん殴っているさ」

 平然と肩をすくめる父の言い草に笑いそうになった。
 俺を応援してくれていると言うよりも、あの方にとって有益が有害かで判断しているのだ。そして主人の望みに沿うようにさまざまな手配をした結果が、あの隣の部屋。俺に対する情ではない。
 仕事に私的な感情を差し挟まない父のこういうところは、正直、かなり尊敬している部分だ。
 その上で、父は間違いなくあの人を敬愛し、今も変わらず俺を自慢の息子だと思ってくれているのがわかる。

 王都での出来事は手紙か人伝ひとづてでしか知らない父のために、俺は直接、自分が目の前で見聞きしたものを聞かせてやった。
 特に王都邸での最後の日の出来事など、父は目を輝かせてうきうきしながら聞いていた。

「あの方が本気でキレた瞬間は本当に焦ったんだぞ。でも、あの方の口から『顔面に一発入れさせろ』なんてセリフが飛び出た時は、内心喝采してたんだからな」
「是非、その場で見たかった……!」
「ラウル殿みたいなことを言うな」
「おや、呼び方を変えたのかね」
「側近同士、『様』は不要と言われたんだ」

 それにニコラ殿もラウル殿も、家督はまだ継いでいない無爵位の貴族だ。俺は自分自身が爵位を得ている以上、厳密に言うと彼らは俺の上位とは言い難い存在だ。
 彼らが当主になるまでとはいえ、その時が来るのはずっと先の話だろう。あの若さで当主になり、しかも上に立つ才覚も人望も人材も揃っている閣下が尋常ではないのだ。

「明日は外回りに行くんだろう?」
「ああ」

 ここしばらく、館に籠もって紙とにらめっこだったからな。視察という仕事だが、外に行くだけでもあの方の気晴らしになるだろう。
 エウジェニア様の件に関しては、父も忸怩じくじたる思いがあったようだ。俺達は少しの間、黙祷を捧げた。
 お会いすることは叶わなかった相手だが。
 あなたの子は、我々が守ると―――あの方の心が少しでも安らげるように、我々が力を尽くすと誓う。
 だからどうか少しでも、安らかにと願う。


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