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ロッソを継ぐ者
104. 願いを継ぐ時
しおりを挟むいつも読みに来てくださる方、初めて来られる方もありがとうございます。
本日は1話更新のみとなります。
(小声:次章から…R18章に…なると思われ…)
よろしくお願いいたします。m(_ _m)
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おそらく来るのは翌日だろう、と彼の主人は言った。
ブルーノは先ほど部屋で仮眠を取り、最低限の水で身体を清めた。主人いわく、この館の水は優れた設備が整っているので心配は少ないらしいが、万一に備えて節約するようにとのことだった。
『港で兆候が確認されて、最初の狼煙が上がった瞬間に、それが海上のどこにいたのか我々には知りようがない。さらにその速度も読めない以上、確実なことは言えないとしても、その日のうちにここまで来るとは考えにくい』
彼のその予測も当たり、初日は何事もなかった。最初は緊張していた者達もやや落ち着きを取り戻し、数人の組に分けて自室で睡眠をとり、水で身体を拭いて、そして広間に戻る。誰もがなるべく、一人にならないようにしていた。万一のために二人以上での行動をせよと言われているのもあるが、みな一人が恐ろしかったのだ。
そしてあの広間にオルフェオがいることの安心感が凄まじい。彼はまだ十代後半だというのに、すっかり皆の精神的なよすがだった。
ブルーノも単独行動はせず、従僕と言葉を交わしながら、館の中に異常がないかを見回っていた。必要な窓にはすべて雨戸が嵌まり、玄関の大扉には閂がかけられている。
ただし場所によっては外が見えた。窓というより、それは採光用のものだ。縦に細長く、鋼の蔓草のからみつく格子に色のないガラスが嵌まっている。
「……ブルーノ様」
「…………来たな」
空が見えた。植木の葉が大きく揺れている。小さな黒い雲がちぎれて、こちらへ迫っているのがわかるほどに速い。
さらに奥には、異様な雲があった。
■ ■ ■
大広間にはソファセットもあれば、椅子やテーブルのセットもある。みんな好きに座りたいところへ座ってくれればいい。
アレッシオが俺の隣に座ったのを皮切りに、ミラはニコラと同じソファに、エルメリンダもちゃちゃっと本を持ってジェレミアと一緒のソファへ座った。
嬉しそうなジェレミアに羨ましそうな騎士達。夫婦で勤めている者もいるし、ほかにも親密な相手と一緒に座る者がいるようだ。家族がここにいない者は、仲のいい同僚達と集まってくっついている。
あっ、メイド長が料理長と一緒に!? そういえばどちらも俺より二回りぐらい年上だが独身……! どうやらメイド長が横いいですかと先に声をかけたようだ! 料理長はガチゴチに固まっている! 頑張れ!
過去に何かがありそうな組み合わせもいる。なんだかそんなつもりはなかったけど、誰がそんな仲なのか微妙に炙り出されちゃったな……。
鍛冶師や猟師のおっちゃん達は、何か道具を磨いたり手入れをしていた。そうしていると落ち着くんだそうだ。
針子は縫物や編み物を。
ブルーノ父の私服姿は初かもしれない。さすがアレッシオのお父さん、私服でもかっこいいな。
彼は何人かとテーブルを囲み、カードゲームや遊戯盤などで遊び始めた。読書があまり得意ではなかったり、視力がよくない者もいて、そういう者はブルーノ父のテーブルに集まっている。
静かにゲームに興じるあの空間、すさまじく知的に見えるな……。うちのアレとブルーノ父を取り替えて欲しい。でもそれだと、アレッシオが大迷惑だからいかんな。
非日常が、最初は穏やかに過ぎていった。
この空間に皆が慣れてきたのを見計らい、俺とアレッシオも一旦自室に戻って眠ることにした。眠っておかないと後がもたない。
風呂ではなく少量の水で身体を拭き、横になって数時間後に起こしてもらった。朝食は簡単に食べられるおかずパンだけだ。
「緊張しているか?」
「情けないことですが、実は、かなり。ですが昨日よりマシになりました。あなたもこういうのは初めてなのに、随分と落ち着いてますね」
「私が落ち着いていれば皆が落ち着いて、いつも通り私の世話をしつつ私を守ってくれるだろう。つまり私のためだ。大丈夫だアレッシオ、私がついているぞ!」
「頼もしいにもほどがあります」
冗談半分、本気半分で言ったら苦笑された。『俺』がこういうのに慣れているから、なんて説明できないしな。
ものの数分で腹を満たすと、すぐに二人で広間に戻った。今は早朝らしい。広間では自室ではなくソファでうたた寝をしている者もいる。
領民の避難は終わったろうか。速ければあっという間に来る。どのぐらいの大きさだろう。過ぎるまで、あとはただ待つしかないんだが。
やがて、朝と昼の中間あたり。仮眠を取りに行ったブルーノ父が、ついでに見回りも終えて戻って来た。
「閣下……来ました」
静かな声だったが、この大広間の全員の耳に届いただろう。密着した隣の男が、少し緊張して身じろいだのが伝わってくる。
ブルーノ父は自分の定位置になっているテーブルに戻り、俺も自分のソファで「フーン」という顔をしながら、ローテーブルに積んであった本を手に取った。
瞬間、腰の隙間からするりと腕が回された。
「……!」
変な声が出そうになった。
不謹慎なのは重々承知なんだが、俺、おまえの腕のほうが緊張するんだけど……!
しかしアレッシオが割と本気で緊張しているのも伝わり、やめろとも言えない。考えてみれば暗くて圧迫感を覚える状況は、彼のトラウマをもろに突いているのかもしれなかった。
実際、普段より息苦しさがある。これは窓を閉ざしたからじゃなく、接近している時の独特な空気だ。
横顔をこっそり盗み見ると、アレッシオは俺が鍛冶師のおっちゃんと一緒に工作したスタンドを一心に見つめている。キラキラ綺麗なスタンドと、蝋燭の火、さらに俺とくっついていることで心の平穏を保っているのかもしれない。
俺もなるべく気にせず、読書に集中することにした。ページをめくるたび、チョイチョイ肉球が指に引っかかる。ペラリという音に反応し、「たしっ」と猫パンチを繰り出す子猫としばし攻防を繰り広げていると、ふっ……と暗くなった。
灯りが消えたのではない。外からほんのわずかに漏れ入っていた光が遮られたのだ。
建物の上から何かがのしかかっている感覚。全員がそれに気付くほど、それはハッキリとした体感を伴っていた。
雲だ。完全に太陽を覆い隠した雲が、きっと上空にある。
次第に音が耳に入るようになった。風の音だ。最初小さかったそれは、徐々に大きくなる。
普通の強風とは違い、どこか獣の唸り声に似て、若いメイド達が震えながらくっつき合った。
ジェレミア隊にさえ少し緊張が走っているのに、大嵐の未経験者にはきっと未知の恐怖でしかない。
音はどんどん激しさを増していった。風がこれほど大きくうなるものなのかと、皆の顔から血の気が引いている。
ぱらぱらと降り始めた雨が、途中から豪雨に変わっていた。
スタンドに吊るしたガラスや鏡が微かに揺れている。暴風が大地を叩く振動が、ここまで伝わっているのだ。
地面を揺らすほどの風に、俺は奇妙な感動すら覚えた。
頑丈な建物だが、そういえば建物が大きいほど風を受ける力も大きくなるんだよな。大丈夫なのだろうかと、ふと不安になってしまうほどだ。
いつの間にか、誰もが手を止めている。さすがに俺も本に目を落としたきり、先へ読み進むのが止まっていた。
何かが本邸の建物すべてに、上から覆いかぶさっているような感覚を、きっとこの場の誰もが共有している。
本の中にはちょうどドラゴンの挿絵があった。大型恐竜ほどの体躯の邪悪なドラゴンが、なんと小さく見えることか。せっかく勇者が倒そうとしている場面なのにな。
俺達の頭上からのしかかっているものは、これよりもっと大きいものだ。
今は閂で塞いでいる大扉。そこにがりがりと巨大な爪を立て、雨戸のない窓からギョロリと覗き込んでいるかもしれない。
思い浮かべるのは、竜だ。
尾が大地を叩きつけ、この館に巻き付いて締めあげている。
この世界に宗教はないのに、天使や悪魔の概念はあった。
エテルニアの大地には天使の祝福の名残があり、ヒロインはその影響で不思議な力を備えて生まれた。
そしてこの子猫がここにいるように、ひょっとしたら竜もこの世界のどこかには存在するのかもしれないと、俺はふとそう思った。
ならば今まさにこの上空を、竜が通っているのかもしれない。
それも一頭ではない。地上の小物など気にせずに悠然と通り過ぎてゆくものもあれば、興味が湧いて戯れかかるものもいる。
これはもう風の音というものではない。
咆哮だ。
腰に回った腕に力が籠もる。俺でさえ恐怖を覚えるほどなんだから、彼はもっと恐ろしいだろう。
かたく握りしめられた拳に手を添えた。ぴくりと揺れ、少し緊張を解いたその手の甲から包むように、指を一本一本からめて握った。
アレッシオがこちらを見おろした気配がする。でも俺は本に集中しているフリを続けた。……ページが止まっているのだから、もう読んでいないのはわかっているだろうけれど。
俺よりずっと大きな手を、俺の手で包もうなんて無理があるんだけれど。
彼の指は、俺の指を握り返してくれた。
■ ■ ■
何時間が経ったのか。
辺りがすっかり静かになったのは、夕方か、少し前。
次の日、嘘のように晴れ渡った空の下、皆は呆然としていた。
それはもう惨憺たる有様だった。煉瓦が飛び、比較的細い植木が引っこ抜かれるように折れ、地面に杭で打ち付けていた花壇の覆いにグシャリと倒れかかっていた。
庭じゅうに散乱する太い枝と葉と石ころと……。
幹の太い樹はかろうじて無事だが、町から飛んできたと思しき看板がてっぺんに引っかかっている。手入れが大変そうだ。
これをどうすればいいんだ。
だが固まっている時間が惜しい。
「ジェレミア隊、予定通り領民の状況確認を頼む。ブルーノ、館の損傷の確認と大掃除だ」
「はっ」
「かしこまりました」
道の状況が不明なのだから、先に俺が飛び出てはいけない。まずはジェレミア隊に見に行ってもらい、俺は庭や館の損傷を確認しながら待った。
しばらくすると、次々と報告が入ってくる。
領民の大半は領主命令に従ってくれた。
避難所は機能を果たしてくれていた。
避難中の犯罪については厳罰に処すと言ってあり、領民が自警団を組織して見回りを強化してくれていた。
食料も水も足りている。衛生用品も足りている。今のところは不足がない。
翌日、また翌日と、良い報せもあれば悪い報せも入ってくる。被害状況がどんどん判明し、俺達はその確認と対処に追われた。
指示を出し、手紙を書き、報告を受け、また指示を出し、歩きながらパンを食べて水で飲み下し、報告を受け指示を出し……
「寝てください」
「そんな暇はない」
「いいから寝るんです」
強制的に睡眠を取らされ、起きたら携帯食をかじって水を飲み、報告を受けて指示を出し……予測できた被害もあれば、思いがけない被害もあった。
とにかくほかの時間はすべて惜しい。
俺はやり直すために巻き戻った。これが本当に最後なんだ。
今までずっと、このために、この時のために準備を続けてきた。
かつて俺が救わなかった家族を、友を、民を、消えてしまった人々の命を、拾うために。
7,800
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