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番外・後日談
22. ヒロインだった少女のその後 -sideアンジェラ (2)
しおりを挟むお姉様の旦那様と紹介された人は、ヴェルデ子爵家の長男ニコラ様だった。
包容力、押しつけがましさのない自信……その人はゲームの攻略対象でもなく、巻き戻り前のニコラ先生でもなかった。
髪型も雰囲気も全然違う、別の人。
きっとこの人はお姉様をずっと守ってくれる。お姉様はこの人のもとで幸せなんだって、ストンときた。
二人が寄り添う姿はとても自然で、私は心からの笑顔で祝福することができた。自分でも不思議なほど『元攻略対象』っていうのにこだわりがなくて、ちゃんと自分が前に進めているのを実感できて嬉しかった。
お姉様の希望で、私の心がもっと成長して、無事学園を卒業できたらその時は会おうっていう話になっていたんですって。
だから私にだけ、お姉様がどこでどうしているのか知らされなかった。
悲しいとは思わない。私自身、必要なことだったってわかるもの。
もしあの時、お姉様にすぐ会えていたら、私は謝っていたと思う。ひどいことを言ってごめんなさいって。
でもお姉様はきっと、私を許せなくて苦しんだんじゃないかしら。だってそれまで積み重ねた私の態度も発言も、簡単に許していいようなことじゃなかったもの。
なんでもかんでも、「謝れば許してくれるでしょ」っていう軽々しさを家族にさんざん見せてきたから、反省しましたなんて言ったって口先だけとしか思えないわ。
こうしてまた会えて、笑顔で話をすることができる。
私とても頑張ったわって、やっと胸を張って報告できるのよ。
家族水入らずで楽しめということらしく、伯爵家の方々はいらっしゃらなかった。
こんなに立派な建物を別邸として所有し、側近のためにぽんと貸してくれるなんて、ロッソ家の経済規模って本当にケタ違いなのね。
そうそう、相手のご家族ともお会いしてびっくりしたんだけれど、ニコラ様は六人兄弟だった。大家族ってこの世界では珍しくないみたいで、ローザ家の使用人にも多兄弟の末っ子がいるんだけど、全員揃うところなんて見たことがないからビックリしたわ。
ささやかな二家族のパーティーは想像以上の人数だったのもあり、賑やかでお料理も美味しくて、とても楽しかった。
ヴェルデ子爵家のご兄弟はみんな人懐こく、私とも仲良くお喋りしてくれた。おもに好奇心の強い小さい子と話すことが多くて、一番年の近いミケーレ様とはあまり口をきかなかった気がする。
というか、すごくしっかりした子だったから、気後れして私からは声をかけられなかったの。卒業後はロッソ家でお仕事をするのが決まっているらしくて、もっぱらお父様やお兄様のお相手ばかりしていたからでもあるけど。
私がミケーレ様とお話をしたのは、その日の夜。みんな《秘密基地》に泊まることになり、部屋着に着替えて、居間みたいにセッティングされたお部屋で思い思いにくつろぐことになった。
別の家の家族全員が部屋着になるなんて、貴族は普通しないものなんだけれど、私こういうの大好きよ。
それぞれお喋りをしたりカードゲームを楽しんでいる中、私は夜の中庭を散歩してみたいと思った。庭歩きの順路なのか、煉瓦の小道がランタンで照らされていて、とっても幻想的で素敵なお庭だったのよ。
お姉様をお誘いしたいとも思ったんだけれど、下の子達がお姉様に夢中になっちゃったから、今回は譲ってあげる。
立ち入り禁止の場所にうっかり入ったらいけないからと、お姉様の部下のメイドさんが案内してくれて、星空を見上げながらそぞろ歩いた。途中お洒落なガゼボがあって、メイドさんにお姉様のお仕事ぶりを聞かせてもらいながらくつろいでいたら、ミケーレ様が現われたの。
「弟妹ばかりがはしゃいでいましたからね。僕もあなたと話してみたいと思いまして」
気を利かせたメイドさんがササ……と離れて行って、どうしようかと思ったわ。
だけどミケーレ様は、こちらの緊張をほぐすように話題を選んでくれたから、私はそこまで肩に力が入らずに済んだ。堅苦しい言葉遣いは不要と言ってもらえたのと、愛称が『ミケ』だと聞いて吹き出しちゃったのもその時。
ヴェルデ家のみんなが私に優しいのは、ひょっとして私が何をしたのか知らないからかしら? そう思って、私が中等部の頃にどんなことをしたのか、正直に少し話してみた。
「うん、その話は聞いたよ。だからきみとは、一度話してみたいと思ってたんだ。……他人とは思えなくて」
「え?」
苦い笑顔を浮かべたミケーレ様―――ミケは、ニコラお義兄様が学生時代、どんな生活を送っていたのかを教えてくれた。
私は終始、唖然とするしかなかった……。
巻き戻り前、「自分のせいで両親や弟妹に迷惑をかけてしまった」ってニコラ先生は自分を責めていたけれど、全然違うじゃない?
「兄上はいつも大変そうで、毎日自分をすり減らして僕らの世話を焼いてくれていた。学園に通って、図書館の仕事をして、その上で家のこともやっていたんだよ。両親はそんな兄上に甘え切っていた。僕や弟妹もそうだ。兄様が大変そうだと心配するだけで、結局は何も言わず何もしなかったんだから」
ショックで言葉が見つからなかった。まさかあのニコラ先生がそんな日々を送っていたなんて、何も知らなかった。
知らなかったくせに、「私が癒やしてあげるの」なんていい気になっていたあの頃の私に突っ込みたいわ……。
「ロッソ家から人が派遣されて、僕の家がいかに歪んでいたのかをハッキリ突き付けられたんだ。貧しくとも家族みんな仲が良くて幸せで―――でもそれは全部、兄上の犠牲の上に成り立っている幸せだった。閣下はそのことでヴェルデ家自体にお怒りになって、だから僕もこれまで何年も目通りを許されていなかった。両親は今も悔いているよ。僕もそうだ。僕の家族みんな、ひどい間違いを犯していた。だから変わらなければと、ずっと努力してきたんだ」
―――ああ、確かに。
これは、他人とは思えないわ。
■ ■ ■
「メニュー表に見本の絵が載っているのね? 可愛い」
「珍しいだろう? こういうのあまり見かけないよね」
新しくできたというカフェは、どちらかといえば女性の好みそうな内装だったけれど、ミケは臆することなく堂々と入った。
窓際の明るい席に座って、二人顔を突き合わせてメニューを見る。こういうの、堅苦しいレストランではしないものだから、これも珍しいんじゃないかしら?
客層は上流階級向けだけれど、貴族だけに限定してはいないみたい。多分あちらの席は商家のお嬢さんね。絵を見て「どれも美味しそう」「選べないわ」ってはしゃいでいる。わかるわその気持ち。
「こういう雰囲気のお店、好きだわ」
「僕も、こういう気楽な感じの店は好きだな」
私が注文したのはミルクコーヒーと、多分スイートポテトっぽいお菓子。
ミケはブラックコーヒーにカボチャのタルトを注文した。
「コーヒーの人気が出てきて、最近はこういう店が増えてきたみたいだね。お菓子の種類も増えた」
「そうね。種類がたくさんあって、どれにしようか迷っちゃった」
コーヒーはお好みでどうぞじゃなく、ミルクと砂糖が最初から混ぜられていた。少し心配だったけれど、飲んでみたらちょうどいい感じ。
ひょっとしたら私、人生初コーヒーじゃない?
「初めて飲んだけれど、美味しい」
「気に入ってよかった。コーヒーは甘味とも合うって聞いたけれど本当だったな。閣下がいま料理を広めるのに熱を入れてらっしゃるみたいで、このお菓子はロッソ領のレシピなんだよ。王都のものが地方に広がるのはよくあるけど、逆は滅多にないからすごいよね」
メニュー表にも、簡単にそのことが書かれている。発祥の地が王都じゃないって明記するのはいいことだわ。こういうの、最初にハッキリさせておかないと後で揉めるのよね。
「本当、ロッソ様って、すごいわね……」
かつて悪役令息だった、ロッソ伯爵オルフェオ。
あの人は悪人なんかじゃなかった。真に悪い人だったのは、昔のジルベルトが「優しい義父上」と言っていたその人だった。
多分、巻き戻った直後の『オルフェオ』は、何かのきっかけでその人の本性に気付いた。そしてその人の思惑通りにならないよう、まったく別の道を突き進んだんだわ。
ヴェルデ家はあの人の臣下になることで救われた。恐ろしい暴君なんかじゃないのは、ニコラお義兄様やミケを見ていればわかる。
救われたのは、きっとヴェルデ家だけじゃない。
思い出すのは、夏の終わり。
空の向こうの雲……。
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読みに来てくださってありがとうございます。
sideアンジェラ、3話までになると思います。
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