26 / 99
狼と寄り添う兎
25. 告白
しおりを挟む思った以上に広い部屋には、上等なシーツのベッドのほか、最低限の備え付けの家具がある。最低限としても、その質はギルド内にあった宿とは段違いだ。
あくまでも宿であって、一時的な仮住まいではあるが、とにかく安心して姿を消し、戻って来た時は安全に睡眠を取れる場所がこれで確保できた。
ギルドに行って、トーマンに無事宿が決まったことを報告した。
「別に義務ではないと思ったが、礼を言っておこうかと思ってな」
「いえいえ、ありがたいです! 確かに義務ではありませんけど、緊急時に備えて腕のいいハンターはなるべく所在地を申告しておいて欲しいですからね」
なるほど、トーマンにとってありがたいのならよかった。緊急事態なんて起こって欲しくはないけどな。
その後は疲れが回復しにくくなるのを感じ、依頼は受けずにギルド内の店をチェックし、市内の店を冷やかして回ることに時間を費やした。
トーマンに聞いておいた店で草食向けの夕食を買い、日が暮れる前に宿へ戻る。一旦現実へ帰還してこちらに戻り、持ち帰った夕食を食べて、あとは仮眠を取ろうとしたが、ふと不安が忍び寄った。
「今眠ったら、熟睡して時間内に起きられないんじゃないか……?」
時間加速のダイブは、こちらの世界で十時間が限度。それまでに起きられたらいいが……。
「目覚まし時計みたいなの、どこかに売ってないかな。女将さんに訊いてみよう」
部屋を出て、洗濯物の籠を回収中だった女将を捕まえて尋ねてみたが、時間経過を報せる時計など聞いたことがないという。
「ないのか。参った……」
「珍しい魔道具の専門店なんかにはあるんじゃないかねえ? 一軒だけなら場所を知ってるよ」
「助かる。教えてくれ」
―――行ってみたら、営業時間外だった。
ギルドに行けば別の店の場所を教えてもらえるだろうか。
けれど今日は既に何度も利用しているので、これ以上行ったり来たりするのは少し気まずい。
「……二徹するか。明日の朝になったら店の有無を訊こう。いやその前に、目覚まし道具があるかどうかの確認が先か」
体力回復薬を飲んだ。確実に間違った利用法だが、背に腹は代えられない。
しかし部屋という場所はダメだ。そこにベッドがあればフラフラと吸い寄せられてしまう。
ネーベルハイムの市門に向かい、閉ざされる前に出て、平原を歩き始めた。外を歩いていれば、とりあえずは眠くならない。
その夜も新月だった。足元には大地があり、この時間はもう真っ暗というより真っ黒だ。
けれど天と大地の境界線は明白だった。暗黒の中、ひとつひとつは小さいのに、くっきりと明るい星が一面に瞬いている。
灯りを何ひとつ持って来なかったけれど、なくとも困らない。草と土のある場所は目を瞑っていてもわかる。そよそよと風がそよぎ、まばらに立つ樹々の葉が音を奏で、僕の耳がそのたびにピクリと動いた。
歩いているうちに、小高い丘になっている場所があった。なだらかな上り坂を進んで一番上に立つと、視界がいっそう広くなる。
「う……わぁ~。すごいな」
文字通り満天の星。高い場所から眺めれば、見上げずとも既にここは星々の中だ。
毛皮を取り出し、草の上に敷いて、その上に腰を下ろした。寝転がって草を嗅いだり、また起きて地平に降る星を眺めたり、何も考えずともいくらでも時間を潰せた。
しばらくして、絶景との別れを惜しみながら一旦現実へ帰還し、休憩を挟んでまたここへ戻る。
やはり飽きない。どうしてこんなに惹かれるのだろう。
「――……っ?」
耳がせわしなく動いた。この音は。
「あ……」
鼓動がいきなりうるさくなった。僕は決して夜目が利くわけではないけれど、まずは音、それからにおいで接近がわかる。
風向きが変わって鼻腔に漂ってきたそれは、毛皮に染みついたものではなく、本人のものだ。
この足音、草を踏む音。ひっそりと接近しているけれど、僕にはわかる。
「デューラー……」
「なんでここにいる?」
狼族の瞳が、わずかに青く反射していた。
「……おまえこそ、なんでここに?」
「依頼が早く終わったから、先に帰らせてもらった。ロルフとイヴォニーは遅れる」
「遅れる? 何かあったのか?」
「あそこはイヴォニーの好物が山ほどある。いつものことだ」
「好物――魚か?」
そうだ、とつまらなそうに答える。顔はよく見えないが、どことなく不機嫌そうだ。
なるほど、『湖の迷宮』だもんな。僕の尻尾がピクリと動くたび、ウズウズしていた猫族の少女を思い出した。
もしや毎度、その迷宮へ行くたびに彼女が魚に飛びついて、大変な思いでもさせられているのだろうか?
さっさと先に帰っておかないと、依頼完了の報告がいつまでもできないとか……。
「も、申し訳ない」
「なんでおまえが謝る」
「なんとなく……」
すぐ美味しそうな草や実に飛びついている身としては、魚に目をキラキラさせているであろうイヴォニーが他人と思えないんだよ。
「閉門には間に合いそうにないから、適当な場所で野宿をするつもりだった。そうしたら、レンの匂いがこっちの方角から漂ってきてな」
風がどちらに吹くかなんて、普段は意識しないけれど、多分僕は風上にいた。
だからといって、どれほど遠くから嗅ぎ取ったのだろう。狼族の嗅覚はすさまじい。
「おまえの姿は目立つな。夜でも白く見える」
「そんなにか?」
「ああ。――綺麗だ」
さらりと言われ、首から上が一気に沸騰するのを感じた。
彼の瞳を見ていられなくなって、慌てて地平に視線を戻した。
なのに僕の様子に気付いているのかいないのか、デューラーは断りもなく、すぐ隣にサクリと腰を落としてしまう。途端、濃厚になった香り。
いい香りだ。僕を安心させ、穏やかな気持ちにさせる香り。
それから、どうしようもなく落ち着かなくさせる香り。
星を眺めて気を逸らそうと思ったのに、どうしてもできない。
意を決し、彼のほうに顔を向けた。
「デューラー。おまえは……」
ごきゅり、と声を呑み込んだ。
青い瞳が見おろしていた。こんな素晴らしい世界を前にして、彼はずっと僕だけを見ていた。
表情そのものは、多分変わらない。闇の中、きっと冷静な狼の顔をしている。
けれど僕が彼を見た途端、香りがますます強くなった。酩酊しそうなそれが、間違いなく僕に向けられている。
そうだ。彼はこの香りを、ロルフにもイヴォニーにも、ほかの誰にも向けていない。
勘違いではなかった。これは僕だけが感じている香りだった。ほかの誰でもない、僕のためだけに、彼がずっと発している芳香だったのだ。
最初から彼はずっと、ずっと。
――僕を好きだと、告白していたんだ。
「っ……」
声が出ない。どうしよう。どうしたらいいんだ。
顔が熱い。さっきから胸がしつこくドキドキして、いっこうに治まらない。しかも、ますますデューラーの香りが強まって――ああそうか!
バレているんだ。僕がそうだったように、彼も僕のにおいに気付いている。そういう種族だっていう話だったじゃないか。
だったら僕が、彼の香りにうっとりしていたのもバレていた? 僕が無意識にこの毛皮を、自分の『収納空間』へ放り込んだ行動も、全部。
「レン」
デューラーから、じわりと緊張が伝わって来た。
彼がこれから何を言おうとしているのか、ハッキリとわかってしまった。
1,482
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる