僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新たな兎の始動

50. 改めて二度目の自己紹介

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「庭にある草は食えないのか?」
「うん。香りは好きなんだけど、食べられる気がしないんだよ」
「迷宮の実、ベリーといったか。あれの葉や茎みたいなもんか」
「そうそう。ルビーベリーにエメラルドベリー、はすごく美味しいのにそっちはダメだったんだ。多分、僕には消化できない草なんだと思う」

 ひょっとしたらベリー系の草は全部そうなのかもしれない。葉や茎はほとんど無臭に近くて、試しにかじってみたら「うぇっ」てなったし。
 毒ではなかったけれど、無理に食べたら身体によくない感じがした。

「そういうのもあるんだな。草なら何でもいいわけじゃないのか」
「ウォルは肉なら何でもいける?」
「味や香りの好みはあるが、食えんと思った肉は心当たりがないな」
「ふうん。草食の僕らより、食べられる範囲が広いのかな」
「一番広いのは雑食の奴らだろ。タヌキの奴は肉も草もいけるぞ」
「あ、それは羨ましいかも……」

 あちらの世界にいた天然の兎が、果たして毒草とそれ以外を嗅ぎ分けられたかどうかは知らない。
 ただ、この身体には『鑑定』の上位スキルがある。だから僕には毒の有無や食用の可否も、なんとなく区別がつけられるんだ。食用のものと見た目がよく似た毒草や毒キノコはこちらの世界にもあるから、今後こちらで生活する上でかなり助かるスキルだと思う。

 それはともかく、服を身につけて宿を出る時、一悶着があった。ちょうど洗濯物を干しに行こうとした女将さんとばったり出くわしたんだ。
 この部屋を借りているのは『レン』なのに、おまえ誰だよって話だよね。そうでなくとも、昨夜の時点で嗅ぎ慣れないにおいが侵入していることには気付いていて、不審に思って様子を見ていたそうなんだ。
 ……そ、そういえば、女将さん? においって、どこまで……!?

「やっぱりあんたデューラーじゃないか! 噂じゃあんたに兎のつがいが出来たっていうから、てっきりレンのことかと思ってたよ。あの子にちょっと似てるけど、兄弟かい? 可愛い兄弟だからって二股はよくないよ、あんたあの子に威嚇臭つけてたろ?」
「待て女将、誤解だ。少し込み入った話なんだが、ここにいるのはあの『レン』と同じ兎なんだ」
「はあぁ? あんた何言ってんの」
「それがな……」

 狼族同士、ウォルと女将さんは顔見知りだったようだ。
 アワアワする僕の代わりに、ウォルが彼女に説明してくれた。

「へえぇ……ほんとに、あんたがレンなの?」

 にわかには信じられなくとも、ウォルが小手先の言い逃れをするはずがないって、女将さんも知っているんだろう。
 びっくりした顔で確認され、僕はウォルに二股狼の汚名を着せられないよう、慌てて頷いた。

「すみません、女将さん。ちゃんと断りを入れる前に勝手に部屋を使ってしまって」
「いやさ、そういう事情があったんならいいけど……雰囲気がだいぶ違うねえ? レンはなんか、背伸びしてとんがってる男の子みたいな感じだったのに、あんたはこう、見た目と中身が釣り合ってるっていうかね。言葉遣いもそっちのが合うよ」
「そ、そうでしょうか?」
「おっとりしてて可愛い美人さんだね。デューラーがガンガンにおい付けまくるはずさ」

 そ、そのにおいというのは、何がどこまで!? もしかしなくても、昨夜僕がウォルとあれこれしていたのも全部バレているのか!? 訊くのが怖い……!
 可愛い美人さんていうのは、知り合いのつがいに対する社交辞令だろう。ハタチ超えの男に対する誉め言葉に聞こえないのは、この際脇に置いておくとして。

「悪いけど、冒険者証を見せてくれないかい? 宿帳の名前を書き換える前に、一応確認が必要だからさ」
「あ、はい。どうぞ」

 この冒険者証、『ロートス・クライン』もちゃんと持っていた。
 金属板に細いチェーンを通したペンダント。名前も冒険者ランクも刻まれているそれを女将に見せると、「は~」と溜め息をつかれた。

「たまげたね、噂の『クライン』とは。Sランクなんざ初めてお目にかかるよ」
「あまり気にしたことがなかったんだが、この国にSランクは何人いるんだ?」

 まさに僕が知りたかったことをウォルが訊いてくれた。

「あんた、Sランクとつがっといて知らなかったのかい?」
「う……それは」
「この兄さん含めて五人だよ。全部有名な奴らなんだから、そのぐらい知っときな」

 さらに女将さんは、僕以外の四人の名前も教えてくれた。四人とも肉食獣人で、僕はその名前に聞き覚えがあった。
 プレイヤーではない。ゲームでは『限りなくSランクに近いAランク』として知られた、お助け戦闘員の役付けだった。縛りがなくなったおかげでSに昇格できたんだな。
 プレイヤーがいなくなった以上、Sランクが僕だけっていうのは不自然だし、そうなるか。
 さらに女将さんの講義が深まりそうな気配が漂ってきた頃、僕の空腹の虫が激しく自己主張をした。

「引き留めて悪いね、宿帳は書き換えとくよ」

 カラカラ笑いながら女将さんに見送ってもらい、僕はおそらく顔を真っ赤にしながらウォルと手を繋いで宿を出た。
 その後、ウォルに「助かった」と礼を言われてしまった。何故に僕のお腹へ向けて礼を言うんだ。
 まあ僕も、ほんとコイツいい場面で鳴くな、実は自我があるんじゃないか? って思ったけどさ。

「すぐに信じてもらえて助かったけれど、ウォルと女将さんは知り合いだったんだな」
「言ってなかったか? 兎ほどじゃないが、ここは狼族も比較的少ないんだ。むろん全員てわけじゃないが、狼同士には知り合いが多い」
「そうだったのか」

 聞けば、このネーベルハイム市の獣人は獅子・虎・豹・熊・犬・猫が大きな割合を占め、それ以外は少数派なんだそうだ。

「狼族はその次ぐらいだな。草食より多い程度だ」

 ウォルといろいろ喋りながら歩いていると、やがて冒険者ギルドが見えてきた。



「っっっええええ~っ!? おにーさんがレンなのおお!? ほんとに!?」

 猫族のイヴォニーは瞳孔を細め、めいっぱい口を開けて叫んだ。
 場所はギルド内の食堂、『黒熊亭』。テーブル席の向こう側に座ったロルフとイヴォニーに、実は僕が『レン』なんだと伝えると、当たり前だがこのように仰天されてしまった。
 別の席にいる獣人達も、目を真ん丸にしてこっちを見ている。マナー違反だとか、そういうことを突っ込む者はいない。
 驚いて当然だと僕も思う。『レン』をつがいにしたはずのウォルが、知らない兎族へたっぷりとにおいを付けて、手を繋いで歩いているんだから(ロルフとイヴォニーに凝視されるまで離すのを忘れてたよ!)。

「そうだったんかぁ。はー、びびった! よかった、まさかあのデューラーが浮気を!? とか思っちゃったぜ俺」
「だよね! あたしレンをどーやって慰めたらいいか悩んじゃったもん!」

 彼らが依頼で『湖の迷宮』へ行った時は、まだ僕はつがいじゃなかった。でもウォルが僕を囲い込んで自分のにおいを付けまくっていたから、遠からずそうなるだろうと確信していたらしい。……こ、この二人でさえわかるぐらい露骨だったのか。

 ウォルが不本意そうに顔をしかめている。いや、怒らないでやってよ。知らなかったんだから、そりゃあ疑うでしょ。
 それに二人のリアクションに気を取られて、変に緊張せずに済んだ。きっとロルフやイヴォニーならあんまり気にしないんじゃないかな、とは思っていたよ。だけど自分のやっていたことが後ろめたいから、どう受け止められるか心配が拭いきれなかったんだ。

「ごめん。結果的に騙すことになってしまったけれど、あちらは仮の姿だったんだ。中身はもともと僕だったんだよ」

 冒険者証を見せてあげると、二人はテーブルに乗り上がる勢いでガン見していた。

「ロートス・クライン……ランクS……すっっげぇ~っ、マジもんだ! マジで噂の『クライン』だ!」
「すごいすごい! あたしSランカーって初めてみたぁ! ――あれ? じゃあ名前どうしよう。レンって呼んだらダメなのかな? クラインさん?」

 イヴォニーがシュンとしてしまったので、慌てて手を横に振った。

「僕は『レン』が本名なんだ。ウォルにはそう呼んでもらっているから、ロルフとイヴォニーもそうして欲しい。『さん』もいらないよ」

 今まで仲間というものにはずっと無縁だったけれど。
 この二人には、できればこの先も仲間でいて欲しいな、って思うし。
 その気持ちがちゃんと伝わったのか、ロルフはフサフサの尾をブンブンと振り始め、イヴォニーは細く優美な尾をピンと立てた。
 そういう反応をしてくれて嬉しい。
 嬉しいけど、通りかかったお客さんの邪魔にならないかな、とふと心配になってしまった。ごめん、二人とも……。


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