僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新たな迷宮の攻略

16. 安宿はこんなもの

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 この世界の宿は前払いが一般的だ。
 そして宿をキャンセルになっても、返金してもらえるシステムは滅多にない。
 これはその人が泊まると約束したことで、他の宿泊客を断ることがあるからだ。
 ほかのお客さんを断ったあとで、やっぱり泊まらないからお金返せ、なんて言われたら宿の経営者はやっていられない。

 宿に限らず支払いは前払い、キャンセル不可というのはこの世界の基本だった。
 返金の要求が可能になるのは、相手が詐欺師でニセモノを掴まされたとか、そういう事情があった時ぐらいかな。
 だから少しもったいないけれど、ロルフの借りた部屋はそのまんま借りた状態にしておく。

 ちなみに、ロルフの持っていた『水の迷宮』探索用の魔道具は、僕が預かることになった。
 再度潜ることになったのはウォルとイヴォニーだけで、僕は相変わらず湖のほとりで、何があっても対処できるように待機しておかなければいけない。
 つまり、そこから動かずボーッと待っているだけだ。
 だから僕としては、ウォル達に予備として持っておいてもらいたいんだけれど、僕が助けに行けなくなったら困るからと言われ、結局は自分で持つことになった。

「でもさ、どうせ入れないんだからしょうがないのに」

 頑張ればいけるかもと思って、もう一度試してみたんだ。
 だけど水面を覗き込んだだけで冷や汗が出てくるし、水の色が変わっている深い場所へ入って行くのを想像しただけで、足が震えて動悸が酷くなる。
 離れた場所で景色を眺めるだけなら、別になんともない。綺麗だなぁ、いい景色だなぁって普通に癒やされる。
 でも、自分がそこに入るとなるともうダメだ。

 海や湖に関する何かの恐怖症があったと思うんだけれど、僕のこれは多分それだよ。
 日常生活で支障を感じたことが全然なかったから、自覚がなかっただけなんだ。
 思えば『向坂蓮こうさかれん)』だった頃、海や湖に入った経験は一度もない。ゲーム世界でなら何度か入った経験があるものの、どうにもゾワゾワするし、乗り物に酔ったみたいな気分になることが多くて、自然とそういうエリアは避けるようになった。
 あれでも『ゲームだから』まだマシだったんだな。

 恐怖症って努力すれば克服できる性質のものじゃないし、いざという時に自分が役に立てるかどうか、今回ばかりは自信がない。

「いっそウォル達に何かありそうだったら、この湖の水、全部蒸発させちゃおっかな?」

 や、無理だって。
 無理無理。こんな大きい湖なんだから、そんなのできるわけがないだろ。
 ……でも、僕の魔法でそれができそうなの、本当に何かないかな。
 
「いや、だから無理だって」

 あったとしても試し撃ちなんてできないんだから、怖いことは考えるなっての!
 そんな風にジリジリ、考えてはいけない方向へ頭が突き進みそうになりつつ、ひたすら二人を待った。
 やっと彼らが戻ってくれたのは、まだ一時間も経過していない頃……多分、五十分かそこらかな。
 体感的にはもっと長かった気がするよ。

「ただいまぁ」
「こちらは何事もなかったか」
「うん、何もないよ。お帰り、二人とも」

 ほんと、早く戻ってくれてよかった。
 狸のおじさんという話し相手もいないし、ここで二人を待っていると、僕の頭がどうにもテロ兎な方向に行っちゃってさ。

「どうだった?」
「一回目の時と変化はなかった。浅い層までは以前と変わらないんだが、中層以降になると様子が変わる」
「中層に行ってみたの?」
「手前までだ。そこから先へは進んでいない」
「あのね、ここの迷宮って層の境目がめっちゃ曖昧なんだけど、あたしでもなんか違うなってわかったよ。あたしのいっちゃん好きなお魚が、中層手前でいっぱい泳いでるトコがあったんだけどね、一匹も! 一匹もいないの……!」
「……それは残念だったね、イヴォニー。よかったね、ウォル」
「まったくだ」

 大好きなお魚さんがいない時のイヴォニー、気が散る心配がなくて頼りになりそうだもんね。
 今はストッパーのロルフがいないし、ウォルにとっては大助かりだろう。

「今日はここまでにして、一旦村に戻るぞ」
「ん、わかった」
「はぁ~い。……うう、あたしのお魚……」

 ここの村、本当に外から来る冒険者頼みだから、美味しい料理屋さんとか屋台もないんだよなぁ。
 楽しみにしていたイヴォニーには、やっぱりちょっと可哀想かな。



 村に着いた頃には、夕暮れの気配が漂っていた。
 もし三回目も潜っていたら、すぐに暗くなって危なかっただろう。
 二階建ての宿の一階にある申し訳程度の食堂で、三人で話しながら簡素な食事をお腹に入れたら、もうすっかり夜だった。

 次はまた明日ということで、僕らはそれぞれ客室に入る。
 イヴォニーのみ個室で、僕とウォルは当然のように同室だ。
 かといって相部屋を借りると、あとから来た知らない人を追加で泊められてしまうこともあるので、僕とウォルの二人で一人用の個室を借りたのだ。
 こういう寂れた村に上等の部屋はないからだいぶ手狭になるんだけど、僕が一番最初にウォルに泊めてもらったギルド内の部屋だって、広さだけならこことあまり変わらないぐらいだった。

 予備のベッドはない。
 それも僕らには関係がない……んだけど。

「せまい。ギシギシうるさい。硬い。寝心地よくない」
「贅沢兎め。おら、乗れ」
「わっ」

 ベッドの質の悪さに文句をつけまくる僕を、ウォルが自分のお腹の上に乗せた。

「おまえあんだけ食ってんのに、なんでこんな軽いんだ」
「し、知らないよ……って、今夜はダメ! 仕事中! イヴォニーだっているんだから!」

 僕をまさぐり始めた手をペチリと叩いたら、チッと舌打ちされた。
 ダメなものはダメ! だいたい、ここに来る前だってあんなにいっぱい――っと、なんでもない。なんでもないから思い出すなよ僕。
 うっかり思い出したら、それだけでなんかフェロモンみたいなのが出る。

「っ、……ちょっと、ウォル!?」
「一回だけ。……な?」

 懲りない狼はズボンの上から僕のお尻を鷲掴み、お互いの股間をくっつけてすり合わせてきた。

「な? じゃないよもう……!」
 
 ウォルの形をズボン越しに感じてしまい、お尻を掴む彼の大きな手が、そこに指を入れるところを思い出してしまって……
 目がジワリと潤み、僕のそこもあっさり硬くなってしまった。

「ばか……っ!」
「すまん」

 いくら魔法で音を防げるからって!
 魔法で汚れも消せるからって!
 魔法で疲れを明日に残さないようにできるからって!
 完璧!? ……って、そういう問題じゃなく気分の問題なんだよ!
 明日の僕がとても居たたまれない気持ちになるっていう、大きな問題がだな……!

「レン」
「あ、ふ」

 食うぞと決めたら止まらない狼が、僕の唇をぺろりと舐めながら口付けてきた。
 こうなるともう、どうにもできない。

 抵抗むなしく、僕はその夜、たっぷりといただかれてしまった。


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