僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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新たな迷宮の攻略

22. 出現の予感

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 こちらの更新をずっと待ってくださっていた方々、本当にありがとうございます!
 前回からかなり間があいてしまいましたが、徐々に更新ペースを戻していきたいと思います……!(汗)

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 好奇心たっぷりの女の子から、ウォルとの関係について質問攻めに遭い、下手な討伐依頼よりも気力と体力が削られた。
 幸いにも彼女の興味は冒険者の仕事内容に移行し、心の底からほっとしたけれど。

 ニナは同郷である狐族の少年達が、冒険者登録をしていることぐらいは知っていても、詳しいことを聞いているわけではないようだった。
 ただ彼らの様子からして、「あいつら絶対にルール破りをしているな」と察してはいたらしい。

 ニナの身内は問題行動を起こす者ばかり。しかもニナが世話になっている村の村長は、どうやら彼女の生活費をくすねている。
 もし放っておいたら、この先この子にとっていいことは何もない。
 僕はニナをネーベルハイム市に連れて行き、ギルド長に村長の件も含めて報告しようと決めた。
 それから、商人ギルドにニナの世話を頼もう。

 そんな風に思いつつニナと喋り、どのぐらい時間が経ったろうか。
 ――不意に、何かが変化した感じがした。

 においだろうか。それとも音?
 この辺りの空気の密度が変化したのか、皮膚がざわりと粟立ち、耳がピンと立った。

「レン?」

 急に押し黙り、しきりに耳をひくひく動かし始めた僕の様子に、ニナが不安そうに問いかけてくる。
 悪いけれど、すぐには応えられない。
 僕は耳を澄ませ、嗅覚を限界まで研ぎ澄ませる。

 視線が湖のずっと向こう、南西の方角に吸い寄せられた。
 あの方角には何もない荒野が、果てしなく続いていたはずだ。確か迷宮もないという話だったから、特に興味も湧かず、そちらに足を運んだことはなかった。
 それよりも、ネーベルハイム周辺の迷宮攻略が優先だった。僕がここで忙しくしていることは、Sランクの強制依頼を回避する手段でもあるのだから。

 ただ……あちらには何があるんだろうと、今は酷く気になっている。
 
 この感覚の変化は無視できないものだ。
 目くらましが取り払われた感じでもあり、それまで何もなかった場所にたった今何かが出現したような感じもする。
 どうとは説明しきれないけれど、音やにおいも変化している気がした。
 その変化のすべてが、湖の向こう側から伝わってきている。

「あ、レン! 戻ってきたみたい!」
「っ!」

 僕の意識は水面に戻った。
 ニナが指差している水面に、ゆらりと二つの影が見える。
 その影が姿を現すと、間違いなく僕のつがいの狼族と、仲間の猫族の少女だった。



 水の迷宮探索用の魔道具の効果なのか、二人が『船着き場』に手をかけて上がると、それだけで水分がザァッと足元に流れ落ちて消えた。
 装備もすべて乾いているようで、本当に便利だなと感心させられる。

「レン、すっごかったよ! 中、ぱーって光っててね!」

 興奮気味のイヴォニーが身振り手振りで説明しようとするのを、ウォルが「落ち着け」と制止した。

「お帰り、二人とも。――ウォル、何かあった?」
「あったぞ。……その様子だと、こっちでも何か変化があったのか?」
「うん。あの方角だけど、わかる?」

 言いながら、僕は南西の方角を見た。
 ウォルもそちらに視線を据えて、「ああ」と眉をひそめた。

「何かあるな」
「よかった。僕の勘違いじゃなかったか」
「えっ、何? 何があるの?」

 イヴォニーとニナは目を見合わせている。彼女達にはわからないようだ。
 これは単純に獣人としての聴覚や嗅覚、固有能力の差だろう。

「このにおい、迷宮か」
「ええっ? あっちに迷宮なんてなかったよね?」

 イヴォニーが目を丸くしている。
 けれど僕はなんとなく、ウォルのセリフに予想がついていた。

 何もなかった場所に迷宮が出現する……それはゲーム時代にはお馴染みの現象だった。
 ただ、ゲームではなくなったこの世界で、どうして今さらそんなことが起きるのだろう。
 心当たりがあるとすれば、そもそもネーベルハイム市が『新たなエリア』への通過点として設定されていた場所だということ。
 結局は配信停止になってしまったものの、実はその『新たなエリア』自体は作られていて、そのトリガーも存在していたのだろうか。

「ウォル。『水の迷宮』内で何があった?」
「俺も説明がしにくいんだが……」

 ウォルの話によれば、いつもと違い、迷宮内には魔物の気配が一匹もなかったらしい。
 そして水に沈んだ遺跡のすべてに輝く紋様が浮かんでおり、ウォルとイヴォニーの行く手を阻むどころか、むしろ招くように誘導していたそうだ。

「招かれていると感じたのは、あくまで俺の印象だが」
「あたしは特にそんな感じはしなかったなぁ」

 イヴォニーにはぴんとこなかったらしい。だからといって彼女を排除するでもなく、がらんどうの迷宮は二人を最深部まで拒むことはなかった。

「迷宮のヌシの姿もなかった。大きな広場というか広間になっていて、奥に祭壇か玉座みたいなものがあってな」

 光の紋様はその祭壇、あるいは玉座に集中しているようだった。
 玉座の背もたれにも石碑にも見えるそれには、知らない文字がびっしりと書かれており、どうしてかウォルはその中央に『触れなければ』と感じたそうだ。
 無意識に身体が動き、ぼんやりと歩み寄って、文字と紋様の輝く中央に彼の利き手である左手を当てた。危険は何も感じなかったという。
 その瞬間、文字と紋様が強く輝き、広間中に満ちた。それはとても美しい光景で、やはり危険は感じなかったらしい。
 ただ、何か変化が起きたという予感はした。
 その予感を覚えたのを最後に、すべての光が消えた。そこだけでなく、遺跡中の紋様が消え、いつもの『湖の迷宮』に戻っていく。

「長居すると魔物も復活すると感じたからな。急いでイヴォニーと戻ってきた」
「あ、本当だ。ヌシが復活してる」
「うそっ、ホントに?」

 イヴォニーの尻尾がぶわりと膨らんでいた。
 ウォルならまだしも、イヴォニーに迷宮ボスの討伐戦なんて荷が重いからな。
 それにしても、魔力をその仕掛けに流すことがトリガーだったのか?
 もしくは、ウォルの魔力が必要だった?

 いや、まさか……
 でも、一緒にいたイヴォニーは何も感じず、ウォルだけ『無意識に身体が動いた』ということは……

「宿に戻ろう。明日になればネーベルハイムへ報告に行くぞ」
「……そうだね。すぐにそこへ行かないと大変なことになる、ていう感じもしないし」
「俺もだ」

 さすがに、新たな迷宮の姿を確認しに行こうという話にはならなかった。
 そこまで足を延ばすには準備が足りず、日数もかかりすぎる。
 狐族の少年達の件と、ニナの件と、『水の迷宮』の異変と、この近くの村の問題――まず報告して片付けなければいけないことが、たくさんあるのだから。


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