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友との再会
50. 一年ぶりのお茶会
しおりを挟む手で顔を扇ぎながら、気を取り直して茶会の準備をする。
場所は庭でもサロンでもない。図書棟だ。
この場所を提案したのはオスカーだった。ジュール王子とジスランのみ滞在中の利用許可を与え、お付きの者は不可とすれば、他者の目も耳も気にせず心ゆくまで話すことができるだろうと。
悠真の侍女をしているペトラとモニカを含め、館の使用人は魔法による雇用契約を結んでおり、窃盗や情報漏洩に手を染める心配がない。ジュール王子とジスランは魔導塔筆頭と以前から交流があり、人品の保証もされている。だが近衛は違う。
「二人とも、ここ見たらびっくりするだろうな」
ペトラとモニカが花瓶の花を全て、ジュール王子をイメージした白と黄色と青に交換してくれた。ローテーブルの近くのワゴンには三人分のカップと茶葉、それから色とりどりの焼き菓子。指に菓子くずがつきにくいよう、悠真の提案でパンとクッキーの中間のような生地で、花や鳥の形に焼き上げている。
要は小型の菓子パンだが、昼にたくさん食べていても、成長期がまだ終わっていない少年の胃袋は無限だ。このぐらいペロっと入るだろう。
湿らせた手拭きを乗せた皿と、焼き菓子の皿をテーブルに並べ、カップがちゃんと温まっているのを確認する。
気が付けばそろそろ時間だ。
「それではユウマ様、わたくし達は失礼いたします」
「ご用の時はお呼びくださいませ」
「うん、二人ともありがとう」
護衛を排除する言い訳に説得力を与えるため、今回はペトラとモニカにも遠慮してもらう。
二人の姿が扉の向こうに消え、そういえば完全に一人になるのって久しぶりだな、と思い出した。
けれど独りぼっちではない。悠真の影は、彼の影に繋がっているのだから。
とてつもない安心感の中、友人達と本当に再会を喜び合えるその時を、ドキドキわくわくしながら待った。
□ □ □
「お招きに預かり―――うわ、これはすごいな……!」
初っ端からジュール王子が失敗した。階を突き抜ける高さまで壁一面にびっしりと書が並ぶ光景に圧倒され、思わず口走ってしまったのだ。
赤面し、「すまぬ」と口を押さえた少年に悠真はプッと噴き出した。客人のミスは余程でなければ笑顔でスルーが礼儀であり、噴くのも失礼である。これでおあいこだ。
「すごいでしょ? 僕も初めてここに入れてもらった時はびっくりしたんだよ。さ、二人とも座って」
「う、うむ」
挨拶に失敗したのはジュール王子だが、ジスランはそもそも挨拶すら失念し、呆けた顔で壁や天井を見回していた。二人して赤くなり、おとなしく示されたソファに座る。
「わ、美味しそうですね。初めて見るお菓子です」
「うん、これはねえ……」
甘いもの好きのジスランが目を輝かせ、ジュール王子は興味深げに菓子を見つめていた。反応としてはジスランのほうが無邪気で、王子は意外とリアムに似ていると悠真は思った。珍しいもの、初めて目にするものを観察する様子が、初対面の頃のリアムにどことなく重なるのだ。
昼食時よりもずっと幼い二人の様子に、こらえきれない笑みをこぼしながら、ブロークンタイプの茶葉をやや短めの時間で蒸らし、カップにそそぐ。一旦は砂糖やミルクなど、何も入れずに飲んでもらいたかった。
「これは……」
「……」
二人は無言で目を閉じ、カップに口をつけた。悠真も同じように瞼を伏せれば、より香りを鮮明に感じる。
今回用意した茶葉は、ジュール王子とジスランが二人とも好み、この三人でお茶会をする時の定番だった。
しばらく誰も言葉がなく、静かな時間だけがゆっくりと過ぎ、全員が一杯目を飲み干してしまった。
「……美味い。以前も、飲んだ味だ」
「そうですね……色味も、香りも……」
ジュール王子とジスランの目が心なしか赤く潤み、悠真の涙腺も引きずられそうになる。
「おかわりを淹れようか?」
「お願いする」
「私も……」
「ジスランはミルクと砂糖入れる?」
「欲しいです」
ストレートティーを王子に、悠真とジスランはミルクティーで二杯目。一杯目の時は三人とも胸がいっぱいで菓子に向かわなかったけれど、少し落ち着きを取り戻し、皿に手が伸びるようになった。不思議な食感の菓子は大好評だった。
「お昼にはちゃんと言えなかったけど……二人とも、二度と会えないと思ってたから、すごく嬉しい」
「私こそ―――私こそ、リアムに聞いてずっと気になっていた。無事でいるのかと」
「私もです。お元気そうで、本当にホッとしました」
悠真が切り出せば、二人とも食い気味に返した。
(ああ、あの頃の二人だ―――)
いや、あの頃よりも率直に胸の内をさらけ出してくれている。ここはそれが許される、何も気にしなくていい場所なのだ。
「僕からの自己紹介はできていなかったから、改めて。僕の本当の名前は水谷悠真。悠真が名前で、歳は十九歳だよ」
「十九歳!?」
「年上だったのですか!?」
「はは……うん。きみらから見たら小さいし、子供っぽく見えるかもしれないけどね……」
「いや、そのような印象は全くないぞ。むしろ逆だ。納得した」
「レムレス様の隣に立っている方がそうかなと思いましたが、とても雰囲気があって大人っぽい方ですし、違うかと思いかけたぐらいです」
再び食い気味に否定され、悠真は目を丸くした。
「僕の外見て、この身体が元の姿そのままなんだ。この国では珍しい容姿だから、変に思われないか心配してたんだけど」
「そうなのか? 何も変ではないぞ。その、……美しいと思う、とても。初めて目にした時は、見惚れてしまったほどだ」
「ええ。黒絹の髪も黒曜石の瞳も、お顔立ちもなんといいますか、しっとりとした色香……いえ、不思議と心惹かれる雰囲気ですし。ミシェルのイメージがずっと念頭にありましたから、想像より遥かに大人の方でびっくりしました。今も少しびっくりしています」
「そ、そう?」
悠真からすれば二人のほうが大人びて見えるので、美しいだの大人っぽいだのの誉め言葉は少々気恥ずかしい。
だが、ジスランがミシェルの名を口にしてくれたおかげで話を繋げるきっかけができた。悠真は自分が別の世界から来て、長い期間鏡の中に閉じ込められたこと、そしてオスカーに助けられたくだりを細かく二人に話した。
さすがにどんな方法で人化したかまでは赤裸々にできず、秘匿魔術として濁すしかなかったけれど……。
「リアムからは、そこまで聞いていなかった……。奴が私に話したのは、ミシェルの禁術で囚われた魂こそが我々の友であったこと。その魂が用済みとばかりに追い出され、檻の世界をさすらう過程で精霊化したこと。封じられていた場所が悪く、そのままでは消滅または悪魔化の恐れがあり、レムレスに保護されたこと。それだけだった」
「まさか、そこまでの状況だったなんて、思いもしませんでした……」
特に二人がショックを受けたのは、鏡の中の世界についての話だった。最初のうち、悠真はミシェルの寝室から移動できなかった。毎日、自分を閉じ込めた人間の笑い声が聞こえる中で、ひたすら孤独に書物や魔法の練習にのめり込むしかなかった日々。
魔に堕ちなかったのがいっそ奇跡ではないか。王子もジスランも呆然とするしかなかった。
「うん。だから、僕を見つけてくれたオスカーには、感謝してもしきれないんだ」
「そう、だったのか……。……あー、その……ユウマ。不快に思わないで欲しいのだが……」
「?」
「私はてっきり、その……レムレスが、そなたの保護権をよからぬ輩に主張させぬよう、先手を打って形式上の伴侶にしたのだと思っていたが……先ほどのあれは、あの様子では、つまり……」
「あ……」
赤くなって言いよどむ王子に、悠真も赤くなった。つられてジスランも赤くなる。何をやっているのだろうか。
「う、うん。そのぅ…………求愛、されました……」
「そ、そ、そうだったのか……あのレムレスが……レムレスが……信じられん……」
「な、なんと、あのレムレス様が…………参考までに、どのようなお言葉で……?」
「―――」
抱いたらのぼせ上がってしまった。
泣いて嫌がろうが離れたくなろうが、捕まえて離さない。
おまえをいかに自分の身体に溺れさせるか腐心している……
(い、言えるかああああっ!!)
茹でダコがくるんとソファに丸くなった。顔を隠しても、首から耳からみごとに茹だっているので意味がない。
「訊くな、ジスラン……」
「す、すみません……」
うろうろ視線を彷徨わせながら、こちらも赤くなった友人達はお茶を飲むフリをした。
何をやっているのだろうか。
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