鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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魔法使いの流儀

78. 因縁の相手

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 固まる夫人に、悠真はさらに続けた。

「人からこんな風に言われたのは初めてでしょ? 自分達はオスカーのことを、冷血漢だの冷徹だの非人情だの、あれだけ好き勝手に言っていたくせにね」
「おっ、……おまえは、オスカーが送り込んだの!?」
「違うよ。僕は僕自身の意思で来た。言っておくけれど、あんなにも家族想いで優しい人を、これ以上傷付けるのは許さないよ。僕はあなた方が嫌いなんだ。―――この夫婦と一緒になってオスカーを追い詰め、追い出した奴らもね。彼一人を悪者にすることで、みんな『善い人』でいられて幸せだったでしょ?」

 どこまでも優しく紡がれる糾弾に、心当たりの浮かんだ使用人の何人かがサッと青ざめた。
 今のカリタス夫妻の体たらく、そしてミシェルの最近の有様に、彼らの間では疑問が生じ始めていたのだ。……オスカー坊ちゃまのいらした頃は、まだマシだったのではないか、と。
 夫人は真っ赤な顔で何か反論しようとしては、良い言葉が出てこないのか、無意味に口をパクパクとさせている。未だに言われていることを完全に理解したとは言い難いが、侮辱されているのだけは理解できた。
 唯一、フロースの顔色だけがほとんど変わらない。彼は悠真の正体を漠然と察し、カリタス家一同が怒りの対象になっても無理はないと悟っていた。

「フロース以外、このカリタス邸にいる者全員、勝手に出てはならない。僕は全員の顔と名前を憶えているから、逃げられると思わないことだよ。―――フロース」
「はっ」
「そこの夫人を、彼女の部屋に閉じ込めておいてもらえるかな」
「それは……」
「なっ、なんですって!? わたくしを閉じ込める!?」
「一日中のんびり籠もるのが好きなんでしょ? 今までと変わらないじゃないか」
「おっ、おまえは、わたくしを誰だとっ……」
「構うことはないからね、フロース。彼女の夫は失脚する。つまりこの人は何の身分もない、ただのニネットになるんだ」

 フロースは目をみはり、そのおもてにすぐ理解の色を浮かべた。そして女性の召使いに、「奥様をお部屋へ」と命じた。

「何を言っているの? ねえフロース、この者は何を……」

 カリタス夫人はきょとんとして、執事に説明を求めた。
 だが、見返す執事の瞳は冷ややかだ。

「奥様。お部屋へお戻りください」
「何を……」
「おまえ達、奥様をお部屋へ」

 フロースが重ねて言い、数名の使用人が無言で女主人に詰め寄った。
 異様な雰囲気にカリタス夫人は気圧され、後退った。部屋の中へ。
 そのままドアが閉ざされ、フロースは自分の腰にかけていた鍵束を手に取り、そのうち一本を鍵穴に差し込んだ。当主の部屋以外は外側からも鍵をかけられるようになっているのだ。
 夫人がノブをがちゃがちゃ回し、何かをわめき始めたが放置だ。

「ミシェルの部屋へ行く。ついてきて」
「かしこまりました」

 フロースは頷き、悠真の後についていった。黒髪・黒衣の青年は迷いのない足取りで廊下を進み、ミシェルの部屋の前に立つ。使用人達はそれを見て、肌の粟立つ心地を味わった。彼は以前、本当にここにいたのだと。
 執事はミシェルの部屋の外側にかけていた鍵をあけ、悠真のために扉の前からサッと避けた。

(さて。懐かしの顔とのご対面だ。何を言ってやろうか……)

 この日をずっと待ち望んでいた。オスカーとは真逆の意味で、ずっと会いたくてたまらなかった相手。
 とりあえず会えばぶん殴ってやろうかと思っていたけれど、実行したら痛みが薄れてもなお延々と大袈裟に痛がり、もとから人の話を聞かないミシェルがますます話を聞かなくなりそうだった。

(頭に軽くゴツンとやるだけで、いくらでもメソメソできそうな奴だからなぁ)

 ―――ところが。

「なっ、なに? きみは誰……?」

 怯えた顔で椅子から立ち上がった少年の姿に、用意してきた罵倒用の言葉がポンと抜け落ち、握っていた拳からも力が抜けた。

「ミシェル、おまえ……太ったね?」
「えっ?」

 以前のミシェルの体型は、さながら細い小鹿だった。
 それが今や、何か別の動物になりかけている。
 すっきりしていた顔の輪郭が丸くなり、顎が二重になりかけ、服も全体的にぴっちりしていた。少なくとも五~六キロは増えているのではないか。
 それもそのはず、以前のミシェルは、食べる量自体がさほど多くなかった。ところが悠真が中に入って以降、活動量が増え、それに伴い食べる量も増えた。
 なのに悠真を追い出し、再び引きこもるようになって、それからも食べる量を元には戻さなかった。その必要性を考えもしなかったのだろう。

 とどめにカリタス夫人だ。彼女は父親に閉じ込められて可哀想な息子のために、菓子を与えるよう指示を出し続け、その量も回数もどんどんエスカレートしていった。
 フロースや他の使用人が健康上よくないのではと止めても、ニネットはさめざめと泣きながら「このぐらいしかあの子を元気付けてあげられないでしょう」と命令を撤回しなかった。
 一日三食のうち、一食がまるまるお菓子。お菓子が好きなミシェルは、普通の食事は残すことがあっても菓子だけはすべて平らげ、その上でおやつも食べていた。
 脂肪が増えて当たり前だ。世話係の使用人は、ぷくぷく肥えていくお坊ちゃまの容姿の変化に気付いていたが、どうにもできなかった。

 今もまさにおやつタイムだったようで、テーブルの上にはお茶と、食べかけの菓子が何種類も並んでいる。
 その脇に置かれた二冊の本は、こちらに向けたタイトルを読む限り、詩集と冒険譚。娯楽本を読みながら食っちゃ寝の日々とは、優雅な謹慎生活もあったものだ。

「ぷっ。……あはははは」
「な、なに? なんなの?」

 同じぐらいの身長なのに、おどおどとした上目遣い。以前は外見の可愛らしさから、多少は相手の庇護欲をそそることができていたろうが……。

「遺伝や病気、純粋に食べるのが好きでぽっちゃり体型、っていうんならまだしも。どうせ『僕はなんて不幸なんだろう』ってジメジメしながら、たくさん食べて寝るの繰り返しだったんでしょ? 想像がつくよ。今のおまえ、すごく嫌な外見になってる。見た目が中身に追い付いた感じかな」
「え? 何を言っているの?」
「自分の変化に気付いていないんだろう? 毎日見ていると、少しずつ変わっていてもわからないものだしね。ちゃんと自覚させてあげるよ。ああフロース、ドアは閉じなくていい。人払いもしなくていいからね。むしろ、使用人の皆には聞いておいて欲しいな」
「は……」

 てっきり人を近付けないよう命じられると思っていた執事は、困惑しつつも「かしこまりました」と頷く。
 悠真は懐から携帯鏡を取り出し、適当に近くの壁にペタリと貼った。そして忽然と姿を消し、ほんの数秒で何かを抱えてまた現われた。
 消えたと驚く間もなく、すぐに戻って来たため、目撃した全員が反応に困っている。悠真は意に介さず、スタスタ歩いてミシェルの脇を通り過ぎ、をフロースや、開いたドアの向こうで待機している使用人にも見える位置に立てた。

「そっ、それは、まさか!」

 ミシェルが怯えきった声を発した。―――内側から二箇所、不自然に走っている異様なヒビ。
 彼の部屋にあった姿見だ。豪華な装飾の枠に、脚が付いて立つようになっている。
 悠真はつい先ほど、倉庫にこれを取りに行ったのだ。そこには大量の鏡が放置され、移動には困らなかった。
 悠真は鏡面に触れた。触れた指先からぴしぴし……と音を立ててヒビが消え、ものの数秒もかからず、完全に元の状態に戻っていた。

「ひっ……」
「ほら、ミシェル、よく見なよ。おまえの姿」

 悠真は姿見の横に立った。ミシェルの姿がよく映るように。

「い、いやだ! こわいよ、助けてフロース!」


 ミシェルは執事に駆け寄ろうとしたが、身体がガチリと固まって動かない。全身を土の中で押し固められたように、指一本動かせなかった。

「なななにっ、ど、どうして?」
「フロースに手間をかけさせるなよ。いいから大人しくこっちを見ろ」

 逆らえなかった。―――ミシェルの姿はもう、鏡に映っているのだから。
 見えない何かに支配され、勝手に動く自分の身体に困惑と恐怖を覚えつつ、ミシェルは言われた通り、鏡にしっかりと視線を据えた。

 ほっそりとした小鹿のように、可愛らしい少年が立っていた。


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