鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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魔法使いの流儀

82. 王宮清掃の開始

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 かたく閉ざされた王宮の門を嘲笑うかのように、上空から出現した影がふたつあった。
 跳躍ののち、軽々と物見の棟の屋根に着地した巨大な犬。それから、ゆったりと空を飛ぶ四枚羽の怪物だ。
 姿を潜めるでもなく堂々と現われ、にわかに兵士達が騒ぎ始める。

「統率がまるで取れていない。寄せ集めと変わらんな」
「あいたた。こうまで酷いとはねぇ」

 平然と怪物の背に乗った二人は、そんな言葉を交わし合う。距離はかなり離れていても、風の魔法ですぐ隣にいるのと変わらぬほど耳に届いた。

「あれらの兵は皆、日頃から周りを見て動き方を決めていた者なのだろうね。見習うべき見本がいなくなったせいで、どうすればいいかわからなくなっているようだ」
「下の者は疑問など持たず上の指示に従え―――それが鉄則ではあるが、肝心の『一番上が誰か』を誤ったのが敗因だな」

 王は圧政など敷いておらず、現在他国と戦をしている最中でもない。近衛騎士団長の命令であろうと、いち大臣の意向で王に矛を向けよと言っている時点で、従ってはならないとわかるはずだった。
 彼らに与えられた最大の使命は、何よりも王を守ること。そこを取り違えた時点で、もうこの中にいる兵士には同情の余地がない。

「家柄とコネだけで上の地位につけるのが常態化してたからなあ。それに王宮勤めって、末端の兵士でも世間的には花形なんだよ。一歩外に出れば誰からももてはやされるし、いざ戦が始まったとしても、戦場に立つのは一番最後ときてる」
「ふん……」
「ところで、見つかったかい?」
「ああ、たった今な。あちらだ」
「了解。では私はこちらを請け負うよ」

 言うや否や、リアムの犬は跳躍した。
 眼下で弓を構えていた兵士達は、突然動いた標的に慌てふためき、すぐに矢の方角を変えようとするも、その先には太陽があった。
 眩しさに狙いを定めることもできない。そこに、上空から地上へと突風が叩きつけられた。周囲の一帯を呑み込む強烈な風に、まともに立っていられた者はいない。
 武器も盾もバラバラと地面に落ち、膝を突いた兵士達の前に、渦巻く風を纏った狼と愛し子が悠然と舞い降りた。

「さぁて、お掃除お掃除っと」

 風がやみ、なんとか目を開けられた者は、そこにいるのが時おり見かける緑髪の愛し子だと気付いた。女性めいた美貌の魔法使いを、『女っぽい男』と見下す兵士も少なくはなかったのだが……その手にあるのが、長柄の戦斧だと気付いて顔を引きつらせた。
 「剣で急所を狙うのは苦手なんだよ。私はか弱いんだから!」という主張でリアムが選択した武器がこれだ。適当に振り回していたら当たるし剣よりも威力があるじゃない、という理由だけで選んでいる。
 実際彼は剣術より斧術のほうに適性があったので、オスカーは何も突っ込まなかった。

「殺すなよ、リアム」
「わかってるって、オスカー。ユウマくんが気にしちゃうからね」

 どうせ生かしておいても、ここにいる半数以上は確実に処刑されるのだが、言わぬが花だろう。

「せいぜい、死なずに痛い目に遭ってもらう方向でいくさ」

 眠り薬で静かになってもらう、という穏便な方法は今回は取らない。彼らにはしっかり意識を保ち、愚かな選択をした者―――彼ら自身も含めて―――の末路の目撃者になってもらう。
 そして地上を緑の暴威が吹き荒れた。



 一方、オスカーはリアムとは反対方向を目指していた。目標近くの上空に着き、しばらく静止してやっていれば、バカ正直に兵士達がわらわらと集まり、隊列を組んで矢を射かけ始めた。
 無数の矢が飛んでくるものの、すべて到達する手前で力を失い、地上にポトポト落ちてゆく。目敏い指揮官ならばすぐに無駄を悟ってやめさせるだろうが、しばらく弓兵隊の攻撃は止まらなかった。
 広場に、城壁の上に、多くの兵が建物の中から姿を現わしているのを見て取り、漆黒の翼竜は大口を開けた。生前は咆哮で威嚇することもあったのだろう。今はただ音もなく、《ラディウス》の発した何かが地上を襲う。
 もし悠真がこの場にいれば、圧倒されるよりも先に「重力魔法!?」と瞳を輝かせたかもしれない。
 事実、それは吐息ブレスではなかった。風による攻撃でもない。見えぬ力の波動が一帯をズシリと襲い、人々は立っていられぬほどの『重さ』に次々と倒れ込んだ。
 力の波動が去った後も、そこかしこでうめき声が上がり、立ち上がれる者は少ない。倒れたきりのほとんどは、骨がやられている。

「く、くそっ! 化け物が! 卑怯者め、おりてこいッ!」

 後からのこのこと出て来て騒ぐ者がいた。ひときわ豪華な武具を纏っている男だ。下の兵士達が皆やられてしまい、自分が出るしかなくなったのだろう。

(術式の気配がする。腕に布をくくりつけているが、あれがそうか)

 《ラディウス》が地上に舞い降り、オスカーはひらりと鞍から飛び降りて使役霊を仕舞った。

「く、くくく。この卑怯者が。最初からそのように、正々堂々と戦えばよいのだっ」

 言いながら、上位兵は魔石の首飾りを握りしめ、二人を包む範囲に結界を生じさせた。それは敵の力を弱め、術師の力を強める性質を持っていた。
 悠真が襲撃を受けた時のものより、遥かに狭く威力も弱い。あれほどの術を行使するには魔石の数が足りず、弱い簡易版にするしかなかったのである。そんなことなど知る由もなく、上位兵は自分の周りに奇怪な怪物を出現させ、勝利を確信して顔を歪めた。
 正々堂々と言いながら他人の用意した術式を使い、自分に有利な状況を作り上げるわけのわからない相手に、いちいち返事をしてやる口はない。
 オスカーはもう一体の使役霊を出した。
 《シーカ》だ。

 身の丈数メートルの大男の影。その両手にはペンと紙ではなく、剣の柄が握られている。
 これが彼の本来の姿。戦場で最も輝く戦士。
 ……なのだが、この使役霊を見て真っ先に「ペンがないな」と思ってしまったオスカーは、随分悠真に毒されてしまったと内心で苦笑した。

「行け」

 影が舞う。その巨躯からは想像もできない速さで身を翻し、《シーカ》は飛び掛かる獣を次々と斬り捨てた。術式で現われたそれらは生物ではなく、恐怖もなければ血も流れない。
 金属を引っ掻くような悲鳴を発して消滅する怪物に、上位兵は焦って次々と新手を出した。どれも同じ種類の怪物であり、それ以外は出せないようだ。

「ええい、これならどうだっ!?」

 最後に最も大きな怪物が出されるも、今までの怪物をひとまわり大きくしただけのものだった。
 繰り出される鋭い爪をものともせず、《シーカ》はくるりと身をひねって片方の剣で脚を落とし、その勢いのまま二本の切っ先を交差させて薙ぎ払った。
 怪物は✕字形に切れ、四つに分離された後にあっけなく消滅した。

 それと同時に、パシンと音が鳴る。上位兵の手の中からだ。
 男は手の平を見つめて呆然としていた。
 魔石が粉々に割れて変色している。艶も消え、そこにあるのは既にただの石屑でしかなかった。
 魔力が尽きればそうなる。しかしどうも、その男は魔石というものの性質を知らなかったようだ。

「何故だ!? 何故だ!? くそおおお! このインチキめ!」

 石屑を投げ捨て、ついでに捨てゼリフも吐いて逃げ出した。そこらじゅうに転がる部下を置いて。
 見捨てられた兵士達は、いまだろくに動くこともできないまま、目を見開いて男の背を凝視する。中には恨み言を漏らす者もいた。
 
「あれは最初から裏切者だ。きさまらもな。似た者同士、裏切られて何が不思議だ」

 オスカーの中に同情は湧かず、冷たい瞳で彼らを睥睨するだけだった。


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