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番外・後日談
家族の絵
春も終わりに差しかかり、夏がすぐそこまで見えてきた季節。
服も寝具も通気性の良い生地に変わり、植木の緑は心なしか濃くなっていた。
その日、春ぶりのアデリナお姉様と、俺にとってはそんなに久しぶりでもないエアハルト、そして双子の子供達が訪れた。
小さな子供の声が響いて、ムスター邸は一気に賑やかになった。
レーツェル夫妻の双子達は、もうとっくに立ち歩きができるようになっている。ただしいきなり変なところに歩いて行ったり転んだりしたらいけないので、外を移動する時は常に抱っこだ。
長旅はまだ無理でも、レーツェル邸とムスター邸の距離ならさほど問題はない。
僻地の田舎でもなく、万一のことがあれば医師も人もすぐに呼べる
ちなみにお姉様は双子妹を抱っこし、エアハルトは双子兄を抱っこしていた。
エアハルト、上達したんだなぁ……!
前回はあんなにおっかなびっくりだったのに、お子さんにも嫌がられていないようで重畳だ。
不安定な抱き方をすると子供は嫌がるからな、当たり前だが。
「お義姉様、双子達はまた言葉をだいぶ覚えたのですね? 以前会った時よりも、たくさんお喋りしている気がします」
サシャを抱っこしたリシェルが、明らかに言葉数の増えた子供達を感心しながら見つめている。
意味のない単語ではなく、ちゃんと意識して言葉を発しているのだ。ミッテちゃんを指差しながら「かあたま、ピイピイいる」とかな。
「そうでしょう? 最近ではいろいろな単語を組み合わせて話すの。サシャも前より大きくなったわね」
「最近は食べられるものが増えておりまして、そのおかげかもしれません」
そう。サシャはとうとう先月から離乳食を開始した。
特に嫌がる様子もなく、大きな病気もせず、ふくふくと育ってくれてありがたいことだ。
天色の宝石のような瞳が、リシェルの腕の中からアデリナお姉様をじっと見上げている。
ミッテちゃんがそんな我が子とお姉様の顔を交互に見比べ、俺の肩でピヨヨと鳴いた。
「漠然とした感情ですけれど、『この人は誰だろう?』のように感じながら見つめておりますね」
おお! そういうところもどんどん成長していっているんだな。
撫でてあげたくなったけれど、微笑むお姉様と「?」という顔のサシャが見つめ合う、この素晴らしい光景を壊したくはない。
ううん、ジレンマ。
「エアハルト殿、きみはそちらで立ってもらえるかな? アデリナは前に座って……」
小さめの広間に集い、非常に珍しいことにヨハンが指示を出していた。
何故かというと、今日は俺達家族の絵を描こうという話になっているからである。
お姉様一家も呼ぼうということになり、要は家族の集合写真の絵画版だから、結構大きな絵になる見通しだ。
画家によって描き方が分かれるそうで、キャンバスを用意しモデルを見ながら直接描き込むタイプと、何枚も描いたスケッチをもとに絵を完成させるタイプなどがいるそうだ。
ヨハンはどちらかといえば前者らしい。大掛かりな絵ほど拘束時間が長くなるし、じっとしていられない小さな子もいる。だからヨハンは全体像を大まかに描いたあとは俺達を解放し、アクセサリーやレースといった細かい部分だけ、スケッチを参考にするつもりでいるようだ。
つまり違うやり方を組み合わせて描くんだな。
ヨハンは昔、人物画が苦手と言っていた。
その割にゃ、母上様を内緒でガンガン描いてやがるなという点については触れないでやっておく。
絵師を雇わずに自分で描きたいとこいつが言い出した時、大丈夫なのか改めて訊いてみたんだが。
『モデルを描こうとすると、演奏の時よりも相手の意識と視線が強く自分に集中する感覚があって、それが苦手だったのかもしれない』
なんてヨハンは言っていた。まあ多分それも大きく間違ってはいないんだろう。
ただ俺としては、妖怪ヒルダとその眷属の女どもが元凶だろうと見当をつけている。
どうせ絵のモデルになった女が、毎度毎度ヨハンに秋波を送るつもりで凝視してたんだろうさ。獲物に食らいつこうとする猛獣みたいな目でな。
長椅子にアデリナお姉様、リシェル、母上様の順で座り、お姉様の膝と母上様の膝には双子達が抱っこされている。
サシャはリシェルのお膝だ。
お姉様の背後にはエアハルトが、そしてリシェルの背後には俺が立つ。
双子を誰が抱っこするのかが構図の悩みどころだったらしい。エアハルトが立ちっぱなしで赤ちゃんを抱き続けるのは腕が疲れるだろうし、お姉様が二人まとめて膝に乗せるのも、年々活発になるお子ちゃん二人分だから大変だった。
なもんで、一人は母上様のお膝になったわけだ。
画角に入らない離れた場所に使用人達が何人も立ち、ヨハンの助手が下絵用の絵の具やイーゼルを準備している。
俺は別の使用人に指示をして、大きめの鏡を運び込ませた。
その姿見は母上様の横に置かれ、斜めに角度をつけられる。
ヨハンは設置したキャンバス前の椅子に座り、こちらを見てやっと鏡の存在に気付いた。
「あ……」
ここにいる俺達『家族』の中、母上様の後ろにヨハンはいない。
だから鏡を置かせた。ヨハンの視線からは、これから絵を描こうとしている自分の姿が映って見えることだろう。
ヨハンはくしゃりと子供みたいな笑顔になって、鼻歌を歌いそうな雰囲気で猛然と下絵を描き始めた。
ヴェルクの義父上様にもリシェルと孫の肖像画を頼まれているし、ヨハンに描かせて送ってあげよう。
この勢いなら注文が二、三枚増えたって、喜んで描くだろう。
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