239 / 272
番外・後日談
先輩は神 -side後輩
「それは無理です。できません」
俺は「えっ」と先輩の横顔を凝視した。
装着したヘッドセットの向こうから、『自称神様お客様』が声を荒げて不満をまくしたてている。
なのに先輩は、それはもう涼し~い顔だ。
俺は今、モニタリングの設定にしたヘッドセットを着けている。
もしマイクに話しかけても俺の声は相手に聞こえず、そこから伸びたコードは先輩のヘッドセットのコードと繋げてあった。
ちなみに先輩が座っているのは、俺のデスクの椅子だ。
見ている画面も、俺に貸与されたデスクトップPCの画面。
なんでそんなことになっているかというと、俺がどぎつい自称神様にぶちあたって敗北してしまい、先輩が交代してくれたからだ。
おまえの対応は気に入らないから上に代われ! と叫ばれ、そういう時は普通、上の者から折り返すことになる。
自分の上の社員が通話中だったら転送なんてできないし、何が不満で代われと要求されたのか共有する時間がほしいからだ。
中にはそれすら気に入らないという人もいて、「いいからすぐに転送しろ!」と譲らない。全員通話中だから無理と言っても、「終わったらすぐに転送しろ」と無茶を言う。今回はそのケースだった。
でもって俺のディスプレイに表示されている同部署内の通話状況に、『待機中』の表示は本当にひとつもなかった。
半泣きになっている俺の近くを、遅番で出勤してきたばかりの先輩がたまたま通りかかり……
無言で「代われ」というジェスチャーをして、そのまま交代してくれたわけだ。
神だ。マジで神だ。
俺はすぐにモニタリング用のヘッドセットを準備し、先輩のやつに繋げて、それ以降の通話を聞かせてもらうことになったんだけど。
「無理です。できません」
うえわぁぁあっ、先輩、また言い切ったぁぁ……!
そこは「難しいです」とか「できかねます」とかって言わなきゃいけないんじゃないっすか!?
案の定、電話の向こうの相手はヒートアップ。先輩の三倍ぐらいの速さで、何百倍もの文字数を一方的にぎゃぎゃぎゃぎゃっ! とまくしたて……日本語かな?
日本語のはずなのに、途中から宇宙語に聴こえてきた。
負の電波が濃縮された怒声に、聴いているだけのこっちの胃がキュウッと絞られる。
「さらに上の者に代わった場合でも同じ回答になります。できないものを『できる』とは言えません。ご理解ください」
なんで先輩、そんな平然としてるんスか? しかもそんな強気な言い方して、あとで問題になりません?
だけどだんだん、神様お客様の熱が弱まっていった。
叫びすぎて喉が疲れたんだろうか。あれだけ長時間ずーっと喋り続けていたら、そりゃあ疲れるだろう。
俺が最初に電話取ったの、どのぐらい前だっけ? 通話時間は……あ、五十分超えてら。
お客さん、喉つよいなー。
なるべく申し訳なさそうな声で謝ったり宥めたりしていた俺と違い、先輩は即ナレーターになれそうな落ち着いた声で、感情を込めず淡々と話していた。
十分ぐらいずーっとその調子が変わらなかったせいもあるのか、神様お客様は「もういい!」と捨てゼリフを吐き、がちゃん。
――世界に平和が戻った。
「せ、先輩、ありがとうございます~!」
「おう、お疲れさん」
平然とした顔でヘッドセットを外す先輩に、後光が差して見える。
マジで神……!
「にしても先輩、あの対応で良かったんですか? 言葉遣いとか」
「ん? ああ、これ見てみ」
先輩は素早く自分の対応内容を入力して保存すると、マウスを操作して画面をスクロールした。
「ここだ、ほら」
「はい。……えっ」
――要注意 マニュアル通りの対応を嫌う 敬語を繰り返すと「回りくどい」と怒る なるべく硬くない丁寧語で話すこと
「うわ、見落としてた……!」
「注意点が大量にあって埋もれかけてんな。でもこういうので確認漏れすると、こんな風に面倒なことになるぞ」
「うう、肝に銘じます……それじゃこの人の場合、『弊社では難しいです』とか『できかねます』って言ったらダメなわけですか?」
「ダメだな。特にこの部署で対応してる顧客ってのは、『難しい』って言い方をしたら『できる』と解釈する客が大半なんだ。この客もそう。無理なものは無理、可能性はゼロだときっぱり言い切れ。でないと、『ちょっとでもできる可能性があるんならお客様の要望を叶えるために全力を尽くすべきだろ!』とゴリッゴリに強要してくる」
「うあぁ……」
一般常識が通用しない、俺の持論イコール世の常識というお客さん専門の部署。
うん、そう聞いてはいたけれど。
後輩、痛感いたしました。
「俺、今度この客の電話取った時、うまくできる自信ないっす」
「コツはあるぞ。こいつ、他社にかけたらそこの対応はどうこうって何度も喋ってたろ? ストレス発散であちこちに電話かけてて、申し訳ございませんって謝らせたいタイプなんだよ。だからなるべく謝らずに、なおかつ感情込めずに話せ。そうしたら満足できなくて通話を切る」
そうか。だからずーっとあんな口調で喋ってたんだな、先輩。
ヒートアップしたと思ったら急におとなしくなったのは、あまりに淡々とした対応をされて怒鳴り続ける自分が恥ずかしくなってきたというか、気まずさを感じ始めたからか?
「はっはっは、受信オンリーのおまえはまだまだ楽だぞう? 俺なんて電話の半数以上はかける側だからな!」
「せ、せんぱぁい……! マジ神っす! ありがとうございました!」
この部署にもう五年以上いるという先輩は、異動して三日目の俺からすると神以外の何でもなかった。
その顧客は先輩が言った通り、いろんな会社に似たような電話をかけていたようだ。
後日うちの会社が弁護士案件にしようとしたら、一足先に他社から訴えられていたのだった。
■ ■ ■
「お義父さん、ビールどうぞ」
「お、ありがと」
とくとくとく……と瓶からコップにそそぐと、金色の液体の中で美味しそうな泡が弾けた。
今日はお義父さん――俺の婚約者のお父さん行きつけの居酒屋に連れて来てもらい、先輩との思い出話に花を咲かせている。
弱そうとよく言われるけれど、俺は全然酔わない体質だ。会社の機密に触れる部分や顧客を特定できる情報は絶対に口にせず、問題ないところだけ先輩とのエピソードを披露した。
「あいつは、あっちで楽しくやっているかなぁ……」
お義父さんはコップを傾けながら目を細めた。
「娘がそんな話をしてたんだけどね」
「それ、俺も聞きました」
BLゲーム世界で魔王になり、悪役令息と結婚して子供ができたらしい。
マジで? って思ったんだけど、先輩なら有りそうと思ってしまった。
しかも先輩、神じゃなく魔王の路線っすか。かっこいいです。
仲良し兄妹だったというから、普通は妹の願望だと思うものなんだろうけど。
結構真面目に、先輩ならそういうことがあってもおかしくない……あったらいいなと思ってしまう。
だって先輩、すごく幸せそうだったって言うからさ。
きっとお義父さんもそんな気持ちなんだろう。
「お、このつまみ美味い。今度作ろうかな」
「料理できる人尊敬します。俺、家事は一通りできるように叩き込まれたんですけど、料理だけは苦手で……」
残り少なくなった俺のコップに、お義父さんが「どうぞどうぞ」と注いでくれた。
俺は金色に弾けるビールを見ながら、「ありがとうございます!」と笑った。
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
表紙は、Pexelsさまより、Julia Kuzenkovさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....