どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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番外・後日談

先輩は神 -side後輩


「それは無理です。できません」

 俺は「えっ」と先輩の横顔を凝視した。
 装着したヘッドセットの向こうから、『自称神様お客様』が声を荒げて不満をまくしたてている。
 なのに先輩は、それはもう涼し~い顔だ。

 俺は今、モニタリングの設定にしたヘッドセットを着けている。
 もしマイクに話しかけても俺の声は相手に聞こえず、そこから伸びたコードは先輩のヘッドセットのコードと繋げてあった。

 ちなみに先輩が座っているのは、俺のデスクの椅子だ。
 見ている画面も、俺に貸与されたデスクトップPCの画面。
 なんでそんなことになっているかというと、俺がどぎつい自称神様にぶちあたって敗北してしまい、先輩が交代してくれたからだ。

 おまえの対応は気に入らないから上に代われ! と叫ばれ、そういう時は普通、上の者から折り返すことになる。
 自分の上の社員が通話中だったら転送なんてできないし、何が不満で代われと要求されたのか共有する時間がほしいからだ。
 中にはそれすら気に入らないという人もいて、「いいからすぐに転送しろ!」と譲らない。全員通話中だから無理と言っても、「終わったらすぐに転送しろ」と無茶を言う。今回はそのケースだった。
 でもって俺のディスプレイに表示されている同部署内の通話状況に、『待機中』の表示は本当にひとつもなかった。

 半泣きになっている俺の近くを、遅番で出勤してきたばかりの先輩がたまたま通りかかり……
 無言で「代われ」というジェスチャーをして、そのまま交代してくれたわけだ。

 神だ。マジで神だ。

 俺はすぐにモニタリング用のヘッドセットを準備し、先輩のやつに繋げて、それ以降の通話を聞かせてもらうことになったんだけど。

「無理です。できません」

 うえわぁぁあっ、先輩、また言い切ったぁぁ……!
 そこは「難しいです」とか「できかねます」とかって言わなきゃいけないんじゃないっすか!?
 案の定、電話の向こうの相手はヒートアップ。先輩の三倍ぐらいの速さで、何百倍もの文字数を一方的にぎゃぎゃぎゃぎゃっ! とまくしたて……日本語かな?
 日本語のはずなのに、途中から宇宙語に聴こえてきた。
 負の電波が濃縮された怒声に、聴いているだけのこっちの胃がキュウッと絞られる。

「さらに上の者に代わった場合でも同じ回答になります。できないものを『できる』とは言えません。ご理解ください」

 なんで先輩、そんな平然としてるんスか? しかもそんな強気な言い方して、あとで問題になりません?
 だけどだんだん、神様お客様の熱が弱まっていった。
 叫びすぎて喉が疲れたんだろうか。あれだけ長時間ずーっと喋り続けていたら、そりゃあ疲れるだろう。
 俺が最初に電話取ったの、どのぐらい前だっけ? 通話時間は……あ、五十分超えてら。
 お客さん、喉つよいなー。

 なるべく申し訳なさそうな声で謝ったりなだめたりしていた俺と違い、先輩は即ナレーターになれそうな落ち着いた声で、感情を込めず淡々と話していた。
 十分ぐらいずーっとその調子が変わらなかったせいもあるのか、神様お客様は「もういい!」と捨てゼリフを吐き、がちゃん。
 ――世界に平和が戻った。

「せ、先輩、ありがとうございます~!」
「おう、お疲れさん」

 平然とした顔でヘッドセットを外す先輩に、後光が差して見える。
 マジで神……!

「にしても先輩、あの対応で良かったんですか? 言葉遣いとか」
「ん? ああ、これ見てみ」

 先輩は素早く自分の対応内容を入力して保存すると、マウスを操作して画面をスクロールした。

「ここだ、ほら」
「はい。……えっ」

 ――要注意 マニュアル通りの対応を嫌う 敬語を繰り返すと「回りくどい」と怒る なるべく硬くない丁寧語で話すこと

「うわ、見落としてた……!」
「注意点が大量にあって埋もれかけてんな。でもこういうので確認漏れすると、こんな風に面倒なことになるぞ」
「うう、肝に銘じます……それじゃこの人の場合、『弊社では難しいです』とか『できかねます』って言ったらダメなわけですか?」
「ダメだな。特にこの部署で対応してる顧客ってのは、『難しい』って言い方をしたら『できる』と解釈する客が大半なんだ。この客もそう。無理なものは無理、可能性はゼロだときっぱり言い切れ。でないと、『ちょっとでもできる可能性があるんならお客様の要望を叶えるために全力を尽くすべきだろ!』とゴリッゴリに強要してくる」
「うあぁ……」

 一般常識が通用しない、俺の持論イコール世の常識というお客さん専門の部署。
 うん、そう聞いてはいたけれど。
 後輩、痛感いたしました。

「俺、今度この客の電話取った時、うまくできる自信ないっす」
「コツはあるぞ。こいつ、他社にかけたらそこの対応はどうこうって何度も喋ってたろ? ストレス発散であちこちに電話かけてて、申し訳ございませんって謝らせたいタイプなんだよ。だからなるべく謝らずに、なおかつ感情込めずに話せ。そうしたら満足できなくて通話を切る」

 そうか。だからずーっとあんな口調で喋ってたんだな、先輩。
 ヒートアップしたと思ったら急におとなしくなったのは、あまりに淡々とした対応をされて怒鳴り続ける自分が恥ずかしくなってきたというか、気まずさを感じ始めたからか?

「はっはっは、受信オンリーのおまえはまだまだ楽だぞう? 俺なんて電話の半数以上はかける側だからな!」
「せ、せんぱぁい……! マジ神っす! ありがとうございました!」

 この部署にもう五年以上いるという先輩は、異動して三日目の俺からすると神以外の何でもなかった。


 その顧客は先輩が言った通り、いろんな会社に似たような電話をかけていたようだ。
 後日うちの会社が弁護士案件にしようとしたら、一足先に他社から訴えられていたのだった。



   ■  ■  ■ 



「お義父とうさん、ビールどうぞ」
「お、ありがと」

 とくとくとく……と瓶からコップにそそぐと、金色の液体の中で美味しそうな泡が弾けた。
 今日はお義父とうさん――俺の婚約者のお父さん行きつけの居酒屋に連れて来てもらい、先輩との思い出話に花を咲かせている。
 弱そうとよく言われるけれど、俺は全然酔わない体質だ。会社の機密に触れる部分や顧客を特定できる情報は絶対に口にせず、問題ないところだけ先輩とのエピソードを披露した。

「あいつは、で楽しくやっているかなぁ……」

 お義父とうさんはコップを傾けながら目を細めた。

「娘がそんな話をしてたんだけどね」
「それ、俺も聞きました」

 BLゲーム世界で魔王になり、悪役令息と結婚して子供ができたらしい。
 マジで? って思ったんだけど、先輩なら有りそうと思ってしまった。
 しかも先輩、神じゃなく魔王の路線っすか。かっこいいです。

 仲良し兄妹だったというから、普通は妹の願望だと思うものなんだろうけど。
 結構真面目に、先輩ならそういうことがあってもおかしくない……あったらいいなと思ってしまう。
 だって先輩、すごく幸せそうだったって言うからさ。
 きっとお義父とうさんもそんな気持ちなんだろう。

「お、このつまみ美味い。今度作ろうかな」
「料理できる人尊敬します。俺、家事は一通りできるように叩き込まれたんですけど、料理だけは苦手で……」

 残り少なくなった俺のコップに、お義父とうさんが「どうぞどうぞ」といでくれた。
 俺は金色に弾けるビールを見ながら、「ありがとうございます!」と笑った。


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