252 / 272
番外・後日談
可愛い天使の取り合い、勝負の行方は
ヴェルクの義父上様が初めてサシャを抱っこした日、その目と鼻がみるみるうちに赤くなるのを見て、俺とルーディは「しょうがねぇなこいつ」と笑い合っていた。
でも、気持ちはものすんごくわかる。きっと赤ん坊の頃のリシェルを思い出し、後悔や安堵やその他いろんな何かで、胸がいっぱいになったんだろうな。
それはわかるよ。
わかるんだよ……?
「わかるんだがあの祖父ども、サシャを構いすぎだ!」
あの日から数年後、サシャを取り合う祖父二人の醜い争いに、頭が痛くなりそうな俺がいた。
低くうなる俺の肩で、ミッテちゃんがピヨ、と首を横に振る。
「もはやあれはどうにもなりません。あのような性質の生き物と思うしかありませんね」
ミッテちゃんにも匙を投げられ、打つ手なしと確定してしまった。
「まぁ、悲観するほどのことでもないでしょう。あなたはサシャに物事の善し悪しをきちんと教育しておりますし、イゾルデもヨハンとヴェルク公に『限度』を教育しております。サシャが性格の悪い公子に育つ心配はありませんから、広い心であきらめてやりなさい」
母上様もいるし、甘やかしが過ぎて性根が歪んじまう心配は無用と言ってもらえて、そこはちょっとホッとするんだけど。
あの不毛な戦いの原因は、四対六ぐらいで義父上様の側にある。
孫可愛さとリシェルの時の後悔が合わさって、ことあるごとに我が家を訪ねてくるのだ。
普段からリシェルと手紙をやり取りし、贈り物だって結構な頻度で送ってくるのに、一番酷い時は週一のペースで来た。
ルーディが控えろと言ってくれて、だいぶマシになったんだがな。
「おじーたま、あのね……」
「ん、サシャ、どうしたのだ?」
「待ってくださいヴェルク公、今サシャは僕に話しかけたのですよ」
「ヨハン殿こそ何を仰るか。今のは私に決まっているだろう」
「毎度毎度、図々しいのではありませんか? あなたはお客様なのですから、もう少し遠慮してください」
「ふん、ヨハン殿は毎日この子に会えるのだからいいではないか。たまにしか会えない私のために、そちらこそ遠慮しようとは思わんのか?」
「あなたはサシャの『お手紙』をもらっているではないですか! 僕は同じ館にいるから、書いてもらえないんですよ!」
「むゅ、あうぅ……」
――とまあ、こんな感じだ。
気軽に遊びに来てくれる分には、まあ別にいいよ?
でも来るたびうちのオヤジとバチバチすんのはやめれ!
つうかヨハン、おめー『おてがみ』もらえないのが悔しかったのか。
……実はサシャが初めて習った文字で一生懸命かきかきした初の『おてがみ』は、練習という名目でリシェルが最初にもらったんだけど、これは内緒にしておこう。
ヨハンまでもらったが最後、祖父二人で孫のお手紙自慢を繰り広げそうだ。
それはともかく、サシャがめっちゃ困ってんだろ。いい大人がしょうもねぇな。
というわけでそこに颯爽と登場する俺。
「サシャ、おいで」
「おとーたま!」
サシャはパァ……! と満面の笑みを浮かべ、俺に駆け寄り抱きついてきた。
おーよしよし、ダメなおじいたま達でしゅねー。
安心しきった笑顔のサシャを抱っこする俺に、びしばし突き刺さってくる祖父どもの嫉妬の視線。
ふはははは残念だったな。サシャが一番「だいすき」なのはこの俺様だ!
「あなたも大人げないですよ、ランハート」
肩のあたりでピヨ、と何かをあきらめるヒヨコの声が聞こえた。
■ ■ ■
そんなこんなで、さらに年月が経ち。
サシャは七歳、フェリクスは六歳、エルーシアは一歳になった、五月中旬の朝。
「兄さま、とってもお似合いです!」
「にいに、きらきら!」
「そうかな? へんなところはない?」
「ぜんぜんありませんよ! ね、エルーシア」
「ん! にいに、きれー!」
「ふふ、ありがとう」
本日のサシャはいつもよりめかしこんでいる。バウアー男爵邸のパーティーに参加するためだ。
そう、俺とリシェルが小さい頃、初めて参加したパーティー。サシャもとうとう『社交』という場を学ぶ年齢になったのである。
実はもう一年遅らせて、フェリクスと一緒に参加させるのはどうかという案もあったんだけどな。
今年はレーツェル家の夫婦が用事で行けなくなり、双子達だけが目付け役と一緒に参加するというんで、サシャがいてくれたら嬉しいと言われているのだ。
俺達は子供の歩幅に合わせ、三人でゆっくりと廊下を歩いた。
サシャが可愛いのは当然のことながら、リシェルもとても素敵である。俺の脳内には誉め言葉が溢れすぎて、もはや「素敵」としか言えん。
そんな俺をよそに、彼は優しいまなざしでサシャを見下ろし、懐かしそうに言った。
「氷葡萄のジュースがおすすめだよ。父様とわたしも、サシャぐらいの頃に大好きだったんだ」
「そうなのですね。楽しみだなぁ……フェリクスとエルーシアのおみやげにしてもいいですか?」
「もちろん。サシャが美味しいと感じたものがあれば、男爵に頼んであげるから言いなさい」
「やった!」
懐かしいな、あのジュース。今の俺とリシェルは、同じ氷葡萄から作った酒のほうが好きだ。
甘みが濃厚なのに爽やかで口当たりがいい。母上様もお好きな酒だし、あれは絶対に買い込むつもりでいる。
まずはバウアー男爵一家と挨拶し、その他の注文はリシェルと相談しながら決めるとして、子供の好きそうな食い物は何があるかな?
お姉様とエアハルトに会えないのは残念だが、今年は母上様とついでのヨハンも一緒に参加するから楽しみだ。
歩きながらそんなことを考えていると、何やらサシャがもじもじしながら、上目遣いで尋ねてきた。
「ねえ、父さま。コンラート兄さまも、サシャすてきって思ってくれるかなぁ?」
「……ん? 間違いなく思うとも」
「えへへ」
…………あ?
ちょっと待て。サシャよ。
その問いの意味は……?
あやうく俺の頭がフリーズしかけた時、向こうに母上様の姿を見つけた。
「おまえ達、準備ができたようですね」
「あ、はい。お母様」
「サシャ。先ほどレーツェル家の馬車が到着し、コンラートが玄関に来ていますよ。行ってあげなさい」
「兄さまが!?」
サシャはつい走ろうとして、ハタと立ち止まる。
そして首の飾りと上着の裾をちょいちょいと直し、走らずに早足で歩いていった。
俺達を置いて。
……うおい?
いやいや違う違う。
母上様が「行ってあげなさい」とお命じになったからだ、きっとそうだ。
「わたし達も急ごう、ランハート」
俺を見るリシェルの笑顔に、「仕方ないな」みたいな文字が書かれた気がしたのはきっと目の錯覚だ。
そして俺達も玄関に着くと、そこには母上様の言葉通り、双子兄のコンラートだけがいた。
妹のフレデリカは馬車で待っているらしい。
何故、フレデリカだけ馬車に?
いやいや、令嬢が馬車で待つのは、全然おかしなことではない。彼女も八歳になったのだから、大人の令嬢らしい行動を取るようになったのだろう。
というか、だいたいの女の子って、精神面が早熟なんだよな……だからフレデリカはコンラートに迎え役を譲ってあげ…………あの~、ちょっと待ってください。
あのー?
「兄さま、今日はいつもよりかっこいいです!」
「サシャも、今日は特別きれいだ」
サシャとコンラートがお互いの姿を褒め合っている。それがなんというか、どことなく、ほわんとピンク色の空気が漂っていた。
いいやこれは俺の気のせいだな。そうに違いない。誰か気のせいだと言ってくれ。
ミッテちゃんが俺の頬をてふてふ叩いた。
「ランハート、笑顔が怖いですよ。引っ込めなさい」
おう、すまん。おかげで正気に戻ったぜ。
しかしその後も、俺達がムスター家の馬車に乗り込むまでの間、コンラートがサシャをエスコートしていた。
……出会った頃のエアハルトが、アデリナお姉様に対して完璧な紳士だった姿が重なる。
照れ照れとコンラートのエスコートを受け入れるサシャ。
苦笑して俺の背を軽くポンと叩くリシェル。
……これはどうやら、深く考えてはいけない。
明日また考えよう。そうしよう。
あなたにおすすめの小説
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
表紙は自作です(笑)
もっちもっちとセゥスです!(笑)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。