どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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番外・後日談

可愛い天使の取り合い、勝負の行方は


 ヴェルクの義父上ちちうえ様が初めてサシャを抱っこした日、その目と鼻がみるみるうちに赤くなるのを見て、俺とルーディは「しょうがねぇなこいつ」と笑い合っていた。
 でも、気持ちはものすんごくわかる。きっと赤ん坊の頃のリシェルを思い出し、後悔や安堵やその他いろんな何かで、胸がいっぱいになったんだろうな。

 それはわかるよ。
 わかるんだよ……?

「わかるんだがあの祖父じじども、サシャを構いすぎだ!」

 あの日から数年後、サシャを取り合う祖父じじ二人の醜い争いに、頭が痛くなりそうな俺がいた。
 低くうなる俺の肩で、ミッテちゃんがピヨ、と首を横に振る。

「もはやあれはどうにもなりません。あのような性質の生き物と思うしかありませんね」

 ミッテちゃんにもさじを投げられ、打つ手なしと確定してしまった。

「まぁ、悲観するほどのことでもないでしょう。あなたはサシャに物事の善し悪しをきちんと教育しておりますし、イゾルデもヨハンとヴェルク公に『限度』を教育しております。サシャが性格の悪い公子に育つ心配はありませんから、広い心であきらめてやりなさい」

 母上様もいるし、甘やかしが過ぎて性根が歪んじまう心配は無用と言ってもらえて、そこはちょっとホッとするんだけど。

 あの不毛な戦いの原因は、四対六ぐらいで義父上ちちうえ様の側にある。
 孫可愛さとリシェルの時の後悔が合わさって、ことあるごとに我が家を訪ねてくるのだ。
 普段からリシェルと手紙をやり取りし、贈り物だって結構な頻度で送ってくるのに、一番酷い時は週一のペースで来た。
 ルーディが控えろと言ってくれて、だいぶマシになったんだがな。

「おじーたま、あのね……」
「ん、サシャ、どうしたのだ?」
「待ってくださいヴェルク公、今サシャは僕に話しかけたのですよ」
「ヨハン殿こそ何を仰るか。今のは私に決まっているだろう」
「毎度毎度、図々しいのではありませんか? あなたはお客様なのですから、もう少し遠慮してください」
「ふん、ヨハン殿は毎日この子に会えるのだからいいではないか。たまにしか会えない私のために、そちらこそ遠慮しようとは思わんのか?」
「あなたはサシャの『お手紙』をもらっているではないですか! 僕は同じ館にいるから、書いてもらえないんですよ!」
「むゅ、あうぅ……」

 ――とまあ、こんな感じだ。
 気軽に遊びに来てくれる分には、まあ別にいいよ?
 でも来るたびうちのオヤジとバチバチすんのはやめれ!
 つうかヨハン、おめー『おてがみ』もらえないのが悔しかったのか。
 ……実はサシャが初めて習った文字で一生懸命かきかきした初の『おてがみ』は、練習という名目でリシェルが最初にもらったんだけど、これは内緒にしておこう。
 ヨハンまでもらったが最後、祖父じじ二人で孫のお手紙自慢を繰り広げそうだ。

 それはともかく、サシャがめっちゃ困ってんだろ。いい大人がしょうもねぇな。
 というわけでそこに颯爽と登場する俺。

「サシャ、おいで」
「おとーたま!」

 サシャはパァ……! と満面の笑みを浮かべ、俺に駆け寄り抱きついてきた。
 おーよしよし、ダメなおじいたま達でしゅねー。
 安心しきった笑顔のサシャを抱っこする俺に、びしばし突き刺さってくる祖父じじどもの嫉妬の視線。
 ふはははは残念だったな。サシャが一番「だいすき」なのはこの俺様だ!

「あなたも大人げないですよ、ランハート」

 肩のあたりでピヨ、と何かをあきらめるヒヨコの声が聞こえた。



   ■  ■  ■ 



 そんなこんなで、さらに年月が経ち。
 サシャは七歳、フェリクスは六歳、エルーシアは一歳になった、五月中旬の朝。

「兄さま、とってもお似合いです!」
「にいに、きらきら!」
「そうかな? へんなところはない?」
「ぜんぜんありませんよ! ね、エルーシア」
「ん! にいに、きれー!」
「ふふ、ありがとう」

 本日のサシャはいつもよりめかしこんでいる。バウアー男爵邸のパーティーに参加するためだ。
 そう、俺とリシェルが小さい頃、初めて参加したパーティー。サシャもとうとう『社交』という場を学ぶ年齢になったのである。

 実はもう一年遅らせて、フェリクスと一緒に参加させるのはどうかという案もあったんだけどな。
 今年はレーツェル家の夫婦が用事で行けなくなり、双子達だけが目付け役と一緒に参加するというんで、サシャがいてくれたら嬉しいと言われているのだ。

 俺達は子供の歩幅に合わせ、三人でゆっくりと廊下を歩いた。
 サシャが可愛いのは当然のことながら、リシェルもとても素敵である。俺の脳内には誉め言葉が溢れすぎて、もはや「素敵」としか言えん。
 そんな俺をよそに、彼は優しいまなざしでサシャを見下ろし、懐かしそうに言った。

「氷葡萄のジュースがおすすめだよ。父様とわたしも、サシャぐらいの頃に大好きだったんだ」
「そうなのですね。楽しみだなぁ……フェリクスとエルーシアのおみやげにしてもいいですか?」
「もちろん。サシャが美味しいと感じたものがあれば、男爵に頼んであげるから言いなさい」
「やった!」

 懐かしいな、あのジュース。今の俺とリシェルは、同じ氷葡萄から作った酒のほうが好きだ。
 甘みが濃厚なのに爽やかで口当たりがいい。母上様もお好きな酒だし、あれは絶対に買い込むつもりでいる。
 まずはバウアー男爵一家と挨拶し、その他の注文はリシェルと相談しながら決めるとして、子供の好きそうな食い物は何があるかな?
 お姉様とエアハルトに会えないのは残念だが、今年は母上様とついでのヨハンも一緒に参加するから楽しみだ。
 歩きながらそんなことを考えていると、何やらサシャがもじもじしながら、上目遣いで尋ねてきた。

「ねえ、父さま。コンラート兄さまも、サシャすてきって思ってくれるかなぁ?」
「……ん? 間違いなく思うとも」
「えへへ」

 …………あ?
 ちょっと待て。サシャよ。
 その問いの意味は……?
 あやうく俺の頭がフリーズしかけた時、向こうに母上様の姿を見つけた。

「おまえ達、準備ができたようですね」
「あ、はい。お母様」
「サシャ。先ほどレーツェル家の馬車が到着し、コンラートが玄関に来ていますよ。行ってあげなさい」
「兄さまが!?」

 サシャはつい走ろうとして、ハタと立ち止まる。
 そして首の飾りと上着の裾をちょいちょいと直し、走らずに早足で歩いていった。
 俺達を置いて。

 ……うおい?

 いやいや違う違う。
 母上様が「行ってあげなさい」とお命じになったからだ、きっとそうだ。

「わたし達も急ごう、ランハート」

 俺を見るリシェルの笑顔に、「仕方ないな」みたいな文字が書かれた気がしたのはきっと目の錯覚だ。



 そして俺達も玄関に着くと、そこには母上様の言葉通り、双子兄のコンラートだけがいた。
 妹のフレデリカは馬車で待っているらしい。
 何故、フレデリカだけ馬車に?
 いやいや、令嬢が馬車で待つのは、全然おかしなことではない。彼女も八歳になったのだから、大人の令嬢らしい行動を取るようになったのだろう。

 というか、だいたいの女の子って、精神面が早熟なんだよな……だからフレデリカはコンラートに迎え役を譲ってあげ…………あの~、ちょっと待ってください。
 あのー?

「兄さま、今日はいつもよりかっこいいです!」
「サシャも、今日は特別きれいだ」

 サシャとコンラートがお互いの姿を褒め合っている。それがなんというか、どことなく、ほわんとピンク色の空気が漂っていた。
 いいやこれは俺の気のせいだな。そうに違いない。誰か気のせいだと言ってくれ。
 ミッテちゃんが俺の頬をてふてふ叩いた。

「ランハート、笑顔が怖いですよ。引っ込めなさい」

 おう、すまん。おかげで正気に戻ったぜ。
 しかしその後も、俺達がムスター家の馬車に乗り込むまでの間、コンラートがサシャをエスコートしていた。
 ……出会った頃のエアハルトが、アデリナお姉様に対して完璧な紳士だった姿が重なる。

 照れ照れとコンラートのエスコートを受け入れるサシャ。
 苦笑して俺の背を軽くポンと叩くリシェル。
 ……これはどうやら、深く考えてはいけない。
 明日また考えよう。そうしよう。


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