どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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番外・後日談

僕が本当の意味で生まれ変わるまで (7) -sideルチナ


「……落ち着け、おまえら。普通にしてればいい、普通に」

 どっしりとした声で頼もしく言ってくれたけれど、フランツさん。前掛けが裏表逆になってるよ……?
 ハンナさんが呆れている。でもそのおかげで、ちょっぴり落ち着いたみたい。
 僕もなんだか落ち着いたな。

 使いの人によると、直接このお店に足を運んでくださるから、普段の格好で構わないそうだ。
 ものすごい功績を立てた人だったらお館に招かれて、服をあちらで用意してくれるというお話になり、地位とかお金をいただけることもあるんだって。

「あんたはさすがにそこまでじゃないからね。でも大公ご夫妻はとてもお忙しいから、直接来てくださるだけでも特別で光栄なことなんだよ」

 ハンナさんが言うには、ここはとっても治安がいいけれど、悪いことをする人はどうしてもいて、あの誘拐犯はやっぱり常習犯だったんだって。
 偶然だろうとなんだろうと、今までなかなか捕まらなかったのを、僕のおかげで捕まえられたんだって。
 そうか、僕は本当に人のためになることができたんだなって、また嬉しくなった。

 ひとまず今日のお店は半日で閉めて、お夕食とお風呂を早めに済ませておこうという話になった。
 そして夜。
 ご到着の前に何人もの騎士様が来て、お店の周りをずらりと警戒しているのが見えた。
 近所の人達、びっくりしてるんじゃないかな……

「あっ。は、ハンナさん、近所の人達に伝えてたっけ?」
「あっ。ふ、フランツ? あんたは?」
「言ってねえ。忘れてた」

 ……あはは。ご近所さん達に全然お知らせしてないよ。絶対あとで問い詰められるよ、これ。
 お店の中にも騎士様が立ち、僕らの緊張はもう最高潮だ。いつもの格好でいいと言われていたけれど、一応は持っている服の中で、一番綺麗で立派な服を着てる。
 それでもこんな服でよかったのかな、ってつい心配になってしまう。

 もし予定が明日とか明後日だったら、僕らは古着屋さんに駆け込んでいたんじゃないかな。もっといい服を用意しなきゃって。
 となると、今日の今夜っていう急なお話になったのは、僕らがそうしないように配慮してくれた結果なのかも。

 ムスター邸の文官様(だと思う)の指示で、お客様用のテーブルと椅子はなるべく脇に寄せ、中央あたりに人数分の椅子だけを置いた。
 僕らは立ちっぱなしになるかなと思ったけど、座っていいみたい。
 僕が真ん中で、左右にハンナさんとフランツさんが座る。それから、僕らの前にも二脚並べて置いた。そちらは大公殿下のご夫妻が座るんだろうな。

「お姿が見えたら起立するように。お許しを得たら座っていいぞ」
「は、はいっ」

 文官様の言葉に、僕らはこくこくと頷いた。
 カチコチになって待っていると、やがて車輪の音が聞こえ、店の前で停まったのがわかる。
 騎士様が扉を開けた。

「……!」

 まず最初にお姿を現したのは、息を呑むほど美しい天使様だった。
 凛として清らかで、肩に白いヒヨコを乗せている。
 大公妃殿下の、リシェル様だ。
 昔お会いした時よりも、遥かに凄みがあってお美しい。命じられなくてもその場にひれ伏したくなるほどだ。
 だけど僕らは慌てて立ち上がった。お姿が見えたら、起立しなきゃって言われてたんだ。

 リシェル様の澄んだ空みたいな青い目が僕を捉え、ふと笑みを浮かべた。それは全然嫌な感じの笑い方じゃなくて、慈悲深いというか、とっても優しそうだった。
 もっとうまく表現する言葉がないかなって頭の中を探しても、全然出てこない。こういう時、もっとたくさんの言葉を覚えておけばよかったって後悔する。

 だけど、すぐにそれどころじゃなくなった。
 リシェル様の次に入ってきた人の姿を見て、僕は目を真ん丸に見開いた。

「あ……!?」

 学者さんが着るようなストンとしたローブを着ていて、前よりも少しシワの増えたその人は――

「せ……、先生……!?」

 僕の両目から、ぼろりと涙がこぼれた。
 どんどん流れ落ちて止まらなくなって、しゃくりあげた。
 妃殿下がいるのに、ハンナさんとフランツさんがびっくりしているのに、止められない。

「せん、せい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 てっきり、大公殿下のご夫婦が来ると思っていたのに。
 お店に訪れたもう一人は、かつて僕がシュピラーレにいた頃、家庭教師をしてくれていた先生だった。



 大泣きしてやっと泣き止んだ頃には、僕の顔は酷いことになっていた。
 ハンナさんが布を用意してくれて拭いたけれど、絶対ぐちゃぐちゃになってるよ。
 リシェル様の真ん前なのに。騎士様達も文官様もみんな見てるのに、すごく恥ずかしい。
 でも先生もちょっぴり目が赤くなっている。それがまた、せっかく収まっていた涙を誘った。

「ぐす……す、すみません、ごめんなざい……ご、ごぶれいを……」
「いいや。構わないさ」

 リシェル様は用意してあった椅子に優雅に腰を下ろし、鷹揚おうように「座りなさい」と言ってくれた。
 お許しが出たから、僕とハンナさんとフランツさんも座る。
 気のせいか、さっきよりもリシェル様の笑顔がやわらかくなっていた。

「ルチナ殿」
「は、はいっ……」
「今日の用件は既に聞いていると思う。よくやったね。もしもルチナ殿が昔と変わっていなかったら、きっと少女を助けようとはしなかっただろう」

 お褒めの言葉が嬉しくて、そして胸に刺さった。
 ――本当にそうだ。あの頃の、バウアー男爵邸で初めてリシェル様やランハート様に会った頃の僕だったら、きっとあの子を助けなかった。
 誰か近くにいる人に「助けてあげて」とお願いはしても、僕自身が何かをしようとはしない。
 そうしてきっと、犯人の男から目を離して……逃がしてしまっていた。

「だからといって、誤解してはいけないよ。いつでも必ず自分が何かをしなければいけない、というのでもないんだ」
「え……?」

 自分に嫌気がさしていると、リシェル様が僕の表情を読んだのか、やんわりと止めるようなことを言った。

「無理に自分が手を出すことで、事態が悪化することもある。ルチナ殿自身が危険な目に遭う可能性だってあった。だからそういう時は、周りに頼っても決して恥ではないんだよ。その上で、これを伝えよう」

 リシェル様はくすりと笑った。

「『クズの脳天に桶を食らわせてやったと聞いた。見直したぞ。やるな!』――以上が、ランハートからの言葉だ」

 愉快そうにくすくす笑う彼を、僕はぽかんと見つめてしまった。


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