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39. どうやら悪の令息に転生したようだ -sideミッテ
しおりを挟むミッテという名を与えられ、決して短くはない日々が過ぎました。
ピヨコやピピタロウよりマシか……と、妥協した結果の名前ではありましたが、今やそこそこ馴染んでいるのですから不思議なものです。
私にその名を与えた少年は、たびたび『大人時間と子供時間』という言葉を頭に浮かべますけれど、どうやらそれは現在の私自身にも当て嵌まっているようでした。
私はまだ未熟な天の雛に過ぎません。それでもこの課題を乗り越えれば、さらなる高次元の存在へ成長できるはずだったのに、とんだミスをそれと気付かず繰り返してしまったがため、逆に退化してしまいました。
それによって弱体化し、以前はそこまで感じなかった時の流れを、今はとてもゆっくりと感じています。有体に言えば、『人並みの時間』の感覚が身についている、と言いましょうか。
つまり私の中の『時間』や『年月』に対する感覚は、人のそれとは違っていたのです。
私が多くのことを見落とし続けたのも、結果を急ぐあまり、さっさと流れてゆく『時』を軽視してきたことが原因のひとつでした。弱くなったことで注意深さが増し、初めて活路を見いだせているのですから、皮肉なものと言えましょう。
よりによって元凶とその周辺の魂を補強してしまい、手詰まりの状態に陥ってから、私はその少年の存在に初めて意識を向けました。
ランハート・フォン・ムスター。この世が物語であるとするならば、その大筋には決して関わることなく、悪役とされる登場人物の心に影を落とすためだけに生まれた存在。
何を残すこともなく、過去の回想でちらりと語られるだけの、この世界にとっては無意味な、儚く力弱き存在。
脇役と呼ぶほどの役目すらない脇役。
そのような『取るに足りない』存在であったからこそ、これまで私がその者に注目することはなく、『取るに足りない』存在であったからこそ、唯一この硬直した状況を打破し得る鍵として浮上した。
自分のことも周りのこともわからずに、苦しみと孤独の中、息絶え続けた哀れな少年。このすり切れそうな魂に、異世界からの強き魂を融合させる試みは、私にとって生まれて初めての『賭け』でした。
私はリスクを好まず、定石や前例に従う主義でしたので……。
この世界にはない知恵を駆使し、うまく事態を動かしてくれることを期待して召喚を行う際、私は『犯罪に手を染めていない成人男性の魂』を求めました。
呼び寄せるならば、悪しき魂ではないほうがいい。高潔で公正で人道的な強き魂であれば、なおよしと思っていました。
が……。
そこに現われたのは、私の想像していた魂とはまったく違いました。
確かに、犯罪行為には手を染めておりません。
不屈の精神力も充分にあります。
知恵者と言えましょう。
が。
なんかちがう。
この、殺しても闇の中から復活してきそうな魂のドス黒さは、なんたることでしょう?
しかし今さらお帰りいただいたところで、再召喚を行う余力がありません。
その魂は少年の魂に問題なく融合しました。これは想定通りです。
無事に転生も果たし、復活させた異世界の記憶もうまく定着してくれました。これは融合させた魂の強靭さ、順応力の高さのおかげでしょう。
それはいいのですが。
ランハートという名の少年、これまでは不幸でありつつも、常に善良であったのに。
どうやら今回は、とんでもない悪の令息に転生してしまったようだ……。
■ ■ ■
「それでは、お母様」
「ええ。おまえの懸念はもっともです。レナード殿も徐々に改めてはおりますが、大きな方針転換は反発や混乱も生みますので苦戦しているようです。これがうまく転べば、あの方の築く新体制の追い風になるでしょうね」
イゾルデの了承を取り付け、ランハートは嬉しそうに「ありがとうございます!」と笑っています。
それに対するイゾルデも、年々頼もしく育つ息子へ満足げな笑みを浮かべていました。
この光景は、かつてのランハートであれば有り得なかった光景。
私は、ふと気付いてしまいました。これはまさに、己が病であると信じ、役立たずであると嘆いていた幼きランハートが、こうなりたいと望んでいた姿なのではないかと。
イゾルデは息子に関心がなかったわけではありません。けれど彼女はそれ以上にムスターの女王であり、家を、民を守らねばならなかった。
アデリナに対する厳しい教育も、いつかムスターを統べる者として学べるうちに学んでおかなければ、将来アデリナ自身が困ることになるからでした。
恐ろしくも、よき主君。それがイゾルデという女性の真の姿であり、これまではごく限られた者しか、その姿に気付くことがなかった。
このランハートによって、あらゆるものが大きく変化している。
私はその変化が訪れるのは、うまくいって数年後と予測していました。
もっと言えば、現時点であのカーラはまだ生きていると思っていたのです。
なのにこのランハートは迷いのひと欠片もなく、前世の記憶が復活して早々、あっさりとカーラ達を始末してしまいました。
そして今、エアハルトの攻略を、そしてリシェルを食い荒らした毒虫の駆除を、たった七歳でありながらどちらも実行しようとしています。
おまけにそこには、自己犠牲の精神など微塵もありません。
もしも、当初私の思い描いていた通りの魂がランハートに融合していたら、どうなっていたのでしょう?
そうなれば。
彼は周りに迷惑をかけぬよう、無理をしてでも自分一人で解決しようとしたのではないでしょうか。
自己保身は恥ずべきものであり。人に頼ることを身勝手と考え。
その結果、策のうち一つは成功しても、もう一つは失敗する……あるいは最初から一方を捨て、一つの策に集中しようとしたやもしれません。
いいえ。ひょっとしたら、「七歳の自分にはまだ勝てない」と慎重になり、来年か再来年か、数年後へ先延ばしにしていた可能性も高いでしょう。そして私はその考えに「もっともだ」と同意していたに違いありません。
それまであの者が野放しになってしまいますが、致し方ないと。
けれどこのランハートは、あのカーラ達を始末する際、「子供の言葉など誰も真剣には受け止めてくれない」ではなく、「幼い子供の口から出た言葉だからこそ、真剣に耳を傾けざるを得ない」という手段を取りました。
たった五歳という、本来ならば不利な年齢を逆手に取ったのです。
今回もそれと同じ。そして彼がまだ幼いからこそ、大人を頼らざるを得ない……頼って当然であると、誰もが納得するでしょう。
幼い子供であるからこそ、彼の意見は子供のたわごととして、頭から切り捨てられることがないのです。
むろんイゾルデがいなければ、あのヨハンが当主として表に出ていれば、こうはいかなかったはず。
けれどその時はその時で、別の策を考え付いていたのではないでしょうか。
私にとって、とんだ予想外のかたまり。
邪悪で、口が達者で、時に心の声が聞き取れているのではと錯覚するほど耳が鋭く、以前の職業について尋ねれば「心臓に毛が生えるのに一年もいらない職業」とのこと……。
私の理想から外れた存在でありながら、結果を出し続けている彼。
まだその日は先だというのに、既に元凶の足元へ、深く暗い穴が掘られつつある気がしてなりません。
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読んでいただいてありがとうございます!
明日も更新予定ですが、年末年始の投稿については
12/31~1/2までお休み、1/3以降から投稿再開予定です。
よろしくお願いいたします!
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